第555話 偽宗教団体設立3

 教国の宣教師が一揆を先導した目的は、星流ひかるの領地に狂信者を潜伏させることだろう。

そう断定するに至った理由は、一揆が教国本国との連携も見せていなかったからだ。

本来ならば、教国がリュウヤの領地に攻め込んだ後、援軍となる周辺領地をかく乱するために、一揆は行われるべきだった。

それが単独での一揆となれば、星流ひかるが周辺からの援軍を得て、簡単に制圧されて終わりだ。

今回の一揆はまさにそんな感じで終わった。


 疲弊した領民、少なくない被害を受けた領兵、生産力の落ちた領地。

そこに残るのは、領主としての不手際を晒した星流ひかるの権威失墜と、一揆を起こしたためとはいえ、身内に被害を出し恨みを重ねる領民の存在だった。

そこに教国の布教が付け入る隙が生じる。

教国の宣教師が、女神教を信じれば救われると、心の隙間に入り込むのだ。

軽い洗脳を伴って。


 そうして獲得した信者が、いつの日か教国が戦を始めた時に決起する。

それが真の目的なのだろう。

今回は星流ひかるの不手際が切っ掛けだ。

一揆が自然発生しても不思議ではない。

本来ならば、教国の宣教師が関与しているなど、知られるはずが無かった。


「教国の動きを察知していなければな」


 クララが信者になっていた、そして農業国での農民たちの一揆の発生で、教国への取り締まりが厳しくなっていた。

そこに星流ひかるの領地で一揆が発生する。

怪しいなんてものではない。

クララの件で、アーケランド内には教国を警戒するようにとのお達しが出ていた。

だからこそ、星流ひかるの領地でも宣教師の暗躍がクローズアップされたのだ。

星流ひかるなら気付かないところだろうが、内政官GJグッジョブである。


 アーケランド国内では、情報通信の改善が試みられている。

主要都市への翼竜便開設がそれだ。

何も理由なく召喚勇者に領地を与えたわけではない。

それも翼竜付きでだ。


 翼竜には、彼らの移動手段になると共に、定期的な王都との情報のやり取りが義務付けられている。

圧倒的な移動速度による定期連絡便。

それが地方の召喚勇者たちに伝わり、そこから通常の手段で情報が拡散される。

王都から拡散するよりも、遥かに早く情報が伝わるのだ。


 その恩恵の結果が今回の教国関与の早期発覚だろう。

逆に宣教師は、教国が計画を変更していたとしても、その情報に接するのに時間がかかる。

後手後手にまわり、存在を晒してしまったのだ。


「情報を制する者が勝つのだよ」


 言ってみたかっただけ。

まあ、その情報遅延のおかげで、今回の一揆も「領主打倒だー」と死ぬまで戦うようなことが無かった。

彼らは狂信者の顔を仮面の下に隠し、ただの善良な農民たちに戻っているのだ。


 ◇


Side:星流領のとある村


 そんな一揆に加担した村に領主軍がやって来た。


「村長、国からの支援物資を配る。

村人を広場に集めるように」


 一揆の処罰に来たのだと震えていた村長も、その言葉を聞いて胸を撫で下ろした。

自分たちが一揆に関与したとは思われていないのだと。

これも女神様に祈ったおかげ。

そう村長は女神様に感謝した。


 だが、村人を呼びに行った村長は慌てることになる。


「支援物資を渡すと言って、オラたちを捕まえるつもりに違えねぇ」

「広場に集めて一網打尽にされるだ」

「殺るしかねえだ」


 村長は思った。それもあったかと。

その思考が軽い洗脳で誘導されているとも知らずに。

だが、このまま出て行かなければ不審に思われる。

ただでさえ、怪我人がいて全員が出て行けないのだ。

村の人数は税負担のために毎年チェックされている。

特に今年は領主交代があったため、調べ直された後だった。


「どうするべか」


 そう思い悩んでいるところに、女性の透き通った綺麗な声が聞こえる。


