第534話 奴隷船を制圧する

 飛竜で飛んで行くと台地は次第になだらかな傾斜を経てその標高を下げて行った。

俺たちは奴隷商の仲間に見つからないように森の木々を掠めるように低空で飛んでいた。

そして飛行先には煌めく水平線が見えて来た。

だが、木々が邪魔で手前の海岸線はまだ視界に入って来ていない。


「船はどこだ?」


 俺たちのイメージでは、船は沖合に停泊し、そこから小舟で上陸するという感じだった。

なので、沖合が見えれば船も視界に入ると予想していたのだ。


「船が停泊しているのは、俺たちに見えているこの入江ではないのかもしれない」


 俺たちの飛竜は北へと真っ直ぐ飛んで来た。

だが、それは大穴の位置からということであり、実際の船の停泊場所とはズレがある可能性の方が高い。

この入江には岩礁なりがあって、船が入れなかったのかもしれなかった。

リアス式海岸というやつだろうか、この北の海の海岸は無数の入江が存在するようだ。


「となると、岬を越えた向こう側に船が居るということも有り得る。

東か西、どちらを先に確認するか……」


 奴隷商の猿車の轍でも見えれば良かったのだが、それも森の木々に遮られていて見えなかったのだ。


「東ね」


 急にオスカルが東だと言い出した。


「なぜだ?」


「航路的に国に近い方だから」


 そうか、フラメシア国は大陸の東端にある。

大陸の北側の海岸を調べて、船が泊められ上陸出来る場所を発見したならば、近い東側をまず使おうとするだろう。

よほど動かしにくい物があって、それを荷揚げしようとすれば、荷のある場所からの最短ルートを目指すかもしれないが、まずこの北の地を探検しようとするならば、やっとみつけた良港を使わない手はない。


「いや、もし東側に良港となる場所が無ければ、西側になるんじゃないか?」


 危ない危ない。それは東側に良港を発見した場合に限る。

そうでなければ、ずっと西側まで探すことになるのだから。


「あ、そうか」


 まあ確率的には東側の可能性の方が高そうな気がするけどね。


「ここは俺が単独で上昇して確認する。

人の大きさならば、見張りにも見えにくいだろう」


 レッドドラゴン纏の状態ならば、人の大きさなので飛竜よりも目立たない。

俺はオスカルの飛竜から離れて上昇した。


 まず東側を確認する。

隣の入江には船は居ない。

ならば西側か? 残念。こっちにも居ない。

そのまま高度を上げ、されに西隣の入江も視野に入れる。

ここでもない。東側に振り向く。 居た! 船だ。

俺はそのまま急降下する。

船を視界に入れて数秒、西側を見ていた時間を入れても十秒弱だろう。

幸い距離があってくれたおかげで、俺が見られても小さすぎて鳥と区別出来ないだろう。


 俺はそのままオスカルの飛竜に戻る。


「東側、2つ隣の入江だ。

このまま森の上を東に向かって、左旋回、正面から突入する。

船はマストを壊して航行不能にする。

船の中には獣人が積み込まれているはずだ。

船を燃やしたり沈めないように」


「「「おっけー」」」


 隣でホバリングしていたさちぽよと紗希にも作戦が伝わった。

俺たちは船を航行不能にしてから制圧するつもりだ。


「行くぞ!」


 オスカルの飛竜を先頭に俺たちは船へと向かった。

この世界で初めて見る船だが、地球でいう大航海時代の帆船のようだった。

ちらっと見ただけなので、火薬式の大砲みたいな武装があるかは判らなかった。

だが、飛竜での奇襲ともなれば、大砲を撃つ余裕はないはずだ。


 森の木々の上をギリギリで東へと飛ぶ。

そして、頃合いを見てオスカルに左旋回を指示する。

オスカルの飛竜の後方左右にさちぽよと紗希の飛竜が続く。

その三角編隊のまま海岸へと向かう。


「集積所だ!」


 地上に物資の集積所、あるいは地上部隊のキャンプ地があった。

もしかすると船積み前の獣人もいるかもしれない。

そこに少なからぬ奴隷商側の人員がいるようだ。


「どうするの?」


 オスカルが訊ねる。

ここは無理に作戦変更しない方が良いだろう。


「スルーして船を叩く。

船で移動出来なくなれば、地上はいつでも叩ける」


「わかったー」


 目の前には帆船が見えていた。こちらに左舷側を向けている。

二本マストに何等かの魔導具と思しき箱から筒が出てマストに向かって口を開いている。

あれか、風魔法による推進装置。

魔法世界の帆船には良くあるギミックだ。


「マストを切り倒せば航行不能になる。

誰か風魔法を使えるか?」


「さちが使えるっすよー」


「任せる」


「おっけー。【ウインドカッター】!」


 さちぽよが先行して風魔法を使う。

その風の刃がマストの1本を根元付近から切り倒す。


スパッ! ギギギ、ドーーーーーン!!バシャア!!


