第535話 宣戦布告

 船倉に積まれていた獣人たちを陸に戻すためには、上陸している連中を制圧しなければならない。

帆船が停泊している入江は、天然の良港であり、海岸には砂浜が広がっていた。

その砂浜を上がった先の一段高い場所に、上陸部隊の幕舎があった。

そこには食糧などの補給物資や、一時的に獣人を閉じ込めておくための檻、さらに大猿が入れられたケージが並んでいた。

どうやら大猿は戦力であると同時に労働力としても使われているようだ。


 あの台地と大穴では奴隷商の貴族が大猿を使役していたが、この集積所にも大猿を使役するテイマーか奴隷商がいるはずだ。

テイマーが魔物と交流しテイムして使役するのに対し、奴隷商は隷属魔法で縛って従わせている。

テイムは個々の魔物と魔法的な繋がりを作る。

そこに常に魔力を消費するため使役できる数が限られる。

しかし、隷属は契約魔法によりその触媒となる奴隷紋や隷属具を使用するため、魔力の負担なく数を増やすことが出来る。

だから現場指揮官が奴隷商なのだろう。


「あそこにもまだ奴隷商がいるってことだな。

オスカル、さちぽよ、これから集積所を制圧する。

檻に獣人がいるかもしれない。危害を加えられないように気を付けろ」


「「おっけー」」


「僕は?」


「紗希は船倉の獣人を解放してくれ。

小船を漕げる者を集めて、上陸準備をしておいてくれ」


「わかった」


 そう指示を出しているうちに、集積所でも大きな動きがあった。

帆船が乗っ取られたことに気付いたのだろう。


「大猿を出せ! 戦闘準備だ!」

「ボートに乗れ! 船を奪い返すぞ!」


 大猿のケージが開けられ、何等かの指示が与えられているようだ。

そして、男たちが小船を海に引き出して、帆船へと向かおうとしている。

騎士鎧の者たちも剣を構えている。


「飛竜、海に出た小船を火球で沈めろ!」


 紗希の乗っていた飛竜に、小船の迎撃を命令する。


グワッ! ドーン


 大海原の上の小船に空からの攻撃が降りそそぐ。

その攻撃に無防備な小船は簡単に葬られた。

だが、海に落ちた者たちも海の男だ。

そのまま泳いで帆船に向かおうとしている。


 帆船の上では解放された獣人が1人また1人と甲板に出ると、そこに転がっていた武器を拾っては迎撃の輪に加わっていく。

奴らは男の獣人を戦闘奴隷にするつもりだった。

そのため、攫った獣人は屈強な者が多い。

大猿が居ないので、数で上回っているし、海の男たちなど脅威ではないだろう。


「帆船は紗希と獣人たちに任せておいて良いな。

俺たちは、集積所をやるぞ!」


グワッ! ボン!


 先制攻撃で飛竜が火球を吐く。


「【ファイアランス】!」

「【ファイアストーム】!」


 続けてオスカルとさちぽよが火魔法を撃つ。

今回は獣人が捕えられている檻以外は火球も火魔法も使いたい放題だ。

俺もオスカルの飛竜から離れて、レッドドラゴン纏で飛んで上空から攻撃を仕掛ける。


 大猿は腕力が強いが、空中では戦えない。

せめて石や材木などを投げるぐらいしか出来ない。

同時に魔術師たちが迎撃の魔法を上げるが、魔術師は数が少ないようだ。

それを飛竜が速度を使って回避し、乗っているオスカルやさちぽよによる魔法攻撃で地上を焼いて行く。


 俺も獣人たちの檻の安全を確保するために、近寄る敵を氷魔法で叩いていく。

オスカルたちが火魔法を使いすぎるため、延焼しないように氷魔法で壁を作ったのだ。


「何やつ、我を教国の大司教と知っての狼藉か!」


 まさに宗教服のようなものを着た太った男が聞いたことのある台詞を吐く。

こいつは姿から本物の教国の宣教師かもしれなかった。

その姿はまさに腐った宗教家という感じだったのだ。


「またか! 教国が奴隷売買に加担してるということで良いんだな?

