第525話 北の海探索5
Side:
そこは村といっても200人ほどが住む避難所とでも言うべきものだった。
古くから建っていた建物は少なく、ほとんどがテントや簡易的な掘っ立て小屋だった。
獣人の種類も様々で、綾を迎えた年配の男性は狼獣人だが、村人には猫獣人や兎獣人など他種族の者も見受けられた。
獣人は同じ種族単位で村を構成することが主だった。
それが多種族混合ということは、この村が正規の村ではないことを意味していた。
綾たちは、その村の中で唯一の立派な建物へと連れて来られた。
「このような状態で満足な歓迎も出来ませんが、お礼に食事でもご用意させてください」
「猿は大丈夫なのか?」
「あれだけこっぴどく反撃されれば、当分やってこないでしょう。
さあ、こちらに座ってください」
年配の獣人男性が絨毯の上を薦める。
どうやら靴を脱ぎ地べたに座る習慣のようだ。
歓迎の様子に安心した一同は靴を脱ぎ、武器を傍らに置いて絨毯の上に座り、くつろいだ。
「おかしな村ね。
まるで避難所だわ」
2人だけの内緒話のつもりだった。
だが、その会話は年配の獣人男性に聞かれてしまっていた。
獣人の聴力を侮っていたのだ。
「お察しのとおり、ここは避難所です。
我々は、あの大猿どもに追われ、逃げて来た者たちの集団なのです。
しかし、ここも奴らに見つかってしまいました。
私は、この集団のリーダーでウルドと申します。
どうか、我らをお助けください」
綾が「しまった」という顔をする。
それは会話を聞かれたことによる反応だった。
だが、ウルドはそうは取らなかった。
綾が面倒事に巻き込まれたくないと判断し、嫌な顔をしたと思ったのだ。
大猿との連戦で気が立っていたのだろう、いや余裕が無かったのかもしれない。
このままでは自分たちは滅ぶ、その思いが極端な行動を生んだ。
「このままでは、我らは滅ぶのみ。
手段に拘ってはいられないのだ」
そうウルドが大声を出すと、獣人たちが雪崩れ込んで来て槍の先を向けて来た。
歓迎ムードは一変してしまっていた。
綾が思う以上に彼らは切羽詰まっていたのだ。
このまま反撃して逃げることは可能だった。
だがそれは、彼らに危害を加え怪我をさせなければ実現不可能なことだった。
「(こまったわね。彼らを移住させることが出来れば、全て解決なのに……)」
綾たちは移民が欲しい。獣人たちは安全な避難先が欲しい。
獣人たちを移民として受け容れれば、全てが上手く行く。
だが、ちょっとしたボタンのかけ違いで、変な方向に行ってしまっていた。
「力で私たちを従わせることが出来ると思って?」
オスカルが獣人たちをキッと睨みつけ啖呵を切る。
「(オーちゃん、そこ違うから!)」
綾が頭を抱える。
これ以上関係を拗れさせてどうするというのだろう。
「動くな!」
いきり立ったオスカルが武器に手を伸ばそうとしたところに、猫獣人の若者が槍を突き出す。
その時、オスカルと猫獣人の間に素早く割り込む影が!
「ほーれ、ほれほれ」
それは紗希だった。
紗希は格闘術を使うため、武器など所持していなかった。
その身体こそが武器、身体能力だけで敵を制圧しうるのだ。
紗希は一瞬のうちに猫獣人を組み伏せると、その喉やお腹を弄りまくった。
その様子は、まるで猫を可愛がる猫好きのようだった。
「ちょ、やめて……ああっ!」
猫獣人が落ちた。
紗希は耳の後ろや尻尾の付け根まで弄りまわしていた。
「「「ひぃー---っ!!!!」」」
その神業に獣人たちが引く。
これを好機と綾が前に出る。
「私たちは、あなた方に危害を加えるつもりはありませんわ!」
いや、
だが、紗希が恐ろしくて誰も反論出来なかった。
そこに綾が畳みかける。
「大猿討伐は、私たちも望むところですわ。
そして、ここが危険ならば、安全な地への移民を約束しましょう。
実は私たちは、我が主君の領土への移民を募るために、この地へと探索に来たのですわ!」
獣人たちは、その綾の宣言に誤解があったのだと気付き、矛を収めた。
だが、紗希に可愛がられた猫獣人の様子にドン引きしたままだった。
「紗希ちゃん、そこまでにしよーよ!」
思わずさちぽよが止めに入るほど、紗希は自分の世界に入っていた。
生き物係の紗希は獣人大好きなのだ。
はっと我に返ると猫獣人の青年を解放した。
「お婿に行けない……」
その紗希の技は猫獣人の青年になんらかの影響を残してしまったようだ。
結婚相手にしか許してはいけない操を奪われてしまったのだから……。
「その申し出、本当なのですな?
可愛がりが理由ではないんですよね?」
ウルドが紗希を警戒した様子で言う。
移民先に紗希のような者たちが沢山いたら困ると思ったのだろう。
あれは例外。勘弁して欲しいと綾も思う。
「
我が主君は、新しい街への移民を求めているだけです。
畑や水田、技術があれば専門職の工房も提供する用意がありますわ」
「おお! それは前向きに考えさせていただきたい。
ただ……」
ウルドの顔が曇ったのは、逃げて散り散りになっている仲間たちがいたからだ。
いくつもの村が大猿による襲撃で失われていたのだ。
「大猿への対処ね。
わが主君は、この先の北に広がる海までを所領とする王です。
住民を脅かす相手の討伐は望むところですわ」
「つまり、散り散りになっている他の者たちも保護対象となるのですね?」
「そう思ってもらって結構ですわ」
綾、安請け合いだった。
だが、
「こうなったら、早速我が主君に連絡するべきですわね。
陽菜ちゃん、直ぐに転移で戻れる?」
「無理ー。遠すぎー。2回転移がいるかな?」
「眷属が合図を送れば、念話でこっちの声が聞こえるはずっす」
さちぽよが指摘したのは視覚共有の副産物のことだった。
視覚共有は感覚共有のようなものなので、聴覚も共有されるのだ。
それを利用したらどういかということだ。
かなり間違いを含んでいたが、概ね正しかった。
「でも、ヌイヌイやゾクゾクは私たちの眷属だから、
「ハッチがいるじゃん」
「そうか! ハッチを借りてたんだわ」
不幸中の幸い。飛べる魔物として、護衛にハッチがついて来ていた。
「ハッチ、来て!」
ハニービーのハッチが綾の元へとやって来る。
獣人たちにとっては、恐ろしい魔物だが、そこは眷属で危害を加えることはないと説明する。
「ハッチ、
綾がそう言うとハッチはホバリング状態から身体を上下に動かし、了解の意を示した。
そして、少しして。
ハッチがまた上下に合図を送って来た。
「これで
この念話は一方通行だったので、綾は必要なことを全てハッチに向かって話しかけた。
すると、ハッチがまた上下に動いて了解の意を示す。
「これで大丈夫。主君が全て受け容れてくれたわよ」
「我らは助かったのか……」
ウルドが涙を流して喜ぶ。その感情が獣人たちに伝播していく。
綾たちの探索は、一応の成功を収めたのだ。
◇
Side:ヒロキ
「だから接触は避けろって……」
俺は新たな問題に頭を抱えるしかなかった。
大猿討伐に、獣人たちの受け容れ、散り散りになった獣人の捜索……。
最終的には大穴全体を平定しなければならない。
人道的にもやるしかない。むしろそこでは綾たちを褒めるしかない。
だが、俺の仕事は増える一方だった。
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