第544話 獣人を移民させる

Side:狼族リーダーウルド


「すまないが、今の中心部の村は、ただの避難所なのだ。

これだけの人数を養えるだけの建物も食糧生産力も無い。

来てもらうことは拒まないが、逆に苦しい思いをさせてしまうと思う」


 帆船に囚われていた獣人たちも回復し、これからどうするのかという話し合いがもたれた。

そこで大穴中心部に作られた獣人の村のリーダーであるウルドが、村の現状を説明した。

引き受けても全員が生活するのは不可能だと。

そこには猫族、兎族、犬族のリーダー、そして希少種族たちが話合いに参加していた。


 希少種族とは、獅子族、虎族、熊族など戦闘系の種族だった。

奴隷商操る大猿との戦いの最前線に出る事が多く、亡くなる者が多かった。

そのため、種族として集落を形成出来ないまでに数が減っていた。

ちなみにウルドは狼族のリーダーだ。


「しかし、これから新しい村を作るとなると、女が多い我らには荷が重い。

それでは我らに死ねと言っているようなものだぞ」

「これではいままでの逃亡生活と同じだ」

「せっかく大猿の脅威が無くなったというのに……」


 帆船に拉致されていた獣人たちは村を焼かれ、全ての財産を失っていた。

これから新たに村を作るにしても、力仕事を行なう男性の数が少なかった。

獣人の男性は戦士として戦ったために、殺され人数が減っていた。

逆に女性は奴隷としての需要から、あえて殺されなかったのだ。

その偏った男女比では、出来ることが限られていた。


「そうではない。

それを回避する案があるので伝えたかったのだ」


 ウルドはヒロキから提案された移住の話を持ち出すつもりだった。

大穴での生活は魔物という脅威との生存競争でもあった。

大猿がいなくても、生活を脅かす魔物が他にも存在するのだ。

ヒロキの街への移住は、獣人たちに安寧を齎すはずだった。


「なんだと?」

「そんな案があるのか?」

「驚くではないか、もったいぶるでないぞ」


 各種族のリーダーたちもそんな良案があるならばと、藁をも掴む気持ちだった。


「我らを助けていただいた御方がいるのは解っているな?」


 ヒロキ他5人、獣人の村から救助にかけつけた者たちのことだ。


「ああ、船から助けていただいたうえ、傷も癒していただいた」

「食べ物や衣類、看護所の建物も用意していただいたそうだな」


 各種族リーダーたちも、ヒロキたちが奴隷狩りの人族とは違うと理解していた。

彼らはヒロキたちには警戒心よりも感謝の気持ちを持っていた。


「その御方が統治する街が移民を募っている。

そこへ来ないかと誘われているのだ」


「なんだって、いやしかし……」

「そうだ。連れていかれて奴隷にとなったらどうするつもりだ」

「助けていただいたことには感謝しているが……」


 獣人リーダーたちの頭に、奴隷船に荷物のように乗せられた悪夢が蘇ってしまう。

このまま連れて行かれてまた奴隷にされるのではないかと。


「ここまでしていただいて、騙す理由がどこにある。

それに我らの意志による選択の自由が保証されている。

嫌なら断れば良い」


 騙すのならば、全員が断れるなどという選択肢があるわけがなかった。


「あの御方は亡くなった仲間を弔ってくれた。

そんな奴隷商がどこにいる?」


「そうは言っても……」


「それに、あの御方はドラゴンを使役しておられる。

我らを支配しようとするならば、このような厚遇をせずに、力で制圧することが可能なのだ」


 その力で強制せずに今後の道を選択させてくれる、そんな優遇は力が正義のこの世界ではあまりにも異質だった。


「そなたがそこまで言うならば、我が猫族も移住に同意しよう」

「我ら犬族も移住に同意する」

「兎族は最初から移住に決めていたぞ」


 ようやく各種族リーダーが移住に納得する。

ウルドはひとまず胸を撫で下ろし、移民の条件を話し始めた。


「移住のあかつきには、家族ごとに家と農地が提供される。

手に職のある者は、工房への就職あるいは個人工房が提供されるそうだ。

そして生活が安定するまでは無税で、1年間は食糧援助がある」


