第416話 策謀
それからの進軍は順調そのものだった。
タルコット侯爵派閥の貴族領は約束通りに簡単に負けてくれるし、派閥外の貴族も魔族勇者を目撃していたことで降伏してくれた。
そのプロパガンダが魔族勇者という存在を許さなかった。
「まさか、アレックスもこのような事態になるとは想定していなかっただろうな」
アレックスはバーリスモンド侯爵領が皇国に降ることを良しとしなかったのだろう。
そのために即戦力投入を焦って、魔族勇者を投入したということだろう。
俺たちと皇国が協力関係にあることは知らなかったのか?
まさかその魔族勇者が抜けていて、権力基盤を揺るがす手助けになってしまうとは想定外だっただろうな。
そんな順調な進軍が唐突に終了した。
そこは王都防衛の要、要塞都市グラジエフだった。
「駐屯兵数正規軍20万、軍務卿グラジエフ侯爵の領地の中心をなす大要塞だ」
ボーデン伯爵が渋い顔でそう呟いたのには理由があった。
その大要塞の城壁を守るように、30人の勇者が立っていたのだ。
しかも、その冑は脱がれており、人間であることが見てとれた。
『残念だったな。貴様らの小細工など、最早通用しない!
魔族に勇者の鎧を着せて騙せるのも、ここで終わりだ!』
勇者の1人から拡声魔法で声が届いた。
「どういうことだ?」
勇者が30人で魔族勇者が3人となると、召喚された人数が30人ではなかったということか?
いや、待て。おかしいぞ。
俺は30人の勇者たちの顔を【遠目】のスキルで確認した。
「おいおい、あの顔、日本人じゃないだろ」
俺が確認した勇者のうち20人は洋顔だった。
どうみても日本人ではない。おそらくこの世界の者だ。
少ない可能性として欧米から連れて来られたということもあるかもしれないが、残り10人の存在がそれを否定していた。
どう見ても日本人という中に、俺でも顔を見知っている、高2でプロからスカウトが来たという有名球児や、サッカーU18で名の知れた選手がいたのだ。
つまり、彼らが通う某私立高校の特待生クラスが召喚されたということだ。
そこに外国人選手はあんな人数もいない。
陸上にハーフの選手がいたかもレベルだったはず……。
つまり、その日本人10人以外は、この世界の人間を使った偽勇者だったのだ。
だが、そんなことはこの大要塞に駐屯する20万の正規兵たちには知る由もない。
召喚勇者30人全員がここにいる、つまり魔族勇者は偽者という結果だけが齎されるのだ。
「なるほど、勇者の鎧はアーケランドが用意したものだ。
召喚勇者以外に着せて水増しすることも可能ということか」
これにより、魔族勇者の遺体を見分することも出来ない正規兵たちは、アレックスの言い分を信じてしまうだろう。
俺たちが魔族勇者という存在を捏造したのだと。
今まで降伏してくれた領主貴族たちは、情報伝達の遅延で間に合わなかっただけなのかもしれない。
「総兵力20万か。また翼竜隊を使えば空爆可能だが、本物の勇者10人は脅威だな」
「いいえ、増員されていれば20万とは限りません。
他の地域防衛戦力をそのままにして、予備兵力を投入すれば30万は可能です」
つまり
『魔族を使い、アーケランド王家を貶めようとした罪、万死に値する。
偽王女を要し、正統アーケランドを騙り、皇国軍を引き入れるなど、売国に等しい。
ここで貴様らを返り討ちにしてくれるわ!』
その声はアレックスだった。
どうやら
ここでアレックスと決着をつけ、倒すことが出来ればこの戦いも終わる。
攻城戦の戦力としては人数が少ないが、俺の眷属たちを動員すれば互角以上に戦うことが出来るだろう。
だが、1つだけ懸念材料がある。
「この要塞都市に市民は?」
「5万人は住んでいるはずです」
ボーデン伯爵が直ぐに答えてくれた。
彼は魔族勇者を直接見ているので、惑わされることはなかったようだ。
だが、その解答は、俺にとっては最悪だった。
「メテオストライクで一掃は無理か……」
市民を巻き添えにすることは出来ない。
