第543話 一方教国では

Side:フラメシア教国


 そこは女神像が奉じられた荘厳な祭壇を背にした部屋だった。

その中心には楕円形の円卓が置かれ、一番の上座に教皇、そこから順に枢機卿が4人、大司教が9人座っていた。


ゴーーン


 突然何も無い空間から鐘の音が聞こえる。

ざわつく面々。


「まさか、ご神託が?」


 それは聖女が神託を得た印だった。


コツコツコツ


 祭壇の裏から足音が聞こえる。

そして、聖なる衣をまとった美女が現れた。

その美女が教皇の隣まで進むと声を上げる。


「大司教が聖戦を宣言したとのご神託がありました」


「我らではないぞ?」

「誰がそんな大それたことを」


 9人の大司教が口々に否定をしはじめる。

疑心暗鬼で、他の大司教に探りの目を向けている。

聖戦の宣言、そのような勝手なことを、この円卓会議を経ないでして良いものではないのだ。


「待て、ここに居ない奴がいるではないか」

「そうか、ゴストロヴィチ大司教か!」


 この円卓には1つ空席があった。

それこそ10人の大司教最後の1人であるゴストロヴィチ大司教だった。


「やつは未開地を植民地化するために北の海に進出しているはずだな」

「となると、未開地に知らぬ小国があったということであろう」

「たしか、獣人の集落を発見し、奴隷化するとの報告があったはずだ」

「つまり獣人の国があったということか?」

「あるいは、獣人の飼い主の国であろう」


カツン


 その時、枢機卿の1人がテーブルを指先で叩いた。

それは沈まれという合図だった。

教皇が発言する、その合図だ。大司教たちが一斉に口を噤む。


「北の海の未開地布教であったか」


 それは詳細を話せという意味だった。

ゴストロヴィチ大司教をサポートしていたエルモライ大司教が、素早く説明を始める。


「北の海に接続する土地は、北部のアトランディア皇国、アーケランド王国、エール王国のどこも領有していないとされていました。

その地を探索し、植民地化するのがゴストロヴィチ大司教の率いる探索隊の任務です。

彼らが、獣人の集落を発見、奴隷化のためドナートヴィチ伯の大猿隊の派遣を要請いたしました」


「大猿隊ならば、獣人など容易に奴隷化できよう。

なぜ聖戦を宣言する?」


 教皇がそこまで執拗に問い詰めることにエルモライ大司教は違和感を覚えつつも丁寧に応じる。


「そこは神託の解釈の問題でしょう。

度し難い小国に教国が黙っていないぞと脅しをかけたことが宣戦布告に該当した可能性があります。

それを聖戦と捉えたのかと」


「いや、問題はあの魔導砲搭載船という圧倒的な戦力をもってしても、相手が度し難いということでは?」

「まさか、あの船がありながらゴストロヴィチ大司教が負けたというのか!」


「あの地は、北の海からの上陸は容易であっても、地続きの南からは魔の森を抜けねば到達出来ぬ地。

つまり相手は、その魔の森の強力な魔物を突破して来た強者ということでは?」


「そういえば、魔の森に保養地を持つ貴族が存在するとか」

「その者が、アーケランドを制し、新王になったはずだぞ!」

「まさか、ゴストロヴィチの奴はアーケランドに聖戦をしかけたのか?」


 一同がその無謀な行動に沈黙する。


「まだ早い。

今は・・アーケランドと事を起こす時期ではない」

「ゴストロヴィチ大司教め、余計な事をしおって」


「引き続き、情報を探るのだ!」

「なんとしてでもアーケランドとの戦争は避けなければならない」

「また女神様にご神託をいただかなければ!」


 ◇


「大変です! アーケランドから書状が!」


 大司教の1人が枢機卿の元を訪れた。

それはアーケランドから書状が来たことで緊急に訪問したのだった。

それほど慌てたものだったのだ。


「どのような内容だ!」


「それが、大司教の独断で宣戦布告出来るのか問い合わせて来ています」


「宣戦布告出来るかだと! (ゴストロヴィチ大司教の聖戦の件か!)」


「それと自称教国の大司教を預かっ捕虜にしているそうで、本物の大司教なのかと問い合わせています。

我らの中で不在なのは……」


「(やはりゴストロヴィチのやつではないか!)

そのような者は知らんと返答しろ。

そやつは我が国の大司教ではないし、宣戦布告など出来ないと」


「よろしいのですか?」


「我が教国の大司教は9人だ。

10人目など最初から居なかったのだ」


 ゴストロヴィチ大司教が見捨てられた瞬間だった。


「自称大司教に従っていた奴隷商も捕まえたそうで、フラメシア国の伯爵を自称しているそうですが?」


「(ドナートヴィチ伯か!)

それはフラメシア教国ではなくフラメシア国の者だ。

我らとは無関係だ」


 そんなしらじらしい言い訳が通じると思っているのが宗教の怖いところだ。

宗教の中枢にいると、浮世離れしてしまうということだろう。


「分かりました。そのように返答いたします」


「そうしてくれ。

(それにしても、あの2人が捕まったというのはマズイ。

あの魔導砲ですらアーケランドに敵わなかったということだ。

これは教皇様に報告し、さらなる戦力増強を具申しなければ)」


 この結果、教国では新たな兵器を賜るための祈祷が始まった。

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