第440話 アレックスの憂鬱

Side:アレックス


「皇国軍と領軍が完全撤退するまでは反乱軍には手出し無用」


 私は王国アーケランド軍にそう命令を下す。

王国アーケランド軍は王家直轄の正規軍と、貴族家から派遣された領軍からなる。

ここで勝ちいくさだと血気に逸る貴族を諫めなければ、せっかく退いている皇軍や領軍を呼び戻す愚行を犯しかねないからだ。

攻撃されれば敵軍も応戦する。当たり前の反応がおこるのだ。

後でじっくり残った反乱軍を殲滅すれば良い。

それが理解出来ない貴族がいるのが悩みの種だ。


筆頭勇者アレックス様、あれを!」


 この呼び名はあまり好きではないのだが、今の私の立場からすると仕方がない。

次期王位が私で確定だとしても、未だ今代の王は存命であり、私はただの第一王女王太女の配偶者にすぎないのだ。

そこで総大将として尤もらしい肩書として与えられたのが筆頭勇者だったのだ。


 そんなことが頭を過りながら、私は近衛騎士から取り立てたばかりの勇者が指差す先を注視した。


「なんだあれは?」


 少し目を離した隙に、反乱軍の陣地を覆うように城壁が屹立していた。

いや、今も壁がそそり立って行く最中だった。


「あれはゴーレム!

ゴーレムの土魔法で砦を造っているのか!

召喚魔物にそんな使い方があったとはな」


 あれよあれよという間に、秀吉の一夜城ならぬ反乱軍の一時砦が完成してしまった。

我々は、逆に攻城戦をしなければならなくなったのだ。

攻城戦は3倍の兵力を以って行なうのがセオリーだ。

我が軍30万に対し、反乱軍は5万だが、オトコスキーの魔法攻撃は、立て籠もっての防衛戦にこそ生きる。

やつの魔法1発で1万の兵が消えるのだ。


「くそ! これでは攻略出来ないぞ」


 いや、何も攻城戦だけが、いくさではない。

包囲し補給を断てば5万の兵などあっという間に干上がる。


「あの砦の後方に軍を展開しろ。

反乱軍への補給を断て!」


 水魔法や水の魔導具で水の確保は可能だろうが、食えなければ人は戦えない。

これからの戦いは補給物資、特に食料調達が鍵となるだろう。

反乱軍め、このまま飢えて死ぬが良い。


 ◇


 手柄をたてようと抜け駆けした無能貴族がオトコスキーにやられたが、それ以外は被害も無く、反乱軍の砦の包囲が完成した。


 なぜやつら無能貴族は、私の指示に従わないのか?

やつら無能貴族には、何度も何度も足を引っ張られて来たが、貴族家としての歴史に胡坐をかいて、自らの能力を顧みないのは理解しがたい。

ここは、良い仕事をしてくれたオトコスキーに感謝だな。


「あとは時間が解決してくれる。

私の命令があるまで動くなと伝えろ!」


 そう命じておいてもやつら無能貴族が勝手に攻撃をかけることだろう。

それが反乱軍にとっては緊張の連続となる。

そして無能貴族から死んでいく。

勤勉な無能ほどたちが悪いやつはいない。

ここで自主的に処分出来るのならば有難いことだ。


「報告します!

反乱軍の補給路に大型の竜が出ました!

我が軍の包囲網が竜によって崩されました。

竜は使役されているもよう」


 大型の竜だと?

肉食恐竜に見えるやつか。

そういえばやつ新参魔王はティラノを使役しているはずだな。

ゴーレムやオトコスキーと同じようにやつ新参魔王が置いて行った魔物か?

いや、ならばなぜ今になって?


「正面にレッドドラゴン!

突然砦の中より現れました!」


「バカな。

竜種の中でも本物と言われるドラゴンではないか!」


「さらにその背後に巨大竜!」


「あれは防御力の高い巨大恐竜!

地球ではブラキオサウルスと呼ばれていた恐竜か。

なぜ、今になって出て来た?」


 集結していた軍の中にも、その後の砦の中にも、あの巨体が隠れる場所はなかった。

まさか、いま召喚されているのか?

魔物の使役召喚といえばやつ新参魔王のギフトスキルか!


「なぜやつ新参魔王が戻って来た?」


 【転移】スキルを使っても、クールタイムと転移の限界距離の関係で、今頃やっと拠点に辿り着く頃だろう。

まさか、やつ新参魔王は反乱軍から状況報告を受けて戻って来たのか?

やつ新参魔王らには我らが持たない連絡手段がある。

それで反乱軍の危機を知り、援軍要請を受けて戻ったのか。


「拠点が壊滅したとの報告を受けたのかもしれないな。

拠点に行っても無駄だと悟り、諦めて途中で戻って来たのだ」


 チャンスだ。

嫁の死は、やつ新参魔王に闇落ちのきっかけを与えるだろう。

やつ新参魔王が魔王化に失敗すれば、大幅な戦力ダウンが見込める。


 魔王化、魔族化は失敗し暴走することがある。

魔族化勇者も、半数近くが失敗し廃棄することとなったのだ。

やつ新参魔王は、まだ魔王には成り切れていなかった。

ならば、ここで最後の魔王化が起こり、しくじる可能性に期待しよう。


「つっ!」


 その時、凶悪な魔力の波動がこの一帯に駆け抜けた。

その魔力を発する正体が砦の中で立ち上がる。


「まさか、あれはゴッドクジラ!!!」


 あれはたった1体で戦況をひっくり返すだけの力がある。

いや、その力は国を滅ぼすことも容易だろう。


「なんて厄介な奴を召喚したのだ!!」


 これはやつ新参魔王が魔王化に成功したということだろう。

まずいぞ、やつ新参魔王が本物の魔王になったとすれば、今まで通りの甘ちゃんでは済まないかもしれない。

平気で人を殺せるようになれば、アーケランドなどゴッドクジラの力で滅ぼすことなど雑作もない。


「やつが真の魔王になろうというのか!」


 その時、ゴッドクジラが後方に下がった。

どうやら補給路に睨みを利かす任務についたらしい。

それは、やつ新参魔王がゴッドクジラの力を使うのを忌避したことを意味した。


「まだ甘ちゃんで良かったよ」


 やつ新参魔王が甘ちゃんなおかげで、私は生き延びることが出来たようだ。

正面にはグリーンドラゴン1体と肉食恐竜2体が改めて配置された。


「こいつらの方がマシだなんて、やつ新参魔王は、なんてことをしてくれたんだ」


 ドラゴン2体に恐竜3体。

それだけでも勝てる気がしない。

私はやつ新参魔王を魔王として育ててしまったのかもしれない。

やつ新参魔王の嫁など狙い、魔王化を促進しなければ良かった。

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