第562話 本物の聖女

 俺たちが邪教徒テロリストと対峙したのは、まだ新地領内の平原だった。

そこは遮る物のない開けた場所だった。

国境に陣取るブラキオサウルスの姿が良く見えている。

そして、左右からアロサウルスが邪教徒テロリストの迂回路を妨げていた。

俺たちは、その邪教徒テロリスト集団の面前にひっぽくんの竜車を乗り付けて、たった10人で対峙していた。


 右翼を突破したのは、3百人ほどの邪教徒テロリストだった。

村にして4~5村分の人口だろうか?

総人口百人ほどの村から何人かが事情により減り、その残りの戦える人員が全て動員された感じだろう。

そこには老若男女、村に残った戦える者は全て参加させられていた。

そこから新地軍との戦いで何十人かが脱落し、今に至るという感じだった。


「彼らは既に農業国の兵士を傷付けている。

遠慮することはないのだが……」


 教国の聖女や宣教師に扇動されている結果だと思うと、俺に躊躇いが生まれてしまう。

俺は被害者たちの代理処罰をする立場にない。

捕まえて農業国に引き渡し、後の処罰は任せる方向にしたいところだ。


 俺たちだけでも、この邪教徒テロリストの数ならば殲滅が可能だった。

勇者と準勇者、そして魔王側近級が揃っているのだ。

それも、結衣、瞳美ちゃん、麗を除いた戦力でだ。

だが、出来るのとやるのとは違うのだ。


 彼女たちにも戦う力はある。

邪教徒テロリスト共はただの農民たちなのだから。

右翼が突破されたのも、新地軍が中央に係り切りになって手薄になり、数で押されたからだ。

それでも彼女たちを直接戦闘に参加させるつもりはなかった。

ではどうするのか?


「命じてくれ。

あるじはどうしたい?」


 キラトが俺に覚悟を決めるようにと訴える。

それにキラトは従ってくれると。

汚い仕事でもやり遂げると。


 その覚悟に俺は応じなけれなならない。


「ゴブリン軍団で攻撃。

ただし、命は奪うな。

戦闘不能にするだけで良い」


 本来ならば、ここで魔物を使うのは悪手だ。

この世界が敵視する魔王の軍団だと糾弾されてしまうからだ。


 だからどうした。

ゴブリン軍団でも、残虐ではない戦いが出来たら?

狂信者よりも理性的に行動出来たら?

それを見せつけてやりたい。


 キラトがゴブリン軍団を召喚する。

それはキラトの影の中から次々に現れた。

その姿はカドハチから買った、完全武装の鎧姿だった。

その特注の揃った装備は、どこから見ても立派な軍隊に見える。


「我らは出なくて良いのであるか?」


 サダヒサが訊ねて来た。

全てゴブリン軍団に任せて良いのかと。


「べるばらコンビとみどりさんには結衣たち3人の護衛を頼む。

サダヒサと翼には、教国の聖女と宣教師を相手にしてもらいたい」


「僕も?」


「翼は、考えすぎるな。

殺さない戦いならば、出来るだろ?」


 俺はアイテムボックスから捕縛用の縄を出して翼に渡した。

帰還するためには、この世界と濃密に関わらない方が良いのではないか?

そう翼は思っているようだ。

だから嫁ももらわず、この世界の人間の生き死に関わろうとしない。

それでも良い。

だが、帰還出来ない可能性も頭のどこかに残しておいて欲しいのだ。


 翼は受け取った縄を見つめて考え込むのだった。

だが、直ぐに吹っ切れたように顔を上げると、腰の剣に手をやった。


 キラトが召喚したゴブリン軍団総勢600体が秩序良く整列する。

その姿に邪教徒テロリストの集団からは動揺の声が上がっていた。


 ◇


Side:一揆軍(邪教徒テロリスト軍)


「やはり奴らは魔王軍だ!