「それを早く言え!」

「有り得ない好待遇ではないか!」

「兎族は最初から決めていたぞ」


 ウルドの説得もあって猫犬兎族の獣人たちは温泉拠点の街へと移住することに決定した。


「希少種族の方々はどうするつもりだ?」


 ウルドは、これまで一言も発することの無かった希少種族に、今後の方針を訊ねた。


「我らは、大猿の脅威が無くなったのならば、中央の村に残るという選択肢もあるのではないかと思っている」


 中央の村とはウルドがリーダーとなっていた獣人の村のことだ。

ウルドたちが移住するということは、そこから獣人たちが居なくなるということだ。

なので、獣人の居なくなったそこに残ろうという者が出て来たのだ。


「あの奴隷商の仲間がいつ来るかわからんのだ。

あの大穴は、いつまた襲われることか……」


「それは北の海岸ここで防衛されるのだろう?」


 ヒロキたちが防衛用の設備を作っているのは皆が知るところだった。

それに頼ろうという気持ちが彼らには芽生えてしまっていた。

だが、ウルドは知っていた。

いつかドラゴンは去ってしまう。

その時ドラゴンに依存していればどうなるのかと。

それをウルドの口から説明するには、あまりにもウルドの権限外の情報が多かった。

ウルドは彼らの説得を諦め、ヒロキに報告しに向かった。

その後を希少種族たちがゾロゾロと続く。


 ◇


Side:ヒロキ


「なるほど。希少種族たちはそういう方針か。

別に構わないぞ」


 俺にとって移民が増えるのは有難いが、嫌だという連中を無理やり従わせるつもりは毛頭ない。


「ただ、俺たちはいつまでも北の海岸ここに居るわけではない。

防衛に配置していたドラゴンも見張りの魔物カメレオンを残して退く予定だ。

これから防衛戦力を募る予定だが、それが来るまでは獣人の村まで護る余裕は無いぞ」


 とりあえず北の海岸ここ見張りの魔物カメレオンに任せて、俺たちは退く。

そして教国の帆船が現れたとの報告が来たら、疑似転移で北の海岸ここまでやって来て防衛するという予定だ。

俺の身体は1つしかないから、いつまでも北の海岸ここに関わっていられないのだ。


 それに、北の海岸ここに常駐させるだけの戦力が無いのだ。

アーケランドから軍を王命で派遣してもらうにしても、それには手続きと時間が必要なのだ。


「なるほど、ならば我らが北の海岸ここに残って防衛するというのはどうだ?」


 突然、獅子族の男がそう提案して来た。

彼らが北の海岸ここを防衛してくれるというのならば有難い。

むしろ、彼らのような戦闘特化の者たちは、街での仕事からあぶれがちだろう。

その選択は、俺にとっても彼らにとっても最適なのではないだろうか。


「それは願っても無いことだ。

そうだな。我が国の辺境警備兵ということで雇う形で良いだろうか?

給料を出すぞ」


「なんと、それは有難い」


 こうして獣人たちの移住と、その一部の北の海岸警備が決まった。

獣人たちの移住は、陽菜の転移で行なった。

経由地を設定し、クールタイムを挟んでの転移だが、数日かけて滞りなく行なうことが出来た。

北の海岸への定期的な食糧などの補給も陽菜に任せることにした。

俺は兵舎などの整備と、防衛設備の拡充を行なって、通常業務に戻ることになった。

獣人たちの士気は高い。

仲間を殺されているので、教国に対する恨みがあるのだ。


 これでこの北の海探索は終了だな。


 ◇


「ところで、海の幸はどうだった?」


 温泉拠点に帰ると、結衣が満面の笑顔で訊ねて来た。

しまった。北の海への探索は移民の募集と海の幸が目的だった。

塩も作らなければならなかったんだった。

まずい、教国のせいですっかり忘れていたぞ。


「それは明日からの予定です」


「そうなんだ。大変だったものね」


 さすが結衣。

教国のせいだと理解してくれたか。

これは明日も張り切って仕事をしないとならないな。


 うーん、俺のスローライフどこ行った?

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