第558話 聖女麗様

「クワァ!」


 突然怒りの鳴き声が響いた。

俺がラキの召喚を忘れていたからだ。

どうやったか知らないが、ラキがこの場に来て抗議の声を上げていたのだ。


「なぜいる?」


 いや、結衣と瞳美ちゃんの護衛として居てもらいたいのは確かだが、遠隔召喚の制限を破ったのが気になって仕方がない。


「たぶん、この子を呼んだときだと思う」


 結衣が自分の眷属の水トカゲ2を示す。

水トカゲ2は眷属譲渡で結衣の眷属になっている。

疑似転移でラキ共々温泉拠点に置いて来られていたはずだった。

どうやら、結衣も眷属の遠隔召喚が出来るようになったようだ。

だが、ラキまでがというのが理解出来ない。

ラキは俺の眷属のまま、結衣に貸し出しているのだ。

まさか、ラキ自ら転移できるのか?

謎だが、まあ、手間が省けたので良いか。


 ◇


「こちらにお席をご用意しました」


 農業国の使者が、幕舎に俺の席を用意したと知らせて来た。

俺がアーケランド王だと知って、慌てて飛んで行っていたのだ。

何をやっているのかと思ったら、そういうことだったか。


「俺が王だというのは内密に頼む。

ここでは聖女麗を最重要人物として扱ってくれ」


 俺は自ら身を守れるが、この後一揆を起こした信者と接する麗はそうはいかない。

農業国の軍には麗を守ってもらわなければならない。


「兵に示しが付かない。

俺よりも聖女麗様を第一に動いてもらいたい」


 アーケランド王よりも聖女麗様の方が扱いが上、そう念押しをする。

どうやら、麗が聖女であることに疑いの目を向けている農業国の兵どももいるようだ。

ここはデモンストレーションでもしておくべきだろう。


「使者どのは……」


 そういや、俺がアーケランド王だと知ってから恐縮するばかりで、使者の名前を知らないぞ。


「これは申し遅れました。

私、農業国で新地代官を命じられました、ボドワンと申します」


 ボドワンが名乗ることを失念していたことに気付き自己紹介する。

どうやら使者ではなく、この地域の代官らしい。

新地とは、アーケランドが賠償で渡した領地のことだ。


「ボドワンどのは、見たところ右足がお悪いようだ」


「これはお目汚しを。

先の戦争で大怪我をしまして……。

あ、申し訳ありません。

恨みがあるのではなく……」


 ボドワンが俺に失礼を働いたと勘違いしてしまったようだ。

だが、その傷が委員長との戦いのものだとは……。

確執があるのかと、俺が疑ったようにも見えてしまう。


「そうではない。

聖女の力を目の当たりにしなければ、信じぬ者も居よう。

先の戦いの遺恨も残っているであろう。

そうなれば、聖女の守りも雑になりかねん」


 俺の懸念はストレートにボドワンにも伝わったようだ。

彼は思案顔になり、納得してくれたようだ。


「恥ずかしながら、仰る通りですな。

教国の聖女を信じ、貴国の聖女などいかなるものかと思っている者もいるでしょう」


 ボドワンも正直に物を言う。

恐縮しつつも芯は強い人物なのかもしれない。

ただ、アレックス時代と俺の代では違う国だとの認識は持ってくれていると思う。


 そして、兵の中には教国の聖女に癒してもらった者もいると。

それ等の者たちが、教国の側に立ちでもしたらまずいぞ。


「だからこそ、兵どもに聖女麗様の力を知ってもらう。

先の戦いに従事し、怪我をした者を集めてくれ。

聖女麗様の力で癒そう」


「はあ、大丈夫なのですか?」


 ボドワンは聖女の力を過小評価しているようで、いまいち反応が鈍い。

信じていないのか、不承不承応じ、負傷者を集めた。


 彼らの治療は出来得る限り行われていたが、後遺症が残ってしまっているのだ。

それが回復薬と教国の聖女の限界ということだった。

そう、教国の聖女は、戦後戦中に治療と称して農業国へと入ったのだ。

その治療には高額の献金が必要だったが、上級回復薬よりは効果があったのだ。


 その教国の聖女の回復魔法で治療出来なかったものを、アーケランドの聖女が癒すというのだから、信じ難いのも当然だろう。


「聖女麗様、この者たちを癒してください」


 俺が仰々しく麗に頼むと、麗は俺をジト目で見つめて溜息をついた。

何の芝居よ? という感じだろうか。

まあ、この茶番劇に付き合ってもらいたい。


「【広域上級回復エリアハイヒール】」


 麗が回復魔法を使う。

というか、その魔法名はきっかけであり、発動するのは【女神の癒し】となる。

部位欠損も治す、そんじょそこらの回復魔法とは訳が違う効き目だ。


 麗から発せられた黄金の光が周囲に広がって行く。

そして、その光に触れた者から傷が癒されて行く。


「まさか、これほどの力が……。

教国の聖女では治せなかったというのに!」


 ボドワンが驚嘆の声を上げる。

どうやら右足に明らかな効果があったらしい。


「嘘だろ、俺の握力が戻ったぞ」

「俺は失った指が生えた!」

「まさか、腰痛まで!」


 なんらかの後遺症や単なる持病までもが治ったようだ。

ボドワンも右足を引き摺ることが無くなっていた。


「奇跡の力だ!」

「これが本物の聖女様の力!」


「これほどの奇跡、我が国はいくら払わなければならないのだ……」


 だが、ボドワンは、その支払いのことを思い出し、頭をかかえてしまった。

教国の聖女ならば、このようなレベルの回復魔法を使えば、多額の献金を要求してくるのだ。


「私の癒しは、女神様より賜ったもの。

その力の行使でお金をもらうなどいたしませんわ」


 麗がお金などいらないと言うと、ボドワンの目からぶわっと涙が溢れた。

どうやら、その慈悲の心に感動してしまったようだ。


「麗様こそ、本物の聖女だ!」

「麗様、全力でお守りいたしますぞ!」


「「「「「聖女麗様万歳!」」」」」

 

 そして、この場にいた全員が熱狂的な聖女麗様信者となるのだった。


「ありがたや、ありがたや」


 それを目撃した、領民たちも麗を聖女だと拝み始めた。

一揆の現場に向かう前に、どうやら領民たちを癒さなけれなならない雰囲気だ。

だが、これも無駄ではない。

教国の聖女は偽聖女で、アーケランドの聖女の方が本物であるとの宣伝になるのだ。

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