第541話 クララの信仰

「どうして、この崇高な教えが理解出来ないのですか?」


 リュウヤに案内されて連れていかれた先は、所謂お姫様のアレに通じる一本橋だった。

その塔は、泥棒さんが助けに行ったお姫様のアレや、髪の長い姫が閉じ込められているアレのイメージだ。

温泉拠点でセシリアを閉じ込めていたのもそうだ。

その塔へと通じる一本橋の向こうからクララのものと思われる声が聞こえて来る。


「脱会させようとさゆゆが説得しているのだが、聞く耳を持たなくてな……」


 リュウヤもさゆゆも苦労しているようだ。

カルトに騙されて献金してしまう人は、良いことをしているつもりなのが質が悪い。

それが家族を不幸にしていても、それが試練だとすり替えられてしまうのだ。


「このままでは、世界が滅んでしまうのです!

どうしてそれが理解出来ないのですか!」


 世界が滅ぶ? 何それ?

俺はリュウヤに疑問の目を向けた。

それに気付いたリュウヤが溜息交じりに説明してくれる。


「勇者召喚が世界と世界の間に穴を開けるらしい」


 それは知ってる。


「ああ、それはその通りみたいだぞ。

勇者召喚は上の世界に穴を開けて下の世界に落すんだとか」


「その穴が開きっぱなしになると、世界が滅ぶらしい」


 ん? それってマジっぽいぞ。

教国は、世界の破滅を防ごうと言うのか?

というか、穴が開きっぱなしならば、そこを昇れば帰れるってことか?


「待て待て、穴が開きっぱなしならば、それは翼たちが来た世界に繋がりっぱなしということだろ。

空を飛べれば元の世界に帰れるんじゃないか?」


 サッカーで有名だった翔太たちの世界は俺たちと同じ世界っぽい。

翔太たちは有名人で、俺でも名前を知ってるアスリートだったからだ。

そしてアレックスや薔薇咲メグ先生が来たのも同じ世界からだろう。

俺たちのいた時点で、集団行方不明事件があったと言われていたからな。

それが先代勇者や100年前の召喚なんだろう。

その世界と繋がりっぱなしならば、そここそが俺たちが帰るべき世界だ。


「いや、宗教は危機を煽って、結束を高めるものだろう?

それを防ぐために金がいるという集金装置の理由付けだと思う。

危機はデカいほど金が集まるのではないか?」


 それもそうか。集金装置としての危機ね。

長年召喚に関わっていたアレックスが帰れないと断定したんだからな。

世界が繋がりっぱなしでも、空を飛ぶ程度では戻れないのだろう。


「その世界平和のためだと召喚勇者が殺されていたんだからな……。

むしろ、カルト宗教が勇者に潰されないようにと襲っていたのかもな」


 それでも完全に潰せなかったのは、フラメシア教がこの世界での最も崇められている女神を奉じているからだろう。

女神様への信仰を潰すわけにはいかない。

その教義の一部が大元から変質した邪教ならば、その教義だけを改めれば良いということなのだ。


「宗教、めんどくさー」


 完全に潰すと全世界から女神の敵と認定される。

生き残らせると、裏で何するかわからない。


「地道に信者を脱会させるしかないのか……」


「いっそ、新しい女神教を作るべきかもな」


「それだ! いや、俺はやらないからな」


 危ない。また仕事を抱えるところだった。


「それは本当に女神様の意志なの?

教会の教皇が言っているだけじゃないの?」


 部屋の中から聞こえて来たのは、さゆゆの声のようだ。

どうやら正妃として側妃を説得しようとしているようだ。

身内がカルトに入信すると何処も辛いんだな。


「召喚勇者のくせに!」


 そのクララの声は心からの侮蔑が含まれていた。


「勇者がいるから、この世界が壊れるのよ!」


「つっ!」


 さゆゆの辛そうな声が聞こえる。

同じリュウヤの妻として、それだけは言って欲しくなかったに違いない。

これ以上は駄目だ。ここにいる全ての者たちが傷つくことになる。


「これは仕方ないよ。

洗脳が幸せにつながるということもあるよ」


 洗脳は最後の手段。あまり便利使いしない方が良いに決まっている。

だが、教団は、クララに対して勇者排斥思想も植え付けていた。

勇者であるリュウヤを夫にもつクララに対してだ。

それは家族をテロリストに仕立て上げられたも同じだろう。

洗脳が良くない手段だというのは理解している、でもこれは仕方がない。


「ああ、それは俺も身をもって経験した。

それと、そんな良い方の洗脳ならば、いつか自力で脱して幸せを掴むことが出来る」


 それは俺に洗脳されていたリュウヤの実感だった。


 俺たちはクララの監禁部屋の扉を開けて中に入った。

椅子に腰を下ろして涙を流しているさゆゆが見える。

そして、ベッドに座るクララ。

そのクララの顔は目が逝ってしまっていた。

狂信者の目だ。

まさか、これは洗脳的な何かをされている?


「【洗脳】!」


 洗脳だと言い方が悪いがそれがスキル名なので仕方がない。

実際は精神操作と言った方が良いかもしれない。

このような異常な精神状態を元に戻すと言った方が良心が痛まない。


 俺はクララに対して、女神信仰の正しさ、慈悲深い思想の正しさは残しつつ、教団の暗部――勇者の殺害や獣人の誘拐、違法奴隷化という事実を知識として植え付けた。

つまり、女神様を信じても良いけど、教団はおかしいぞと思わせたのだ。


 その洗脳は無事に終わった。


「あれ? でも、大司教様が獣人を誘拐して奴隷にしてたっておかしいわ?

どうして教団を信じてしまったのかしら?」


 その理由は俺には判っていた。

洗脳をかけると、元の洗脳の有無が抵抗となって感じられるからだ。

教国が信者獲得に軽い洗脳をかけていた。

この世界、精神支配のスキルや魔法、魔導具、薬、香まで、ありとあらゆる手段が使える。

そのため王族や貴族は精神支配スキルから身を護るアミュレットなどの魔導具を身に着けている事が多い。

アレックスや委員長はそれを上まわる強力なスキル持ちだったということだ。


「俺のミスだ。

リュウヤたちには、貴族社会の知識は無かったからな」


 対アレックス、対委員長で支配スキルから逃れる魔導具をリュウヤや俺は身に着けている。

しかし、その正妃側妃にまで、そのような物を持たせていなかった。

その結果がクララの入信なのだ。


「今後は身近な者たちにも洗脳避けのアミュレットを渡しておこう」


 それにしても、クララが暗殺者に仕立て上げられてなくて良かったよ。

その可能性も考慮しておくべきだった。

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