魔物の軍団を使うなど、女神様の、世界の敵である!」


 鬼の首を取ったが如く、宣教師の声が響く。


「魔物を滅するのです。

不作もあの者たちのせいに違いありません!」


 聖女も嬉々として自分たちの罪を擦りつけていた。


「許せねぇだ!」

「オラたちの恨みを知るだ!」


 その扇動により、信者たちが勢い付く。


「攻撃開始!」


 だが、勢いだけではどうにもならなかった。

完全武装、鎧装備のゴブリンが信者の倍の数いたのだ。

ゴブリン軍団は多対1を心がけ、1人また1人と信者を戦闘不能にして行く。

その行動は理知的で、烏合の衆の信者たちよりも組織として動けていた。

そして、無暗に相手を殺さなかった。


「助けてくだされ!」

「聖女様、回復魔法を!」


 そういった傷ついた信者が増えると、聖女の出番も増えた。

聖女に回復魔法を求めたからだ。

だが、その聖女の能力では対応しきれる負傷者の数では無かった。


「女神様は見ておいでです。

女神様の祝福を授けましょう。

広域上級回復エリアハイヒール】」


 その声はゴブリン軍団の背後から聞こえて来た。

そして金色の光が信者たち周辺で煌めいた。


「これでまた戦えるべ」

「今日の聖女様は素晴らしい能力だべな」


 だが、その光が癒したのは、傷ついたゴブリンたちだった。


「なぜ聖女様の癒しがゴブリンに?」

「魔物に女神様が祝福を与えただか?」


 信者たちに動揺が広がる。

女神様は自分たちではなく、ゴブリンに加担していると。


「まさか……。このオラたちの戦いは女神様から見放されているだか?」

「オラたちが間違っているだか?」


「何をしているのです!

私を守りなさい!」


 満足な回復魔法も使えなくなった聖女が、女性信者に自分を守れと言って来た。

そこにはイケメン剣士が肉薄していて剣を振るっていた。


「私は腕を切られて剣が持てないのですよ?」


 女性信者は右腕の腱をゴブリンに切られて既に戦闘不能だった。


「だったら身体を張って私の盾となりなさい!」


 その瞬間、その女性から聖女に対する信仰心が消えた。

こんな身勝手な女が聖女のわけがないと察したのだ。

すると、金色の光が女性信者を包み、傷を癒した。

その瞬間、女性信者は全てを理解した。

女神様に仇なす偽宗教に与していたのだと。


「この偽聖女!

本物の聖女様はあの方なのだわ!」


 その女性信者が指差す先には、神々しい光を纏った聖女麗様がいた。

その姿は生き神様の如く信者たちに映った。


「私たちの敵は、こいつらだったのよ!」


「そんな気がしてただ」

「だが、これまでにしてしまったことが……」


 気付いた者たちが癒しの光に包まれる。


「奇跡だ!」

「女神様、今までの不義理、お許しくだされ」


「おい、こいつらを血祭りにあげるだ!」


「ひー!やめてー!」


 騙されていたと気付き逆上した信者に聖女が襲われる。


「やめろ!」


 だが、それを止める者が居た。

それは先程のイケメン剣士こと翼だった。


 翼は不殺で聖女や宣教師を捕縛していたのだ。

その仕事に横やりを入れる信者に、翼の目は厳しかった。


「お前らは何だ?

こいつらが悪いのは当たり前だが、こいつらに乗っかって他人に危害を加えたお前らだって同罪だぞ!」


「……」


「僕はこいつらを捕縛する。

それは命を助けるためではなく、裁く権利は被害者にあるから引き渡すためだ。

お前らは、こいつらと同じ加害者側だ!

こいつを裁くのはお前たちじゃないし、お前たちも罪を犯していれば裁かれる側なんだからな!」


 翼にとって、不殺は元の世界に帰るための拘りでもあった。

だが、この戦いに於いて、騙されていたから罪を逃れられる、そんなことはあってはならないと思っていた。

翼は信者たちから「意趣返ししたから味方です」なんて顔をされたことが腹立たしくて仕方がなかったのだ。


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お知らせ

 翼が止めた真意を追記しました。

次話のネタでしたが、翼の印象に関わりそうだったので、先に出すことにしました。

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