第533話 獣人移送

 崖の上には荷台に檻のついた馬車――いや馬がいないということは大猿に引かせていたということなので猿車だろう――が数台あり、その檻の中には獣人を入れて運ぶつもりだったことが伺えた。

猿車の1台には背負子と呼ばれる道具やロープの束が置かれており、おそらく大猿に捕まえた獣人を背負わせて崖を登らせていたのだろう。

その大猿はオスカルが全て殺してしまい、今はデュラさんの配下としてアンデッドとなって影の中だ。


「ああ、これは計画性が伺えるな」


 この奴隷狩りが行き当たりばったりではないことが、それにより理解出来た。

この地へ何度も脚を運び、大穴をみつけ、そこに降りるための装備を揃え、獣人という獲物がいることを確認。

その獣人を奴隷化するために装備を整えて、満を持してやって来たのだろう。

台地から海岸まで獣人たちを運ぶ猿車、崖を上下するためのロープ、そして捕えた獣人を引き上げるための背負子、それを実現するための大猿たち。

全て、この獣人たちを奴隷として攫うという行為を実現させるために練られた計画なのだ。


「つまり、フラメシア国は、この大穴や台地の事を知り尽くしているというわけだ。

船で探検し、北の海岸に上陸、そして台地に上がり、大穴を発見した。

そこに獣人が住んでいると知り、それを捕まえて奴隷にしようとしている。

その探検が長期にわたる事業だったのだろうと推定できる」


「ってことは?」


 オスカルもそのヤバさに気付いた。


「奴隷商たちが帰らなければ、次の船が来るってことだ」


「なんか、ごめん」


 そう、これはオスカルの失態だった。

だが、このまま放っておいても、更なる侵略が進むだけだったのだ。

獣人たちを守ろうと思ったら、今後も排除しなければならない。


「この様子だと、獣人たちは船まで連れて行かれた後だ。

奴隷商が帰らなければ出航しないだろうが、助けるなら早い方が良さそうだ」


 装備的に、何台もの猿車があるとは思えない。

それがからということは、獣人を船に運んで戻って来た後ということだ。

もし輸送中だったならば、飛竜で北の海まで向かうと、追い越してしまう可能性があった。

それが無いならば助かる。飛竜で直ぐに船を強襲することが出来る。


「下の獣人は?」


「ハッチと陽菜を疑似転移で呼ぶ。

そして陽菜の転移で獣人の村まで連れて行ってもらおう」


 眷属を使った疑似転移で陽菜を呼べば、陽菜の転移能力で獣人の村へと戻る事が出来る。

人数的な制限も、ハッチを召喚地点に戻す時に便乗させればどうにかなるだろう。


「じゃあ下に降りようか」


 オスカルは飛竜で、俺はレッドドラゴン纏で大穴の下へと降りる。

下では、さちぽよと紗希が大猿を殲滅し終わっていた。

簡易的な檻も破壊されており、中に囚われていた獣人も救出されていた。


「お帰り、下はもう片付いたよ。

獣人さんたちにも、僕が村のことを話しといたぞ」


 紗希が意外にも積極的だった。

ああ、獣人さんと仲良くなってモフりたかったせいか。


 大猿の死体も横に集められていたので、こっそりアイテムボックスに収納する。

後で暇なときにアンデッド化しておこう。


 獣人たちにはちょっと警戒されているようだが、獣人の村の事を聞いたおかげか、少し安心したようでだいぶリラックスしていた。


「じゃあ、村まで送ろうか」


 獣人たちには崖の割れ目から出てもらって、一か所に集める。

怪訝な顔をしているが、助けてもらった手前、素直に従っている。

さすがに俺たちの見た目では新たな奴隷商には見えないということだろう。

俺は赤い竜の鎧姿、さちぽよとオスカルは騎士鎧、紗希は革の軽鎧という冒険者姿だ。


『ハッチ、陽菜を捕まえてくれ』


 そして獣人の村に居るハッチに命じて陽菜と接触してもらう。


『ちょっとなーに? えー? えー?

やめろ、掴むなー! 虫移動は嫌だー!!!』


 ハッチの聴覚を通じて陽菜の声が聞こえて来た。

そしてハッチからOKの合図が来る。


「【眷属遠隔召喚】ハッチ!」


「ぎゃー、何? 何?」


 ハッチと共に陽菜がポカーンとした顔で魔法陣から現れる。


「よく来たな。

これから獣人たちを村まで転移で連れて行って欲しい」


「えー? ヒロくん?

ああ、そっか。

この人数はちょっと多すぎー」


 陽菜は俺と獣人たちを見て、瞬時に状況を把握したようだ。

陽菜の転移は携行人数が陽菜のレベル分だった。

今は40人ぐらいだろうか。

ここには獣人が45人いた。

つまり陽菜は5人連れて行けないというわけだ。


「大丈夫、5人ならばハッチの脚に触ってもらって戻しを使う。

戻る先は獣人の村になるからな」


「あー、それなら問題ないかー。

じゃあ、集まっちゃって」


「転移で獣人の村まで連れて行く。

40人で集まってくれ」


「助けていただいて、ありがとうございます」


 リーダーが感謝の言葉を俺にする。

赤い竜の鎧といえば、どう見てもこの集団のトップに見えるからな。

獣人たちは転移のことを良く理解出来ていなかったが、助けてもらったことを感謝しつつ集まってくれた。


「それじゃあ行くよー? 【転移】」


 陽菜が40人の獣人と共に一瞬で消える。


「えええ、消えた!」


 ハッチと陽菜が来た時は魔法陣から現れた。

だが、陽菜の転移は一瞬で全員が消える。

それに残った5人が戸惑う。


「残った5人はハッチの脚に触れろ」


 俺がそう言うと、ハッチがホバリングして獣人たちに6本ある脚の5本を伸ばした。

そういやハッチがハニービーの魔物の事だとは獣人たちは知らなかったか。

さすがハッチ、脚を延ばすことで自分がハッチだと示したか。

獣人たちもその脚を素直に掴む。


「【召喚戻し】ハッチ! 獣人の村」


 足元に現れた魔法陣が下から上がって行く。

そしてそれがホバリングするハッチを飲み込んで消える。


『無事か?』


 俺の念話に獣人の村に戻ったハッチがノックで答えてくれた。


「皆、獣人の村に到着したって」


「良かったー」


「だが、俺たちはこれから船を襲撃しなければならない。

その船に獣人たちが120人ぐらい捕えられているのだ」


「奴隷船……」


 そう、俺たちも教科書で知ったあの奴隷船だ。

数百人を一度に運ぶためには非人道的な収納方法が取られているに違いない。


「その船を飛竜で空から強襲する。

行くぞ!」


「「「わかった」」」


 飛竜で飛んで行って船を制圧する。

フラメシア国の動向は気になるが、今は獣人の救出のことだけを考えよう。

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