第415話 ドゥケ男爵領攻略

 タルコット侯爵派の貴族隅々まで、正統アーケランド参加の話が伝わるには時間がかかる。

しかも、それをアレックスに知られるわけにもいかない。

王都に近い領地を持つ貴族ほど、アレックスからの制裁に怯えなければならないからだ。

つまり、俺たちが王都に進出するまでは、タルコット侯爵ですら正統アーケランド参加の態度を示すわけにはいかなかった。

それこそ、距離と移動時間の制限のせいだ。


「タルコット侯爵派が、こちらにつくことはまだ秘密にする。

いま公表しては、王都に近い貴族家がアレックスから危害を加えられかねない」


 もし、タルコット侯爵派が裏切ったと知れた場合、王都に近い派閥貴族から制裁を受けて各個撃破されかねない。

助けたくても距離と時間により間に合わないという事態となるのだ。

それを回避するためには、組織立って戦力を揃え、最前線となる領地に投入しなければならないだろう。

あるいは、魔族勇者に対抗出来る戦力を最前線に配置するかだ。

それが俺たち正統アーケランド軍に援軍の皇国軍となる。


「タルコット侯爵には、秘密裏に軍を組織してもらって、王都に近い派閥貴族領まで進出してもらう。

その間俺たちは、皇国軍の支援を受けて王都へと進軍し、アレックスの気を引き続ける。

派閥貴族たちの領地を通るときは、戦うふりだけしてもらって早期に降伏してもらう。

指示を頼めるか?」


「我が派閥貴族の身を案じてくださり感謝いたす。

指示は任せてくだされ」


 タルコット侯爵派と戦わずに進めるのは大きい。

他の貴族も魔族勇者の遺体を見て納得してくれれば良いのだが。


 アーケランド勇者の鎧は特別製だ。

偽鎧を製造することは、その胸の紋章に施された魔力刻印により不可能なのだ。

その紋章が勇者の身分証明となっているのだ。

なので、その紋章さえ確認すれば、その者は勇者以外ではないのだ。

偽鎧を製造してどこかから手に入れた魔族の遺体に着せているかもとは誰も疑わない。

そのため、タルコット侯爵は、俺たち側の勇者の鎧を疑ったということなのだ。


 タルコット侯爵からの指示がクックル便により広がる。

俺たちがその手紙よりも早く進軍するわけにはいかないので、待ち時間が発生する。

しかし、その懸念は簡単に払拭された。


「ポロック子爵領までは転移してしまったので、その間の領地を制圧する必要があったか!」


 実はポロック子爵領の北隣の領地――ドゥケ男爵領――は転移でスルーしてしまっていたため、皇国軍がまだここまで進出出来ていなかったのだ。

さすがにあの大人数は転移出来ないため、陸路で進軍してもらう必要がある。


 俺たちは急遽ボーデン伯爵領まで転移で戻った。

そこで改めて、ボーデン伯爵領の南――ドゥケ男爵領制圧を行なうこととなった。

ドゥケ男爵はバーリスモンド侯爵派閥だった。


 ドゥケ男爵領に進出したが、領境の警備も全く無く、抵抗は皆無だった。


「ここはいつもそうです」


 正統アーケランド軍として同行していたボーデン伯爵が説明してくれた。

どうやら、領境の警備など、今までも行なわれていなかったようだ。

ボーデン伯爵もドゥケ男爵も同じアーケランド貴族。

同じ国の中なので、全く警戒していないということだった。


 あまりにあっさりと領都に着いてしまった。

そこは城壁も低く強度も足りなそうな、弱弱しい印象の領都だった。

規模的には都というより市だろう。

ただ市場しじょうは盛んなようで、商業都市といった趣だった。

どうやらドゥケ男爵は、ほとんど軍備を持っていないようだ。

何の抵抗もなく、領主館の前に来てしまった。


「一応、降伏を打診しておくか」


 このまま攻め落とすのは簡単だが、降伏してくれた方がありがたい。


『我らは正統アーケランド軍と援軍の皇国軍である。

魔王アレックス討伐に向かう途中だ。

ドゥケ男爵家は魔王について戦うか、正統アーケランドについて降伏するか選択せよ』


 その拡声魔法が響いて間もなく、ドゥケ男爵が領主館から転がり出るように慌てて姿を現した。


「助かったー-----------!!!」


 その台詞の意味を俺は理解することが出来なかった。

皇国軍も居るし、一応は敵に囲まれている状況だ。

ドゥケ男爵は、そのまま台詞を繋ぐ。


「勇者の鎧が! うちの領を! 冑が壊れて! 顔が! 魔族で! 勇者が魔族で! 国の一大事で!」


 ドゥケ男爵は慌てていたせいか、その言は文章になっていなかった。

ドゥケ男爵の言いたいことを意訳すると。


「勇者の鎧を着た者がドゥケ男爵領を通過したが、その冑が壊れていて顔が見えた。

しかし、その顔は魔族だった。

勇者が魔族など国の一大事だ」


 ということらしい。

あの魔族勇者が壊れた兜のまま領内を移動したために、ドゥケ男爵はパニック状態となり、領兵を領主館に集めて引き籠っていたのだ。

そして、俺たちの軍勢を見て援軍だと思って「助かった」と。


「あれは魔王アレックスの手先だ。

ドゥケ男爵、貴公は魔王アレックスと正統アーケランド、どちらにつく?」


「正統アーケランド?」


 ドゥケ男爵は多少落ち着いて来たようだ。


「セシリア王女が打倒魔王アレックスで立ち上げた国だ。

現在、王家は全員が魔王アレックスに洗脳され支配下にあるのだ」


「なんということだ。

吾輩はセシリア王女に臣従しましょうぞ!」


 ドゥケ男爵が、なんかあっさり降伏してくれた。

タルコット侯爵とポロック子爵の時もそうだが、あの魔族勇者が顔を晒して逃げ帰ったことで、アレックスが魔王だと簡単に信じてもらえるな。

どうやら、魔族化の弊害で魔族勇者は知能が低いみたいだな。

顔を隠せば良いものを、そのまま晒して行動するとは、それがどのような影響を及ぼすか理解出来なかったのだろう。

そこがアレックスの誤算だったな。

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