第471話 王城再び3

 俺たちによる王城への潜入がエレノア王女の悲鳴でバレてしまい、俺たちはエレノア王女の部屋に立て籠もることになった。

部屋の間取りは中央にリビングがあり、入口から入って右側に寝室と書斎に衣裳部屋、左側には侍女の待機部屋と給湯室、衣裳部屋、浴室とトイレがある。

その左隣がセシリアの部屋でエレノア王女の部屋と左右対称の間取りとなっている。

これは風呂や給湯室といった水場の排水を共有するためであり、その騒音が壁の向こうの寝室に漏れないようにという配慮でもあった。

その向こう側がシャーロット王女の部屋で、エレノア王女の部屋と同じ配置の間取りに戻る。


 そして、エレノア王女の部屋の寝室がある壁の向こう側は、セキュリティの問題か、衣装などの倉庫が続き、はるか奥にお后様の部屋がある。

つまり、警備の騎士が来る前に、誰にも発見されずにお后様の部屋まで行くのは、その距離もあって不可能ということだ。


 せっかくクールタイムの消費という時間が出来たのに、それを有効に使う手立てがなかった。

いや、お后様を諦めたとしても、まだアーケランド王の部屋には行く方法があるかもしれない。

王の部屋は上の階だという。天井をぶち破れば上の階に行けるのではないか?


 いや、行ってどうする。

アーケランド王が召喚勇者を使い、侵略戦争をしていたのは紛れもない事実。

そこで無能貴族と共に、召喚勇者を駒のように扱い、生産職と見れば嫌悪し奴隷に売る等していたのだ。

アレックスの代の勇者は、皇国のとの戦いで次々に亡くなったらしいし、その100年前の薔薇咲メグ先生の代も、周辺諸国との戦争に駆り出され、扱いは同じようなものだったらしい。

つまりアーケランドの王たちは、代々召喚勇者を食いものにして来たのだ。

ハルルンやさゆゆを奴隷に売った貴族も、アーケランド王も、俺たち召喚勇者に対する態度は同じだと思って良い。

ただの手駒であって、人扱いしていないのだ。


 アーケランド王を洗脳して操れば、王国アーケランドは平和になるのか?

いや、そもそも救う必要があるのか?

むしろアレックスと同時に打倒しても結果は同じだろう。

無能な貴族共々処分した方が王国アーケランドのためには良いのではないか?


「アーケランド王を見捨てることによる、俺の闇落ちだけがネックか」


 闇落ちについて、判って来たことがある。

その行いが悪行ならば深い闇に落ち、善行ならばダメージは少ない。

それは自らが悪いと思っていても闇に落ちるし、善いと思っていても社会通念上問題があると闇に落ちる。

それこそ殺人鬼は自分では殺しを善いことと思っている。

だがその行ないは悪であり、本人の意識に関係なく闇落ちする。

仲間を助けるために誰かを殺す、これを自ら悪行だと思えば闇落ちする。

しかし、仲間を助けるという善行だと思えばダメージは少ないのだ。


 王国アーケランドの国民を助けるために、アーケランド王を洗脳し操る。

これは善行になるのだろうか?

いや、悪人を助けるのは、何があっても悪行になるのかもしれない。

アレックスも正義の元にアーケランド王を操っていたのかもしれない。

そこに何らかの大義があれば、それは善行なのか?

アレックスが召喚の儀の失敗で意識を失っている間、無能貴族共が好き勝手に動き、王国アーケランドの治安は乱れたという。

アレックスが王国アーケランドを良い方向に向かわせていた部分もあったのだ。

それは善行になるのか?


 アーケランド王を洗脳し戦争を終わらす。

その結果に於いて、アレックスと俺がやろうとしていることの差は何だ?

そもそもアレックスは何がしたいのだ?


 アレックスの最大の目的は皇国の打倒にあると思われる。

過去に自分を討伐した勇者の子孫だから滅ぼす、というような単純なものでもないようだ。

その理由は、サダヒサによると皇国の秘宝にあるという。

わざわざ異世界へと日本人を召喚し、その命を犠牲にしてまでの価値が、その秘宝にはあるのだろうか?

あるいは、その秘宝の力により、アレックスの目的が達成されるのか?

これはオトコスキーが話していた封印されたアレックスの能力とは違うんだよな?

召喚スキルを取り戻す程度とでは、行動が釣り合っていない。

情報が少なすぎてわからないが、そこに何かがあるのは確かか。


 アレックスがやったようにアーケランド王を支配することは、俺の中には是としない気持ちがある。

アーケランド王には、罪を償ってもらわなければならないという意識が強い。

そして目的のために、勇者召喚を行ない、即戦力にするために魔族化するという暴挙に出たアレックスも罪深い。

アーケランド王もアレックスも召喚勇者の扱いに於いて同罪だろう。


「やはり俺には無理だな」


 アーケランド王がセシリアの父親だとしても、そこは曲げることが出来ない。

ということは、アーケランド王も断罪するということだ。

アーケランド王を洗脳して操り、王国アーケランドを治めるなど、俺には出来はしない。

恨まれるかな。恨まれるだろうな……。

セシリアとどう向き合ったらよいのか解らない。


ドンドン!


