第470話 王城再び2

 次に向かったのは、セシリアの姉である第一王女エレノアの部屋だった。

この部屋もシャーロットの部屋と同様に女性騎士2人が歩哨に立っていた。

王女の部屋の歩哨が2人だけというのも少なくて不思議に思うかもしれないが、ここは王城の奥深い王族専用区画だ。

その区画への入口にこそ戦力が集中していて、区画全体を守るという思想だ。

むしろあらゆる懸念――暗殺防止、女性王族の保護など――から限られた者しか入れないようになっている。


 そのため、俺たちが転移が効かないはずの召喚の間に転移し、そこから王族専用通路を使って侵入するなどとは考えられていなかったのだろう。

それこそ召喚の間へと通じる正面の通路は、前回俺たちが入り込んだことから、警戒が厳になっているはずだ。

俺たちがその内側に入り込んだため、このような薄い警戒となっているのだ。


「わたくしです」


 その歩哨をしている女性騎士にシャーロットが話しかける。


「姫様、どうなされたのですか?」


 シャーロットが姉のところに訪問することが、洗脳のせいであまり無かったのか、女性騎士が怪訝な表情を見せる。

セシリアによると、ここの女性騎士たちはアレックスの洗脳下にある可能性が高い。


「解除(【洗脳】上書き)」


 シャーロットの訪問により薄くなった警戒の隙を突き、俺が接近して女性騎士に触れる。

そして洗脳の上書きでアレックスの洗脳を解く。


「はっ、今まで何を?」

「あら、姫様、ご無沙汰しておりました」


「ベアトリス、アルレット、話は後です。

お姉様を助けます」


「「セシリア姫様!」」


 シャーロットの背後に控えていた女性騎士2人の後ろからセシリアが顔を出して話しかける。


「あなたたちも洗脳されていたのです。

この国を取り戻すため、あなたたちの協力が必要です」


「「なんなりと」」


 ベアトリスとアルレットと呼ばれた女性騎士がセシリアの前に跪き、臣下の礼をとる。

自分たちが洗脳されていた自覚があり、それが解消されたと肌に感じていたため、状況の把握がすんなりと行ったようだ。


 セシリアにより俺たちが紹介され、女性騎士により部屋の扉が開け放たれる。

俺はまた侍女が動く前にエレノア王女を見つけ、接近する。


「解除(【洗脳】上書き)」


 俺は、そこで何も考えずに洗脳を上書き――しかも何の制限もなく元通りに――してしまった。

そうしてしまったのだ。


「いやーーーーーーーーーっ!!!!!」


 エレノア王女の叫びが響く。

それは受け入れがたい事実を突き付けられた者の拒絶の叫びだった。


「ヒロキ様、お姉様はアレックスによって妊娠させられているのです」


 俺の横にセシリアが来てそう囁く。

その指摘で気付いた。

望まない結婚、洗脳下で気持ちを曲げられての性交渉、そして望まぬ相手の子を宿した事実、それが一気にエレノア王女を襲ったのだ。


「すまない、彼女の気持ちを考慮していなかった……」


 俺はもう一度エレノア王女の額に触れようとする、しかし、男への恐怖感があるのか、その手を跳ねのけられてしまった。

その拒絶の意志が俺の心に刺さる。

俺のトラウマであるクソ親父からの拒絶と被ったのだ。

止まる俺の手。このまま動けなくなってしまいそうだ。


「お姉様、この方は私の夫。大丈夫です」


 セシリアがエレノア王女を抱き締めて動きを止める。

そして、俺に目配せをする。

その目は俺に全服の信頼を寄せている目だった。

その信頼が俺を復活させる。

ここは良い方向で再洗脳して見せるしかない。


「【洗脳】!」


 俺はエレノア王女からアレックスが夫となった記憶を消して、彼女の夫は別人の良い人で亡くなったという記憶を植え付けた。


 偽りの記憶により落ち着きを見せるエレノア王女。


「洗脳とはどういうことだ?」

「まさかセシリア姫様も洗脳されているのか!?」


 シャーロット付きの女性騎士が態度を硬化させる。

王族たちが洗脳されておかしくなっていると認識していたからこその反応だろう。

