第481話 戦争を終わらすには?

 目が覚める。


「良かった! 心配したんだからね!」


 俺のベッドの脇には、目の下に隈を作った結衣が椅子に座っていた。

どうやらアレックスの手にかかった結衣を助けたのは夢ではなかったようだ。

ホッと胸を撫で下ろす。


「あれから3日も経ってるんだよ?」


 どうやら俺はあれから3日間も眠っていたようだ。

纏で無理をしたせいだとは思うが、あのたぎる想いとあそこはどう処理されたのだろうか?

3日間眠っていた割にはスッキリしていて、しっかりと下着まで着替えさせられている。

嫌な予感しかしない。


 だが、問題はそんな些末な事ではなかった。


「アーケランド軍、突撃して来ます!」

「くそ、なんで信じようとしないのだ!」


 アレックスを倒したというのに、戦いが終わってなかった。

その喧噪が砦内部にまで聞こえて来ている。

いや、むしろ激化しているようだ。

訝しがる俺に、結衣が説明をはじめる。


「アーケランド軍が、アレックスを倒したことを信用してくれないのよ」


 あれから直ぐに、アレックスを倒したから降伏するようにと使者を送ったそうだ。

だが、アーケランド軍はそれを謀略だと取ったらしい。


「ああっ! アレックスを完全消滅させてしまったから、倒した証拠が無いのか!」


 近衛騎士が目撃者となっていて、アレックスが俺たちと共に消えた事実は把握されていた。

こちらからも残されたアレックスの剣を提示した。

だが、遺体が存在しないために、決定的な証拠がない。

首級を晒すというのは野蛮に思えるが、いくさを終結させるためには効果的な手段だったのだと再認識させられる。


「つまり、俺たちがアレックスを捕縛しているかもしれないという一縷の望みで動いていると?」


 アレックスの身が俺たちの手にあるならば、殺されていると思うところだ。

ならばアレックスの遺体があるはず。

それが無いのは、アレックスが生きている証拠。

逃げ伸びたか、捕縛されているかのどちらかという結論に至るわけか。


「いいえ、それよりも食糧が尽きそうだという深刻な問題があるらしくて……」


 そっちか。

自分たちの生存ために攻勢を仕掛けてきたわけね。


「食糧が無いならば、こちらから奪おうって魂胆か」


 まさかそんなに深刻だったとはな。

確かにタルコット侯爵軍に輜重隊を襲うように指示を出していたけど……。

そんなのは一部にすぎず、嫌がらせになる程度だろう。

その程度でもそんなに効くものなのか?

まさか、あの火事の被害が予想以上に大きかったのか?

備蓄が少なくても、王都から続々と補給が届けば……。


「あ! 委員長のせいか!」


 いま、王都は委員長が王(自称)となって掌握している。

つまり、委員長が敵視しているアレックスに補給を出さないという可能性がある。

おそらく火事と委員長、2つの要因が重なってこのような結果となっているのだろう。


「まずいな。死兵となれば必死に戦う。

戦わなければ命が無いのだから。

兵たちが竜種たちドラゴンチームに当たれば、膨大な死者を出すぞ!」


 明確な指揮官不在、撤退する決断をするものもいない。

そうなれば、戦えるうちにどうにかしようと思うものだろう。


「それがドラゴンはヒロキくんの纏が解けた後に消えちゃって……」


「え?」


 そういえば、結衣の定位置胸の間にもラキがいない。

まさか!


 俺は慌ててステータスの眷属欄を確認する。

あの纏で眷属を失ってしまったのかと焦ったのだ。

だが、そこにはしっかり纏った眷属たちの名前があった。

良かった。


「眷属召喚ラキ!」


「クワァ! クワクワ!」


 ラキの鳴き声は抗議のようだ。

どうやら纏の強制解除で、ラキたちはどこか異空間に収納されていたらしい。

つまり、砦を守る竜種たちドラゴンチームたちも居なくなっていたのだ。


「ということは、この砦の食糧事情も?」


 パン屋さんとみどりさんは対象外だった。

これでパンと野菜は問題ない。


 だが、翼竜は「全ての竜種」に巻き込まれている。

それと俺が寝込んでいれば巨大マグロが手に入らない。


「肉と魚の入手が途絶えているのか」


「そこは私が備蓄を出したよ」


 そうか、結衣のアイテムボックスには温泉拠点用の備蓄があったか。

ならば、この砦の中だけは食糧事情の問題はない。

早急に翼竜を出して肉の補給をしないとならないけどな。

となると……。


「問題は砦の防衛戦力の方か」


 剣技と魔法のためにキラトとオトコスキーも纏ってしまった。

そうなると大軍を相手に出来る戦力に乏しくなっていたはず。


「そこはリュウヤくんや赤Tに紗希ちゃん、サダヒサ様、翼くん星流くん翔太くん嵐太くんマイケルたちが頑張ったよ。

向こうの勇者も、洗脳が解けたらしくて出て来なくなったから」


「ああ、それでリュウヤたちが居ないのか」


 どうやら、今アーケランド軍の指揮を取ってるのは、旨い汁を吸おうと自主的にアレックスにすり寄った貴族たちらしい。

それが領軍に加えて正規軍の一部も説得して攻めて来ているようだ。

一部、こちらの説得に応じた騎士たちがいて、そんな情報も伝わって来ているらしい。

だが、結衣よ。なぜ赤Tとマイケルだけ呼び捨て?


「エレノア王女にアーケランド軍を説得してもらったか?」


 王女の説得ならば、効果があるのではないのか?


「うん、やったよ。

でもエレノア王女の言ってることが変で、洗脳されてるってなっちゃって……」


「ああ、それ俺がやったやつだ。

洗脳状態で無理やりアレックスの嫁にされて、心が壊れそうだったから、さすがにそのままには出来なかったんだよ」


 エレノア王女の夫は子供が出来た後に亡くなっていて、今までアレックスに洗脳されていて、それも忘れていたって設定だったからな。

その話をしてしまったら、アレックスとの関係を知ってる連中は、エレノア王女が洗脳されてるって瞬時に解かるわ。


 俺の嫁になって正統アーケランドを建国したセシリアは当然奴らに信用されていない。

そしてエレノア王女も洗脳の疑いだし、シャーロット王女は子供。

アレックスの遺体も無い。

彼らを説得する材料が全く無い。


「それで、セシリアちゃんがヒロキくんが起きて王権を使えればって」


「王権を使う?」


 王権を譲るというのは比喩であって、何か物を手に入れたわけではない。

玉璽ぎょくじとか王錫とか王冠とか権威の象徴となる物はあるのかもしれないが、それはたぶん王城に居る委員長の手中にある。

俺が得たのはステータス上のアーケランド王という称号だけだ。

それを使うとはどういうことなのか?


「それはセシリアちゃんに聞いて」


 だよな。

ステータス画面でも見せれば良いのだろうか?

いや、俺のステータスは見せられないものばっかりだぞ。

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