第537話 不死者を働かせる

「船員を不死者アンデッドにして、獣人たちを帆船から降ろす」


 帆船から獣人たちを運び出すには、小船によるピストン輸送が必要だった。

その作業に一番最適なのが、死んだ船員たちだった。

死んでたら無理だろうって?

彼らをアンデッドにして使役することで、無限の体力による小船の往復が実現するのだ。


「つまり、大穴から攫われて来た獣人たちが集積所から帆船に乗せられるまでの過程を逆に実行するということだ」


「その先は転移で獣人の村へ?」


「そうだ。一度獣人の村へ連れて行った方が説得し易いはずだからな。

獣人の街を拡張するには時間がかかるとその目で理解してもらう」


 獣人の村の人口はその許容量を越えていた。

拡張する時間的な余裕も、食糧の供給能力も既に越えてしまっている。

俺がゴーレムを投入して村を拡張したり、食糧援助をするのは容易い。

しかし、それをするならば、俺が作る街へと移住してくれた方が早いのだ。

いま、彼ら獣人を説得しても、仲間の村の存在が希望としてある限り、そこに縋ろうとするのは目に見えていた。


「彼らには現実を見て、移住を決意してもらうのだ」


「うわ、ヒロキが腹黒になった!」


「うるさいわ!」


 とりあえず、獣人を檻に入れるわけにはいかないから、一時避難所として小屋でも作るか。


「さちぽよとオスカルは、獣人女性と手分けして食事を用意しておいてくれ」


 俺は土魔法で小屋を作りながら、さちぽよとオスカルに指示を出した。

獣人たちの上陸作業は紗希に任せる。


「亡くなった獣人たちは不死者アンデッドにしないの?」


 何気なくオスカルが訊いてくる。

集積所の傍らに墓――といっても大穴に投げ込んだだけ――があったのだ。

確かに俺は、奴隷商や騎士、そして大猿しか不死者アンデッドにしていない。

まるで生きているように動けるならば、死んだ獣人たちも不死者アンデッド化しないのかというのは誰もが思う疑問だろう。


「俺の中の縛りの問題だな」


「縛り?」


「ああ。不死者アンデッドとして使役するのは犯罪者か敵対者だけという縛りだ。

けして味方や仲間、善良な市民を不死者アンデッドにはしない」


「どうして?」


不死者アンデッド化は昇天する魂を現世に縛る行為だ。

それは魂の輪廻にとって、永遠の懲役に等しい。

だから、救うべき魂を現世に縛ったりはしない」


 不死者アンデッドにして使役するのは、奴隷以下の扱いだということだ。

死んでも働かされる、そんな立場に落されるのは誰でも嫌だろう。

そこに俺は明確な線引きをした。

不死者アンデッド化は生き返るのではないのだ。

死ねない永遠の牢獄に入れられるということだった。


 そもそも不死者アンデッド化といっても、バンパイヤのような自由意志を持った高度な知性を備えた存在ではない。

自我が衰え、考える力もない、操り人形的な単純労働力になるだけなのだ。

まあ、奴隷商貴族のような後でフラメシア国の奴らを騙すための存在は、多少知性も残している。

それは利用価値があるからであって、眷属とするつもりは毛頭ない。


「ふーん、そんな線引きがあったんだ。

生き返らせるための不死化じゃないんだね」


 不死化と不死者アンデッド化はさすがに違うぞ。

不死化は生きている者を不死にすることだからな。

不死者アンデッド化は、死んだ者がアンデッドという動く死体になるだけなのだ。

基本、死体。これ大事。


「さあ、小屋が出来たぞ。

入口ドアなんかは、獣人男性に言ってなんとかしてもらおう」


 そこまではやってられない。


「そうだ、獣人たちをまとめるために、獣人の村からウルド呼んで来るか」


 俺はハッチに念話を飛ばして、ウルドを捕まえさせ、遠隔召喚でここまで呼んだ。


「あれ?」


 召喚の魔法陣が足下から上昇すると、三人の姿が現れた。

女性2人に獣人男性1人だ。

そして、転移終了すると、そこには裁縫女子と陽菜、そしてウルドがホバリングしているハッチの脚に触れながら立っていた。


「なんで、2人が?」


「人手不足なんでしょ?」


 裁縫女子の一言は図星だった。


「転移使うでしょ?」


 陽菜もよくわかっている。

これで俺の選択肢も増えた。


「仰る通りです。

後で呼ぶつもりだったんだけど、来てしまったならば仕方ない」


 疑似転移開始地点への戻しはクールタイム無しで出来るけど、次に呼ぶのには2時間のクールタイムが発生する。

ならば、このまま居てくれた方がありがたい。


「で、ウルドを呼んだのは、捕まっていた獣人たちの説得なのね?」


「そうなんだよ。

ウルド、村の現状を彼らに伝えて欲しい。

人口が増えたらやっていけないんだろ?」


「そうです。今でもギリギリなんです」


「そこで、選択肢が3つある。」


「聞かせてください」 


「1.無理をしてでも村を拡張する。

2.救出された獣人は自力で生活の場を作る。

3.俺が作っている街に移住する。

この3つだ」


 俺の提示にウルドが考え込む。

そして。


「その選択が出来るのは、救出された者だけですか?」


「いや、村に住んでいる獣人も、まだ救出されていない獣人も含む」


「ならば、俺たちも移住を希望したい。

あの村も一時的なものに過ぎなのです。

大猿が去っても、村は安住の地ではないのだ」


 どうしても移住が嫌なものをあの村に残すということになった。

その調整や意思確認はウルドがまとめてくれるそうだ。


 となると、俺の仕事はフラメシア国及びフラメシア教国対応ということだな。

いつ帆船が現れても良いようにとの対抗手段と、アーケランド王国から探りを入れるか。

帆船への対抗手段は、ここに何か作るとして、王国アーケランドの諜報能力に期待だな。

王城に行く必要があるな。

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