まさか、貴国の教義が奴隷制を認めていたとはな」


 俺は大司教と名乗った太った男の前に降り立ち詰問した。

フラメシア教国は奴隷を認めていないはずだ。

だからフラメシア国などというフロント国家を作っているのだ。

自分たちはやってません、似てる名前の別の国が悪いんです。

それが対外的な見解だったはずなのだ。


「教義が認めていないのは、人の奴隷だ!

獣人は人にあらず、奴隷にして何が悪い!」


 どうやら、俺たちがどういった立場で攻撃したのか理解出来ていないようだ。

フラメシア教国とフラメシア国は違うという建て前を自称大司教は忘れてしまっているようだ。


「彼ら獣人は我が国・・・の国民である。

国民を拉致し誘拐したのがフラメシア教国だということで良いのだな?」


「国だと? ふん! 田舎領主程度、我が教国が滅ぼしてくれるわ!」


「それは宣戦布告と取って良いのだな?

その権限が貴様にあるということだろうな?」


「我はフラメシア教の大司教ぞ! 当たり前だ!

我らを害し、このままで済むと思うなよ!」


 大司教は完全に俺たちを嘗め切った態度だった。

教国は教皇をトップに枢機卿、大司教、司教、司祭、助祭という階級に分かれている。

大司教レベルで宣戦布告出来るのかは疑問だが、大司教が他国に喧嘩を撃ったとなれば、国としてただでは済まないのは事実だ。

だが、宣戦布告できたとして、この状況から生き残れるとでも思っているのだろうか?

死んだらどうやって教国に復讐させるのだ?


「分かった。その宣戦布告受けて立とう。

ヒロキ・ミウラ=カシマ・アーケランドの名において宣言する。

今を以って、我がアーケランド王国とフラメシア教国は戦争状態になったと」


「は? アーケランド?

嘘をつくのも大概にするんだな」


 俺の名を聞いて大司教と名乗った男が侮蔑の顔を向けて来る。

どうやら、俺が嘘を言っていると思ったようだ。


「こんな僻地にアーケランド王がいるわけがない。

まあ、相手がアーケランドでも宣戦布告してやるわ!

ほれ、これが聖印だ! 大司教による神への誓いつき宣戦布告だ。

どうなっても知らんぞ、王様w」


 大司祭は、俺を小ばかにした態度で宣戦布告を神に誓った。

この世界、本当に神様がいるのだ。

その神に誓うということは、後で無かったことには出来ない重大なものとなる。

おそらく、教国の本部にも神託として伝わることだろう。

独断専行ならば、教国にとって重大な大失態だろう。


「【闇の手ダーク・バインド】」


「うわ、何をする」


 俺はそのまま自称大司教を捕えた。

ああ、俺もこいつが大司教だなんて信じてなかったわ。

向こうが俺をアーケランド王だと信じないのも当たり前か。


「貴様はこのまま捕える。

後で教国に送りつけてやろうか?」


 ここは、こいつを送り届けて教国の出方を見るべきだろうか?

偽大司教ならば、例え神に誓っても、それは偽者の言う事。

教国は知らぬ存ぜぬで、トカゲの尻尾切りにあうだけだろう。

教国を少し泳がせて、次の船が来た時にこいつをどうするか決めるか。


「おわったよー」


 他の制圧が完了したようだ。

オスカルにさちぽよ、飛竜2匹の攻撃だ。

それは殲滅と言うに等しい。


 さて、これからどうしようか?


「騎士や船員を不死者アンデッドにして、ここがそのまま運営されているように見せかけるか」


 それならば、施設を焼かなければ良かったか。

でも、船のマストも切っちゃったし、どうせ再利用は無理だったな。


「襲撃を受け、生き残ったというていにするか」


 まあ、サクっと不死者アンデッド化しておこう。


「闇魔法! 何と禍々しい死の軍団よ!

まさか貴様がアーケランド王というのは誠か!

アーケランドが魔王に乗っ取られたという噂は真実だったのか!」


 大司教が五月蠅い。

アーランドを乗っ取った魔王はアレックスだからね。

かと言って、それを否定するには俺が真の勇者だと言わなけれなならない。

俺が真の勇者であることは秘密だから否定も出来ない。

教国は勇者排斥の教義をまだ捨ててないし、身の危険があるからな。

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