第559話 テロリスト認定

 聖女麗様の力により、いくつかの村の一揆は終息していった。

元々軽い洗脳状態だったこともあり、その状態異常を解除することで憑き物が落ちたように大人しくなったのだ。

そして、周囲の惨状に気付き、それを自ら行ったことに愕然とするのだ。

農業国の役人が村の復興の手助けをするが、殺人や人身売買など取り返しのつかない犯罪に手を染めた者たちがいた。

悪いのは教国だとは思っても、彼らを罰しないわけにはいかなかった。

それらの処罰や恩赦を決めるのは農業国の役目だ。


 一言で一揆と言うが、それは大まかに2種類の態様があると思われる。

1つは、悪政により生活に困窮し、生きるために一揆を起こし悪徳商人や領主を叩くというもの。

もう1つは、誰かあるいは団体――宗教団体含む――にそそのかされ、その主義主張のために騒乱としての一揆を起こすというもの。

前者が大塩平八郎や米騒動などの一揆であり、後者が宗教団体の勢力争いに各地の信者を導入した一向宗による一揆の態様だ。

後者ほど宗教色が強く、民衆のためというよりも宗教団体の権力のために、一揆の名を借りて武装蜂起しているような感じだ。


 聖女麗様が解決した一揆は、動機の部分に教国の工作が見え隠れするが、不作により困窮したことが発端だった。

食糧援助や税制優遇で解決できる案件だった。

それを教国の聖女や宣教師による工作が、テロリスト並みの暴徒に仕立て上げたのだ。

村レベルで解決できたのは、その場で事が完結していたからだった。


 だが事態は、そう簡単にはいかない段階へと進んでいた。

誰かが扇動しているのか、一揆勢が移動を開始し、その目的地を新地へと向けていたのだ。

しかも、村単位でバラバラに発生していた一揆勢が合流し、大規模な軍団と化していた。

いつの間にか農具が剣や槍といった武器に変わっている。

この武器は、倒された兵士や冒険者から奪ったにしては数が多すぎた。

誰かが武器を渡して一揆の勢いを煽っているのだ。


 教国がしかけた一揆は、今まさに宗教のための後者の態様へと変貌していた。

しかし、一揆の主力である農民たちは、前者の一揆を行っているつもりになっている。

そう教国の聖女や宣教師が扇動しているのだから質が悪い。


 こうなると、一揆に対するのは軍であり、作戦も軍事制圧となる。

農業国政府が食糧援助を派遣しても、それを攻撃し、奪い、新たな襲撃先を物色する。

それらの物資は、教国の息のかかった商人に売られ、そしてそのお金が教国の聖女や宣教師に献金されてしまう。

最初の不作への不満など何処へ行ったのかという状況になっている。

献金が不作を防ぐ手段だったのに、献金するために隣人の農地を荒らし不作をうむ。

もうただの暴徒でしかなかった。

それを止めるのは、最早軍の仕事だったのだ。


「ここまで事態が悪化していたのか……」


 これでは聖女麗様が出て行っても、聞く耳を持つ状態ではないだろう。

むしろ大人数から狙われかねない。


「これは村人を救うなどという段階ではない。

内乱、地域紛争、それにあたるであろう。

外国人である我らは手を出せぬぞ?」


 サダヒサが軍事アドバイザーの如く指摘する。

教国の扇動があったにしても、中身は農業国の国民。

その農業国国民に対してアーケランドの武装勢力が攻撃をする。

越権行為だし、国際問題に発展する。


「だな。我らの関与はここまでとする」


 聖女麗様が間違った教えを正していくという段階ではない。

このままでは武力衝突となってしまう。

そこに外国勢力が加担するわけにはいかないのだ。


「ですが、ご存知の通り、村人たちは操られているのです」


 それは農業国の国内問題で、農業国が解決すべき事案だ。

聖女麗様に協力要請があったが、そこに軍事活動は含まれていない。

このような件は全て農業国が解決し、その平和となった後で聖女麗様が活躍する。

役割は分担するべきだ。


「新地の次はアーケランドが狙われますぞ!」


 ボドワンが何かに気付き、慌てて叫ぶ。

それは聖女麗様の撤退を恐れた脅しではない。

不都合な真実に気が付いてしまったという感じだった。


「それが狙いであるか!」


 サダヒサも気付いた。

俺もそこには気付いてしまった。

農業国の国民が、アーケランド領に侵入し、村々を襲う。

元々委員長が侵略し、農業国国民のアーケランドへの心象は悪いのだ。

正統アーケランド側も賠償として新地を割譲している。

国民レベルでは、遺恨のある間柄、それが衝突すれば……。


「教国め、再び戦火を広げる気か!」


 我が王国アーケランドは手を出せない。

それが、委員長の侵略に対する農業国へのお詫びだからだ。

だが、農業国としても、そんな悪事を認めるわけにはいかない。


「わかりました。

こうなったら仕方がありません。

両国をあげて彼らを国際テロリストに認定しましょう」


 ボドワンが突拍子もない提案をして来た。

たしかにそれが解決の唯一の手段に思える。

だが、何を理由として国際テロリストとするのか?


「だが、国際テロリストとするには、明確な指定材料が必要だ。

それを何にするというのだ?」


「邪教信仰ですな。

多額の献金を求め、そのためには娘を奴隷に売り、破壊活動を行う。

その違法性でテロリストとします」


 確かに、それは極悪な仕打ちだ。

それを以って邪教認定しても構わないだろう。

この世界には、カルト法など無いのだから、国同士で決めてしまえば問題ない。


「それは確かに邪教だな……。

邪教のテロリストを農業国とアーケランド両国が共同で討つということにすれば良いか」


 その邪教に教国が関与している。

それが国際的に知れ渡れば、これは教国を討つ口実にもなるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る