それこそ闇落ちの切っ掛けと成り得る。
「城塞の外に打って出てくれれば使えるが、籠城されたら無理だな」
となると地道に削って行くしかない。
「要塞攻略には人数が足りないが、アレックスを倒す好機だろう」
フィジカルエリートとはいえ、勇者10人も魔族化してないのならば、そこまで強くはないだろう。
タルコット侯爵派の援軍も望めるので、時間をかければ攻略できるはずだ。
「ここは正攻法で叩くしかない」
「了解しもうした。皇国軍、攻城戦ぞ!」
「正統アーケランド軍、魔法攻撃用意」
「俺たちは後輩勇者どもを牽制するぞ!」
「年上だぞあれ」
「翼竜、城壁の弩級隊を攻撃だ!」
正統アーケランド軍と皇国軍は、アレックス打倒を掲げて、共に要塞攻略を始めるのだった。
そんな攻城戦の最中、緊急の念話が入った。
『ご主人様、たいへんなのー。
勇者の格好をした魔族が攻めて来たの』
それは温泉拠点にいるコンコンからの念話だった。
迂闊だった。少なくとも1人の魔族勇者の所在が判明していなかったのだ。
ここの要塞都市に10人、倒した魔族勇者が2人、残り18人の勇者の所在が判っていない。
そのうち魔族勇者が何人いるかなど、俺たちは把握もしていなかった。
「人数は!?」
『10人は居ると思う』
「全員が魔族なのか?」
『うん。瞳美ちゃんがそう言ってる』
魔族勇者10人は温泉拠点には荷が重いぞ。
元がフィジカルエリートのスポーツ選手だと、基礎能力が圧倒的に高い。
そこに魔族化のブーストが乗っているならば、どんな成長をしているか判らない。
ここは援軍に向かわないとまずいだろう。
リュウヤたちを戻すか、俺が行くか……。
「リュウヤ、温泉拠点に魔族勇者が出た」
「なんだと! 皆が、クララが危ないのか!
だが、どうやって戻る?
この距離は、
まさか、これもアレックスの作戦だったのか?
陽菜の【転移】に制限があることはアレックスには筒抜けだ。
陽菜の【転移】ならば、一度に30人の人員を移動させられる。
だが、その能力には制限があり、移動できる最大距離が決まっていて、転移後にはクールタイムが必要になる。
長距離転移や連続転移が出来ない仕様なのだ。
「まさかと思うが、直ぐに戻れない距離まで引き込まれたのか?」
ここまで順調に進軍出来たのは、アレックスの罠だったのかもしれない。
魔族勇者が顔を晒しながら帰って来たことは、アレックスも想定外だったかもしれない。
しかし、それを利用して俺たちを引き込み、俺の弱点である嫁たちを襲うという作戦にアレックスは転換したのだろう。
「結衣たちが心配だ……」
直ぐにでも助けに行きたい。
だが、ここを俺が離れると、大幅な戦力ダウンとなってしまう。
メテオストライクで万の兵を駆逐するなど出来なくなる。
加えてアレックスと10人の勇者の力は侮れないだろう。
俺の指示なく眷属たちは臨機応変に戦えるだろうか?
「行け! ここは俺たちが持ちこたえて見せる」
リュウヤが俺に行けと言う。
リュウヤが戻りたいところだろうが、長距離転移となると、俺が直接行くしかない。
「すまん。眷属たちを置いて行く」
キラト、オトコスキー、ニュー、カミーユ、クイーンは置いて行こう。
対勇者戦力だからな。
「翼竜も置いて行く。
この世界の要塞は航空攻撃に弱い。
だが、勇者の攻撃魔法には気を付けろ」
せっちんの火魔法は航空迎撃が可能だった。
それが出来る勇者がアレックス側にもいるかもしれないのだ。
「魔法には魔法で対抗させるよ」
リュウヤがオトコスキーの方をチラリと見ながら言う。
そして、苦笑いになる。
どうやらオトコスキーに色目を使われたようだ。
「すまない。行くよ。
飛竜、飛竜纏だ!」
俺は上空を翼竜と共に旋回していた飛竜を纏った。
「眷属遠隔召喚、飛竜を温泉拠点へ」
そして温泉拠点へと転移したのだった。
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