第517話 教会の是非

 カドハチが嫁ーズとの打合せを始めた。

本来ならば王城で執務をしていたはずの俺は、一段落して束の間の休息を得ることが出来た。

疑似転移で王城に戻ることは出来るのだが、今日はこのまま休ませてもらうことにしたのだ。


「あー、久しぶりに何もしなくて良い時間がとれたな」


 だが、そこにお邪魔虫がやって来る。


「ちょっと良い?」


「明日じゃだめか?」


 俺の目の前には、深刻な顔をした裁縫女子がいた。

いやな予感がしたため俺は、スルーを決め込んだのだ。

まあ、冗談なんだけどね。

それを解っている裁縫女子は、表情一つ変えずに続ける。


「1つはカドハチが帰る前の方が良い話で、もう1つは早めに対処した方が良い話ね」


 どっちも待った無しじゃんか。

しかも、裁縫女子が深刻な顔をしているということは、先延ばしは不可能ということ。

冗談も通じないし、ここは話に乗るしかない。


「わかった。何の話だ?」


「街を広げるならば、カドハチ商会の支店を出してもらおうと思って」


 カドハチ便が戦争の影響で不定期になってしまったのもあるが、今後街を大きくしていくには商店の存在はたしかに必須だ。

温泉拠点は、今でも200名以上の住人奴隷がいるため、不定期のカドハチ便よりも、常駐する支店が出来た方が良いのは確かだ。


「今は奴隷たちに食糧や物資を配給しているかたちだったな」


 戦闘が無い時は、見張り以外のほとんどの奴隷は農業や養魚業に従事している。

そこからの生産物や、足りない物資をカドハチ便で買って配給しているかたちだ。

戦争中はカドハチ便が途絶え、備蓄を取り崩す生活だったのだ。


「街を大きくするならば、奴隷たちを解放し、給料を渡して自律した生活をさせていくべきだわ」


 ああ、そうか。街を発展させるには、移民が必要になる。

その移民と今の住人奴隷で生活に差が出ると、それが差別につながる可能性もあるか。


「奴隷解放をして、兵士や従業員として雇うということか」


「ええ」


 その解放された後の生活のため、街に商店が必要ということだな。

そして住人には税が発生することにもなる。

安全な土地を提供し、その収穫から税を取る。

そうやって統治しなければならなくなるのだ。


「たしかに、今後はそうあるべきかもしれないな」


 奴隷たちの意志も確認しなければならないが、奴隷が街の治安維持をしていたり、奴隷が仕事の指示役として上に立つのを面白く思わない人は必ず出る。

そうさせないためにも、彼らを奴隷ではなく俺の家臣や配下にしておく必要があるだろう。

すると物資の配給で生活保証をするなど、出来なくなっていく。


「街にするには、いろいろ面倒事が待っているわよ」


「わかった。どう転んでもカドハチ商会の支店は誘致しておくよ」


 新住人も奴隷で、物資は配給で全てやるなんてことは今後は無理だろう。

街を作ろうなんて、簡単に思っていたけど、なんだか面倒事が増えている気がするぞ?

俺が望むスローライフと逆行しているな。


「で、もう1つの早めに対処した方が良い話とは?」


「これを読んで」


 裁縫女子が渡して来たのは、リュウヤからの手紙だった。

この世界で一般的な最速の通信手段はワイバーン便となる。

これはリュウヤの眷属となった飛竜改によるものだ。

俺とリュウヤの間はカメレオン通信が可能だが、俺が不在だと使えないというデメリットが存在している。

なのでワイバーン便を使った手紙が届いていたのだ。

それは既に封が切られていた。


「今朝届いたんだけど、封筒の表に緊急って書いてあったから、先に読ませてもらったわ」


 だから、早めに対処した方が良い案件だと、裁縫女子は知っていたわけだ。

その手紙の内容は……。


「教国がリュウヤの領地に教会を建てたいと言って来た?」


 それはリュウヤが拝領した東の領地に対してのことだった。

リュウヤの領地は、教国と国境を接している。

教国はアーケランドでは邪教認定されている宗教を国是とする宗教国家だが、勇者排斥を過去の過ちとして、復権を果たそうとしている。

王が俺に変わったのを察知して、いろいろ工作を仕掛けて来ているのだ。


「そうか、新領主ならば、今までの経緯も知らないと思っているんだろうな」


 実際、リュウヤも勇者排斥論者がテロ組織だとは認識していても、それイコール教国と言う印象は薄いのかもしれない。


「前領主が悪徳で、苦しんでいた領民を教国の聖職者が救済していたとも書いてあったわよ」


 なるほど。領民にとっては、領主のアーケランド貴族よりも聖職者の方が正義に見えるわな。


「リュウヤもそこは統治し辛いところか」


 勇者排斥という邪教な部分を捨てたとされれば、教国の布教を規制する理由が無くなる。

そして、実際のボランティア活動により助かった領民たちがいる。

表面的には善良に見えるのが質が悪い。

その聖職者たちを追い出すようなことをすれば、リュウヤも悪徳領主の仲間入りか。


「教会を建てさせるの?」


「王城にも、その件で教国から親書が届いてな。

勇者排斥を捨てたという教義を普及させたという実績を示せば、邪教認定を取り下げざるを得ないという感じになっている」


 その新教義の普及のための教会と言われれば断れないか。


「立派な教会はNGで、賃貸で済まさせる。

そして監視を続けて非合法でなければ、ある程度後で建築も認めざるを得ないか」


 勇者排斥論は、俺や同級生にその嫁や将来の子供、皇国の勇者の子孫にも悪影響を及ぼす。

リュウヤ自身に加え、もし子供が出来たならば、その子も襲撃の対象と成り得る。

教会という拠点に監視を集中出来るのは、むしろ良いことかもしれない。


 リュウヤを問題のある領地に行かせてしまった俺のミスだ。

今後もしっかりフォローしてあげないとならないな。

そうだ。防衛戦力に竜種を派遣しておこうか。

あとでリュウヤの領地に行って、眷属召喚で渡して来よう。

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