第449話 食事事情

「(名前は)星流ヒカル、(高校)3年っす」


 たぶん、高3と言いたいのだろう。

あの有名私立高校出身のようだからな。

どうやら星流は、言葉が足りないタイプのようだ。


「俺たちは今たぶん高1になっていたはずだ」


 俺たちがこの世界に来たのが夏休み明けの9月初旬。

そこから8か月以上が経っている。

つまり、日本だったならば、そのまま高校に入学している年齢となる。


「なんだ、年下かよ。

腹減ったな(焼きそばパン買って来いよ)」


 俺たちが年下だと知って急に態度を変える星流。

畏まっていた感じから、椅子に踏ん反り返って足をテーブルに乗せるぐらいにまで増長し出した。

こいつ、今は捕虜だってことが理解出来ていないようだな。


「俺たちは、別に貴様と行動を共にしなくても良い立場だ。

むしろ、この世界の勇者としては先輩にあたる。

今はまだ捕虜だってことも理解してもらいたいな」


 リュウヤが半分キレた感じで脅しをかける。

リュウヤは星流に体格で上回っている。

その胸倉を掴むと、軽く星流を持ち上げ、そのまま椅子に座り直させた。

どう見てもリュウヤの方が数段強い。


 リュウヤがキレるのも当然だろう。

ただ単に年上だというだけで、俺たちのコミュニティで偉そうにしたいと言うのだから。

ここは、俺もバシっと立場というものを教えてやった方が良いかもしれない。


「これでも食っておけ」


 俺はボーデン伯爵が仕切っているスープを1杯持って来てやった。

この薄ーーい、星流のせいで具の肉が3割減ったスープを味わうがよい。


「おお、悪いな」


 リュウヤの剣幕にビビり気味だった星流が、スープを1すくい口に運ぶ。

そして涙を流し始めた。


「うめーな、これ」


 え? 薄ーーいスープだぞ?

翼竜が持って来た獲物が1体使えなかったから、肉が3割減った、水で2倍に薄めたスープなんだぞ?

というか、この粗食が嫌がらせにもなってないのか?


「(この世界に来て)味がある(温かい食事は初めてだ)」


 んん?

どうやら、俺たちと星流には越えがたい認識の齟齬があるようだ。

いや、それはどうでも良い。

ここでは俺たちの方が立場が上だと認識させなければ。


「俺たちに協力するならば、それぐらいの食事は提供しよう。

だが、そのためにはきちんとした指揮系統に入ってもらわなければならない。

ここでは、俺がリーダーで、彼、リュウヤがサブリーダーだ。

その下についてもらえないならば、解放するから好きにしてくれ」


「ちなみにヒロキは正統アーケランドの王太女の夫だ。

つまり、正統アーケランドが正式に国として成立すれば王となる」


 リュウヤが身分を持ち出して星流を説得する。


「わかったよ。(あんたらが上で命令に)従えば、(美味い物が)食えるっすか?」


「ああ、こんなもので良ければ?」


 んん?

こんなもので良かったら、結衣の料理を食べたらどうなるんだ?


「マジで、美味いっす」


「そうか、良かったな」


 星流は、薄ーーいスープを泣きながら喜んで食べた。


 ◇


「もしかすると、ヒロキ様は、この世界の標準的な味付けをご存じないのでは?」


「はい?」


 食材を補充しに行ったところ、俺がスープの配給を丸投げしている被害者ボーデン伯爵がそう訊ねて来た。


「塩が日増しに余って行きます」


 塩が余る? 日本基準で減塩になる量しか渡してないはずだが?


「それならば、味だけでもスープを濃くしたら?」


「やはり。

どうやらヒロキ様は勘違いされているようだ」


 ボーデン伯爵が我が意を得たりと納得した様子を見せる。

なんだ? 何を勘違いしているというのだ?


「え? 何を?」


「私どもは、この濃度で充分美味しいのですよ」


「なんだってーーーー!!!」


 よくよく聞くと、ボーデン伯爵がスープを薄めたのは、俺たちが見本で作ったスープが塩辛すぎたせいだったのだ。

この世界、塩が貴重なので節約をする。

つまり、薄い味に普段から馴れているのだ。


「干肉はあんなに塩辛いのに?」


「それは肉を保存する必要があるからです。

何もあれが美味しくてそうしているわけではないのですよ」


 干肉は、携行食として腐らないことが大事なため、あの塩分になっているだけらしい。

つまり、あの干肉も焼肉1枚の量も食べていないのだ。

それも塩辛すぎて不味いと思いながら、堅パンを食べるためのおかずとして。


「じゃあ、野菜や肉の具の量は?」


「今でも充分です」


 なんということだ。

お肉に野菜たっぷりの濃い味のスープは、俺たちが日本人の感覚で標準だと思っていただけなのだ。

翼竜が獲物を落しても肉が充分だったとは……。


「美味しいスープを毎日2食もいただけて、ヒロキ様には兵どもも皆感謝しております」


 あ、それで星流が美味しそうにスープを食べていたのか。

アレックスの方では、そんな食事事情だったのか。

あいつも苦労していたんだな。

ということはリュウヤたちも?


「俺も三つ編み結衣の料理を食べた時は美味くて涙が出たぞ」


「そうだったのか」


 俺はディンチェスターの街で調味料を得てからは、ずっと結衣の料理を美味しく食べていたから気付かなかったぞ。


 だが、そうとなれば、アレックス側の勇者には飯テロが効くかもしれないな。

故郷の味が目の前にあれば、アレックスの洗脳に抗って、こちらに来るかもしれないぞ。


「星流、マグロ丼食うか?」


「(なんだって! マグロ、米、醤油! そんなの食わしてくれるならば)一生付いて行くっす!」


 うん。懐柔は簡単かもしれない。

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