「安心しなさい。わたくしが来ました。

罪は全てあなた方を信仰の名のもとに騙した教国の宣教師にあります。

あなた方の罪を許します。

さあ、怪我人も連れて来るのです」


 その声は女神様のものではないかと思ってしまうほど清らかに彼らの耳に浸透した。

村人たちは、その声に誘われて恐る恐る広場を覗く。

するとそこには、一目で聖女様だと理解してしまう女性が佇んでいた。

聖女様は聖騎士2人を背後に従わせている。


「「「聖女様じゃ!」」」

「オラたちをお助けくだされ」


 老若男女も怪我人も一斉に広場へと飛び出してくる。

人々が聖女様を中心に跪き祈る。

そうせざるを得ない力を感じているのだ。


「まずは宣教師の悪しき洗脳を解きます」


 そう言うと聖女様が両腕を水平に広げた。


「無垢な魂たちを解き放て、【広域解呪エリアアンチカーズ】」


 聖女様が呪文を唱える。

すると、聖女様から金色の光が溢れ出し、広場に集まった村人たちに降り注いだ。


「なんと清々しい気持ちだ」

「まさか、オラたちは洗脳されていたのか!」

「オラは、なんで一揆なんかに参加しただ?」

「今ならわかる。オラたちは操られていただ!」


 教国の宣教師による軽い洗脳が解けた。

それは己の中の怒りなどを増幅し、その矛先を都合が良いように向けられたかのような違和感を村人に残した。

自分たちの思いで一揆をしたのではない。

村人たちはそう確信が持ててしまったのだ。


「敬虔なる女神教の信者たちよ。

女神教の教え、ましてや女神様が悪いのではありません。

その教えを捻じ曲げ、悪用しようとしているのが教国とその手先なのです。

彼の者たちの悪しき言葉に耳を傾けてはなりません」


「これからオラたちは何を信じていけば……」


「教国により布教された女神教、そこに嘘が混じっているのです。

これからは、真女神教を信仰してください。

さあ、女神様の奇跡を御覧なさい。

全ての民に癒しを【広域上級回復エリアハイヒール】」


 聖女様の呪文により、またもや金色の光が広がる。


「オラの傷が治った」

「長年患った腰痛も消えただ!」


「「「「ありがたや、ありがたや」」」」


 村人たちの中に聖女様に対する不信など微塵も存在しなかった。

そして全員が真女神教に改信するのだった。


 ◇


Side:ヒロキ


「初めてにしては上出来だったぞ」


「ヒロキくん、揶揄わないでよ」


 麗がクネクネと恥ずかしがりながら抱き着いてくる。

教国の宣教師による洗脳――闇魔法によるものではなく、話術詐術によるテクニカルな洗脳ね――の解除、負傷者の治療、そして聖女である麗の存在の印象付け、星流ひかるのやらかしのフォロー、教国への反感の植え付け、真女神教への改信を一度にやったのだ。

労ってあげないと罰が当たる。


「この村での奇跡の噂を周辺の村に流れるように仕向けた。

次からはもっと簡単に事が進むはずだ」


 一揆の責任も教国の宣教師に取らせて、村人たちの罪は問わない。

国からの支援物資も届けた。

これで一揆を行う理由もなくなったはず。

あとは聖女様の真女神教が崇められ、教国が神敵となる。


「ところで、星流ひかるが口を出した農業は、機械と化学肥料がいるだろ。

それはこの世界にはまだ早い。諦めてもらわないとな」


 労働力が豊富なこの世界で機械化などやったら、働く人間が余ってしまう。

それは多くの就職難民を齎すだろう。

農業の効率化よりも先に、安定した収穫を約束する農業にしなければならない。

そこらへんは、星流ひかるに勉強してもら……いや、行政官に勉強してもらおう。

星流ひかるには、武力の方で活躍してもらおうかな。

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