第545話 自然塩づくり

 北の海岸には帆船が侵入出来ない入江が多くあった。

そこは沖合まで岩礁があり、整備しなければ小船の侵入も危険だった。


「ここならば、塩田を作ることも可能だな」


 今まで俺たちは生活用の塩はカドハチから買っていた。

だが、アレックスとの戦いで塩の補給が滞り、魔物の血液から塩を得たりしていた。

それは緊急時だからこそ使っていた塩化ナトリウムだった。

短い期間ならばそれでも良いんだけど、自然塩には亜鉛などの無機物――ミネラルが含まれている。

長期使用するならば、自然塩が大量に欲しかった。


「錬金術大全に物質の抽出魔導具があったはず」


 塩田と言っても天日で塩分濃度を上げて煮詰めるといった手法ではない。

俺がやれば魔法で抽出することが出来るが、誰かに任すとなると魔導具に頼らざるを得ない。

魔導具に海水を送り込んで、生物やゴミといった不純物と水分、そしてニガリ成分を抜くのだ。


 人に必須のミネラルは、たしか多量ミネラルと微量ミネラルと呼ばれている。

多量ミネラルが、カリウム、ナトリウム、リン、カルシウム、マグネシウム。

微量ミネラルが、亜鉛、マンガン、銅、ヨウ素、セレン、モリブデン、クロム、鉄だ。

ニガリ成分は、マグネシウム、カリウム、カルシウムになるはずだが、味に影響を与えるため抜かれている。

だが健康上全て除去しない方が身体には良い。


「まず魔導具で生物やゴミなどの不純物を抽出し、これは捨てる。

次に魔導具で水分を抽出、これも捨てる。

ここから魔導具でニガリ成分を抽出して、それを少しだけ戻せば良いか」


 物質の抽出魔導具は、抽出するものが指定出来た。

俺がこの世界では知られていないはずの元素を指定してみたところ、そのイメージだけで指定が出来てしまった。

ご都合主義だが、出来てしまったのだ。


 魔導具が動き出し、全ての過程が同時進行で行なわれる。

生物やゴミ、水分の排出口から出た物は捨てられ、ニガリ成分が金属塊になって排出口から転がり落ち、トレイの上に乗った。


「しまった、燃える!」


 不純物と水分の分離は上手く行ったようだったが、ニガリ成分の抽出でミスをしてしまった。

マグネシウム、カリウム、カルシウムの元素そのものを抽出なんてしてはいけない。

カリウムが湿気や酸素と反応し発火。その熱で他の元素も爆発的に燃えてしまった。

ニガリが液状な理由がよく判った。これら元素がイオン状態であったために安定して存在していたのだ。

つまり、物質の抽出魔導具には単純にニガリという曖昧なものを指定すれば良かったのだ。

それも水分が抜ける前の状態でだ。


「もう一度最初からだ。

まず魔導具で不純物を抽出する。これはゴミなので捨てる。

そこから魔導具でニガリを抽出する。

この時、残った海水には必須ミネラルが抜けているので、少しニガリを戻す。

ここから水分を抽出すれば……」


 同時進行ではなく、段階的にやる。これが正解だった。

曖昧指定、おそるべし。

ニガリを全て残さないのがポイントだろう。

ニガリと言うぐらいなので、苦味が出るのだ。


 だけどニガリも商品化出来るから取っておいて瓶詰めするか。

豆腐を作る時にいるらしいからな。

巧い具合な濃度になっているので、そのまま瓶に詰めれば良い。

曖昧指定すごいよな。


「これを警備隊の獣人たちの副業にすれば良いか」


 海水を運ぶ者、魔導具を操作する者、ニガリを瓶に詰める者、出来た自然塩を袋詰めする者。

製塩事業が出来てしまった。

これを工場の様にライン化すれば良いのか。


 塩は必要だ。

製塩工場を建てるぞ。

あ、また自分で自分の首を絞めている気がする。


 ◇


「という感じで抽出の魔導具は曖昧指定をした方が便利だった」


 俺は温泉拠点の城に戻って、結衣と瞳美ちゃんに今日の経緯を自慢した。

これほど完璧な製塩事業はないと有頂天になっていたのだ。


「ふーん、曖昧指定で抽出出来るんだ」


 知識欲からか瞳美ちゃんが食いついた。


「そうなんだよ。ご都合主義的だけど、ニガリがそのまんま商品化出来る物として出て来るんだぞ」


 だが、この時俺は重大な事実に気付いていなかった。


「それならば、自然塩も抽出できるんじゃないの?」


「え?」


 それは製塩をするんだと息巻いていたことによる盲点だった。

日本での製塩方法が俺の頭に有り過ぎた弊害だろう。


「魔導具の曖昧さに任せて、商品化できるレベルの自然塩を抽出すれば一発だよね?」


「その手があったかーーー!!!」


 俺の苦労は、そんな単純な指示をするだけで終了だった。


「ニガリも使うから抽出してよ。豆腐を作るから」


 結衣はニガリをご所望でした。


「それと残った水も有効利用しないとね」


「何に使うんだ?」


「海水には微量だけど金などの貴金属他あらゆる元素が含まれてるんだよ?

自然塩とニガリを抜いたら、そこには希少金属や元素が残っているの。

これも抽出過程に入れておけば、塵も積もれば山となるよ」


 さすが瞳美ちゃん。

俺よりもスマートな製塩行程を立案してしまった。

それに加えて財産となる希少金属も手に入るって。

俺もファンタジーの有効性を意識しないと駄目だな。

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