第496話 大惨事

 地雷などの非人道兵器には「殺すな負傷させろ」というコンセプトがあるという。

殺してしまったならば、遺体はその場に捨て置かれるが、負傷していたならば手を尽くして助けなければならない。

悪い言い方だが、それは戦えずに物資を消費するだけのお荷物を抱えることに等しいのだ。

それを意図して行なったのが、アレックスの広域魔法攻撃だった。


 謁見の間の玉座前に放り込まれた魔法の爆炎は、参内していた人々の多数を殺さずに負傷させ、そしてその煙幕効果でアレックスの脱出を支援した。

阿鼻叫喚の坩堝、その例えが実在するのだと、その場の光景を見て一瞬で理解した。


「タルコット侯爵!」


 俺はこの場に似つかわないカブトン纏を解いて呼びかけた。

この大惨事の首謀者と思われても困る。


「私は無事だ。私よりも大臣たちが!」


「アイテムボックスにあるポーションを渡します。

救助の指揮をお願いできますか?」


「任せてもらおう。

おい、宮廷魔導士に回復魔法を使わせろ」


「動ける者は既に動いています!」


 王国アーケランドの重鎮であるタルコット侯爵の指示ならば、宮廷魔導士も従うようだ。

そっちは任せて良いだろう。


「腐ーちゃん! サダヒサ!」


 爆心地に近いのはこの2人だった。

その安否が危ぶまれる。


「大丈夫でござる」

「それがしもなんとか……」


 どうやら2人はレベル上げのおかげで耐えられたようだ。


「くそっ! 逃げられたか!」

「あれはアレックスだったな?」


 赤Tとリュウヤも無事だ。


「マイケル! マイケル!」


 翼の声がする。

マイケルが負傷したのか?

手を尽くさなければ亡くなる、まさにそのギリギリのところにマイケルがいた。


 マイケルの姿がポリゴンとなって砕け消えた。

どうやらリボーンしたらしい。


「リボーンしたか。助かったな」


 そう言う翼も負傷している。

だからと言ってリボーン目的で自死しようとは思わない。

あのように気楽にリボーンを使っていたのは、アレックスによる洗脳の影響が大きい。

失敗するかもしれないのに、簡単に命を捨てるような真似は出来ないものだ。


 星流ひかる嵐太らんたも軽傷だった。


「翔太は?」

「アレックスに向かって行ったはず」

「まさか!」

 

 嫌な予感がする。


『みどりさん、マイケルはリボーンしたか?』


 俺は念話でタルコット侯爵邸のみどりさんに確認をとった。

その側には護衛対象のさゆゆが居るはずで、マイケルと翔太がリボーンしたならばその目の前に出現するはずなのだ。


『いまさっき現れました。

何があったのですか?』


『アレックスが復活して、攻撃を受けたんだ。

翔太もリボーンしているか?』


『いいえ、していませんよ?』


 嫌な予感敵中だ。

アレックスに向かって行った翔太はアレックスの支配を受けた可能性がある。

これはまずい。

翔太を通してこちらの機密情報が流出したと思って良い。


 ◇


 手当も甲斐なく、多数の死者が出た。

それも即死ではなく、手当をすればなんとかなりそうだとの希望を持たすギリギリの線を狙われていた。

アレックスは、そこに遅効性の毒を紛れさせていた。

助けたはずの者たちの容体が急変し、毒に気付いた時には手遅れだった。


「毒耐性の低い者が犠牲になったようです」


 上位貴族は毒殺を恐れ、スキルブックで毒耐性を上げたり、魔導具で防ぐなどしているという。

ここでも犠牲になったのは下位貴族だった。

レベルが低いために爆炎の被害を受け、その治療中に毒で手遅れになる。

アレックスの魔法攻撃は、どちらかに耐えられれば死に至らなかっただろうという、嫌な線を突いていた。


 上位貴族でもこの後引退を余儀なくされるほどの被害を受けた者もいた。

特に玉座に近く、委員長アーサーの支配を受けていた王国アーケランドの重鎮にそれは多かった。

爆心地に近かったのだ。それは仕方のないことだった。


 彼らは、委員長アーサーの死と共に支配を脱していた。

ここで1つ疑問が涌く。

なぜ優斗まさと遥斗はるとは、あの後も委員長アーサーの、いやアレックスの支配下に居続けたのか?


 それは大翔ひろと隆之介りゅうのすけ大地だいちの3人の支配解除の過程で解明された。

彼ら3人は、委員長アーサーの支配下にあったため、半殺しにされて行動不能となっていた。

支配のブースト効果のために、手加減が出来なかったからだ。


 彼らの傷を暫定的に癒し、そのなぜか残っていた支配を解除しようとした時、その原因が発見されたのだ。


「なんだこれは?

洗脳の上書きが通じないぞ!」


 俺は慌てて【詳細探査】を使用した。

彼らにある異常をステータス含めて身体全体を調べたのだ。


 それは支配というよりも、他者との融合状態、言うなれば魂への寄生だった。

あの魔導具により増幅された支配が、魂の底の闇に作用していたのだ。


「あの時と同じか!

あの黒いスライムのような物、あれはアレックスの残滓!

あれアレックスの残滓により魂が侵食され、アレックスの依り代となるのか!」


 俺は聖魔法をアレックスの残滓にぶつける。

こんな危険なものが身体の中にあってはならないのだ。

以前はあった、聖魔法が自らの身を焦がすような感覚は無い。

黒いスライムが消えていく。


 そしてようやく彼ら3人への支配を消すことが出来たのだ。


「まさか、召喚勇者全員にあれアレックスの残滓が?」


 大翔ひろとたち3人全員にあったのだ。

翼たちも調べる必要がある。

そして俺にもあったのだ。

俺たちの代の召喚勇者、全員にもあるのかもしれない。

あれアレックスの残滓がアレックス復活の鍵ならば、残すわけにはいかなかった。

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