 切られたマストが船の右舷側に倒れ、舷側の縁に当たって大きな音を立てた後、海面に倒れ込んだ。


「もう1本いくよー! 【ウインドカッター】!」


スパッ! ドーーーーーン!!バシャア!!


 もう1本もさちぽよが風魔法で切り倒した。

これで帆船は風を受けることが出来なくなり航行不能となった。


「て、敵襲!」


 甲板上にいた船員がやっと飛竜に乗った俺たちを認識した。

どうやら、海上の船を害するような敵はいないと安心しきっていたようだ。


「何だ! 何があった!」


 大きな音に船倉からも人が出て来た。

格好から船長かもしれない。

あの海賊やペリーみたいな帽子を被っている。

そこら辺の文化は中世ヨーロッパという感じか。


「全員、飛竜から船上に降りて船を制圧するぞ!」


「やっと出番が来た!」


 高度があるにも拘らず、紗希が張り切って飛竜から飛び降りる。

さらにオスカル、さちぽよが続く。

俺もレッドドラゴン纏の飛行能力で続く。

飛竜たちは火球が使えないので上空待機だ。


「魔術師と魔導具に気を付けろ!」


 風の魔導具があるのだ。

同様の攻撃用魔導具や、それを使う魔術師がいるかもしれない。


「大丈夫。ある程度耐性あるから」


 そういやオスカルたちには魔法耐性のスキルがあるんだよな。

魔物や魔族勇者と戦って、レベルも上がってるし、この程度の相手ならば大丈夫か。


「貴様ら、この船を教国の船と知っての狼藉か!」


 ん? 教国?

奴隷商はフラメシア国の貴族だって言ってたぞ?

それとフラメシア教国とフラメシア国は違う国だとも。


「教国? 偽者の奴隷商だろ?」


 オスカルが船長を偽の教国人だと決めつける。

オスカルも奴隷商の証言を聞いていた。

奴隷商の証言が嘘でないことも肌で感じたはずだ。


「俺たちは教国の宣教師だ!

俺らへの攻撃は神の使途への攻撃となるぞ!」


 「俺たち」という言い方からして偽者っぽい。

宣教師にその従者ならばまだしも、全員が宣教師って。

しかも船乗りの格好で?


 あれか、日本も戦国時代に秀吉が伴天連追放をやったけど、その原因が宣教師のふりをした奴隷商が日本人を奴隷にしてたからって言うからな。

こいつらも宣教師の皮を被った奴隷商一味なのだろう。


「我が国では、フラメシア教国の布教を認めていない。

貴様たちの行ないは、我が国に対する侵略とみなす」


 俺は呆れ顔でそう言ってやった。

ちなみにレッドドラゴンの鎧の顔あてを上げて顔を出している。


 その台詞の意味に気付き、船長の顔が青くなる。


「布教禁止? まさかここがアーケランド王国領だと?!」


「そうだ。ここは我が国の領土、勝手に上陸し我が国の国民を誘拐した罪を償ってもらう」


「バカな! ここは未開の地だったはずだ!」


「降伏すれば寛大な措置を約束しよう。

身代金が出れば国にも帰れるだろう」


「くそ、これまでか。野郎ども、やっちまえ!」


 どうやら捕まって国に報告されても、見捨てられる立場だったようだ。

俺の呼びかけが、彼らに強硬突破を決意させてしまったようだ。


「全員、身の安全を優先して制圧せよ」


「「「おっけー」」」


 まあ、罪人だらけのようだから、殺してしまっても闇落ちは無いだろう。


「あ、こら、これ幸いと致命傷を与えるんじゃない」


「だって、危なかったんだもん」


 嘘だけどな! オスカル!

オスカルは獣人たちが殺されたと知ってから、人を斬るのに躊躇しなくなった。

もう日本に帰れないと知ったことにより、この世界に順応することを選んだのかもしれない。


 船員たちは、死兵となって攻撃して来た。

船を壊され、国に帰れないと知り、捕虜となっても国に見捨てられる、それを理解していたのだろう、彼らは死に物狂いだったのだろう。

こちらが4人しか居ないというのも、勝てると思わせてしまった原因だろうか。

その全員を俺たち4人は制圧した。

重症者を治す回復薬も無いので、最後は止めを刺さざるを得なかった。


「制圧完了!」


 これで船上に敵は居なくなった。

そして、調べた船倉には獣人たちが劣悪な状態で詰め込まれていた。


「彼らを陸に上げるのにも人手がいるな」


 その人手は不死者アンデッドで賄うことにした。

そう船員たちをそのまま不死者アンデッド化してデュラさん配下の不死者アンデッド軍団に配属したのだ。


「ちくしょう! 船で何かあったぞ!」


 海岸から声が聞こえた。

そういや、まだ向こうに上陸組が残っていたか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る