「開けてください!」

「姫様、ご無事ですか!」


 俺が思案に沈んでいる間に、どうやら警備騎士らが部屋の前に辿り着いたようだ。

扉の前には家具を配置しバリケードとしている。

扉には閂もかかっている。簡単には開けられないだろう。


「陽菜、扉に硬化魔法はかけられるか?」


「もうやってあるよー」


 なら俺は魔法防壁をかけておくか。


「聖魔法【魔法防壁】展開!」


 これで魔法で爆破も出来ないだろう。


「皆の者、下がりなさい!

何でもないのです」


 エレノア王女が事態を収拾しようとしたのか、説得を始める。

いや、バリケード作ってる時点で、何でもないは無理だと思うんだが?

まあ、時間稼ぎになれば良いか。


「しかし、姫様、あの悲鳴は?」


「ね、ねすみです。そう、ねずみが出たのですわ!」


 いや、その言い訳、苦しすぎるでしょう。


「そうですか、安心しました」


 え? 信じちゃうの? それで良いの?

しかし、その時。


ドーーーーーン!


 魔法による爆発がドアから外れた場所の壁を吹き飛ばした。

バリケードに向かって右横、侍女の待機部屋に近い方の壁だ。

どうやらエレノア王女の声で、彼女の居場所を特定されてしまったようだ。

彼らにとっては、エレノア王女にさえ危害が加わらなければ良いという考えなのだろう。

セシリアとシャーロットに当たったらどうするんだよ!

それに、エレノア王女を殺すぞと人質に取られたらどうする気だったのだ。


「突入! 賊を逃がすな!」


 ワラワラと騎士たちが突入して来た。

彼らは洗脳されている騎士か? それとも忠義の騎士か?


「キラト、応戦だ! ただし、殺すな!」


 腕の1本ぐらいは仕方がない。


ドーーーーーン!


 更に別の壁が崩される。

最初の穴から中の様子を探られたのだろう。

手薄なところが狙われている。


「退きなさい! 彼らは敵ではないのです!」


 セシリアも騎士たちが傷つくのを黙っていられないのだろう。

なんとか説得しようと話しかける。


「セシリア姫様!」

「おのれ、洗脳されておられる」


 だが、それは洗脳の結果だと思われて逆効果だった。


「違うの。全部アレックスが悪いの」


「シャーロット姫様まで!」


 シャーロットの説得も通じなかった。


「おい、お前ら何のまねだ?」


 エレノア、シャーロット付きの女騎士も応戦にまわる。

それにキレる騎士隊長らしき男。


「我らは姫様の騎士。姫様の命令に従うのみ」

「貴君らは姫様の命令が聞けぬのか!」


「しかし、それは洗脳のせいで……ぐわあ!」


 その騎士隊長がキラトに斬られる。

だが、多勢に無勢だ。

ここはやってみるか。


「(【洗脳】上書き)広域解除!」


 俺は洗脳の上書きを全ての騎士に向け行った。

皆を助けるため、これは善行だろう。


「つ、これは……」


 俺たちが姫を洗脳したと頑なに言い張っていた騎士隊長の顔色が変わる。

自分が洗脳されていたことに気付いたのだろう。

だが、元から洗脳されていなかった騎士にとっては、俺たちはただの賊にしか見えていない。

最初から義憤に駆られて救助にやって来たのだ。


「おい、ちょっと待て。つ……」


 その騎士を止めようとする騎士隊長だが、傷により跪いてしまう。

致命傷ではないが、早く治療しなければならない傷だろう。

そのせいで、騎士たちの統制がとれなくなっていた。


 だが、半数近い騎士が洗脳から逃れたことにより、先の「全部アレックスが悪い」というシャーロットの言葉が頭に引っかかったようだ。

そのおかげで攻撃の手が緩んでいた。

その隙を利用する。


「皆、集合だ! 手筈通りに俺かキラトに触れろ!」


 女騎士や侍女を含めた全員が俺かキラトに触れる。


「遠隔召喚飛竜、キラト、グラジエフ前砦!」


 そう、やっとクールタイムが明けたのだ。

セシリアの姉と妹を助け、召喚の間にあった装置を奪った。

これだけでも充分な戦果だったと思う。


 俺たちの足元から魔法陣がせり上がり、疑似転移が始まる。


「【支配】」


 その声が聞こえると同時にセシリアの手が俺の身体から離れた。

そしてセシリアの疑似転移はキャンセルされ、セシリアはその場に残ってしまった。

どうやら、何者かにセシリアがスキル【支配】を使われてしまったようだ。

スキル【支配】、それは自分よりもレベルの低い相手を意のままに操るスキルだ。

そのスキルは、【統率】が進化したものだという。


「委員長!」


 疑似転移で消えゆく視界の向こうに、別人のような険しい顔の委員長が居た。

その委員長に抱き着くセシリア。


「セシリアーーー!!!」


 だが、無情にもその視界は魔法陣のせり上がりとともに別の場所のものへと変わった。

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