俺が洗脳を使ったことで、アレックスと俺、どちらも同類と見えてしまったのかもしれない。


「お姉様は、アレックスの非道に心が絶えられなかったのです。

それをわたくしの旦那様が心を鎮めてくださったのですよ!」


 セシリアが女性騎士にこんこんと説く。

悪い洗脳もあれば、良い洗脳もあるのだと。


 エレノア王女の落ち着きを見て、納得するシャーロット付きの女性騎士。

エレノア王女付きの女性騎士ベアトリス、アルレットも彼女たちに何やら説いてるようだ。


「え、そんなことが……」

「酷い」

「確かにそれは忘れた方が救いかもしれません」


 どうやら納得してもらえたようだ。


「次はお后様の部屋か?」


「はい。順番的にはそうなります」


 だが、その次はもう無かった。


「エレノア姫様の部屋だ!」

「急げ、賊が侵入したに違いない!」

「あり得ん、どうやって?」

「そんなのは後だ! 急げ!」


 廊下に鎧の鳴るガチャガチャという金属音が響き、騒がしくなって来た。

どうやら、あのエレノア王女の悲鳴が警備の騎士に聞こえてしまったようだ。


「彼らを殺せば次の部屋もあるが……」


「仕方ありません。多少の犠牲は許容するべきです」


 セシリアがそのように言うのもわかる。

王様が洗脳されたままでは、この後もアレックスの意のままに戦争が続き、犠牲になる者が増える。


 いや、待て。

元々王様は、他国への侵略のために勇者召喚を積極的に続けて来た人物ではないのか?

だからこそアレックスの復活に手を貸してしまったのだ。

洗脳を解いても、王様のその姿勢は変わらないのでは?

アレックス主導による戦争も王様主導による戦争も何も変わらない。


「セシリア、王家はなんのために勇者召喚をしていたのだ?」


「それは……」


 セシリアも言葉に詰まってしまう。

アーケランド王家は、罪のない異世界人を召喚し続け、戦争の駒として犠牲にした呪われた血筋なのだ。

それが当たり前、戦力増強のお手軽な仕組み、そうなっていたのではないのか?


 魔王となったアレックスが望んでいたのは、元々はアーケランド王家の打倒だったはず。

それがどこでどう変わって、こんなことになっているのだ?

魔王化が彼の志を歪めたのか?


「もう時間ないよー」


 陽菜が俺の思考を中断させる。

そうだった、戦うか退くか、今はその判断が先だ。

俺は、不確定要素の高い王様の奪還よりも、撤退を選んだ。

無駄に騎士を殺したくない。そんな思いもあった。


「撤退だ! 陽菜、全員いけるか?」


「えーと、4人、2人、4人、2人、6人で……大丈夫」


 もしかして諦めた?

雰囲気で大丈夫って言ったよね?

まあ、良いけど。


「よし、陽菜の【転移】で撤退だ!」


「あ、だめー。ここからでも【転移】出来なーい」


 しまった転移阻害が中からの転移にも有効だったのか。

転移阻害は外からの転移に効くものだったはず。

中からも出来ないとは、逆側にも転移阻害の魔導具が設置されているのか。


 転移阻害の魔導具は転移座標を曖昧にする仕組みだという。

それは転移先と指定されないようにとその場に設置される。

だが、転移阻害の魔導具が設置されている場所でも、転移の始点は自分が立っている場所なので曖昧にならないのだ。

転移先を認識させないことで転移を妨害する、それが転移阻害の魔導具なため、始点にあっても意味をなさない、はずだった。


 それが転移不能だとは、なんらかの技術革新があったか、巧い使用方法を見つけたのだろう。


 まずい、俺の眷属召喚も連続で疑似転移させるにはクールタイムがある。

飛竜もキラトもまだそのクールタイムが終わっていない。

たしか眷属だけを召喚前の場所に戻すことは出来たはずだが、そこに便乗できるかは、実験していなかった。


「この部屋に籠城し、クールタイムの時間を稼ぐぞ!」


 皆の身を護るためには、アーケランド騎士の多少の犠牲は仕方ないと諦めるしかないのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る