第411話 一方アレックスは

Side:アレックス


 バルゲ男爵が、アホ貴族によって売られてしまった勇者サリーさゆゆを買い戻してくれたのは、想定外だったが俺にとっては棚ボタだった。

これにより、召喚の儀に必要な第4の適合者と、多数の生贄を手に入れることが出来たからだ。

バルゲ男爵家は勇者ハーメルンハルルン殺害の罪により、王家に対する叛意ありとして、一族郎党捕縛され死罪が確定した。

おかげでバルゲ男爵一族からその使用人までの多数の罪人を召喚の儀の生贄に出来たのだ。


 今回の召喚の儀は、王と宰相、俺と勇者サリー、サポートの魔導士たちによって滞りなく行なうことが出来た。

今回は運動部の特待生を集めている私立高の特別クラスを狙うことにした。

離反した中学生どもよりもフィジカル的に優れた者たちを集めようという目論見だ。

戦争の道具にするならば女もいらん。

なので時空魔導士たちに異世界を探らせて、運動部男子だけが所属する特別クラスをみつけたのだ。


 結果は上々。基礎的な運動能力が高い者たち30人を召喚することが出来た。


「まさか、勇者召喚だと?」

「おまえ、知ってるのか?」

「ああ、ラノベで良くあるパターンだ」


 石造りの地下室に魔法陣が描かれ、西洋鎧姿の騎士に囲まれている状況を見て、召喚勇者たちが騒ぎだした。

運動部系でも、そこそこオタク文化にも精通しているようだ。

話が速くて助かる。


「おいおい、俺は甲子園で活躍して、この後華々しくプロデビューする予定の逸材だぞ。

こんなところで勇者ごっこなんてやってられるか!」

「だな。俺も大学に推薦が決まっている。

直ぐに還してもらおうか!」

「俺たちに勇者の力があるなら、こいつらなんて軽く殺れるだろう」


 野球部だろう生徒や、空手部と見られる生徒が不満を口にする。


「「「「「貴様ら逆らう気か!」」」」」


 騎士たちが騒ぎを収めようとしたが、さすがフィジカルエリート共だ。

手に入れたギフトスキルも相まって、騎士たちが手古摺っている。

まあ、せっかくの召喚勇者を殺してしまうわけにもいかないので、騎士たちが手加減しているからなのだがな。


「【影縛りシャドウバインド】!」


「うわ! なんだこれは、動けねーぞ!」


 俺は闇魔法で召喚勇者共を拘束した。

これ以上ガキの我儘に付き合っても無駄だからだ。


「隷属の魔導具を付けろ。反抗的な奴は後で洗脳もかける」


 やれやれ、勇者としての能力は申し分ないが、力がある分、我が強くて面倒だな。

年齢も上げた分、素直に命令に従うという感じでもない。

洗脳しない方が強くなれるのだが、これでは説得は無理そうだ。


 ◇


3週間後。


「大変です! エール王国を引き入れる罠に皇国軍が進軍して来ました!」


 軍務卿の元に伝令が齎した知らせは、寝耳に水だった。

その声は、俺の元へも聞こえていた。


「なんだ、その罠とは? 俺は聞いてないぞ!」


「はっ、街に隙を作り餌として、エール王国軍の占領後に退路を絶ち、一網打尽にしようという作戦だったのですが、そこに皇国軍が攻めてきました。

ディンチェスターの街は皇国の手に落ちました」


 バカが。ディンチェスターといえば皇国との国境の街でもある。

隙を見せれば狙って来るのは、エール王国だけではない。

どうして、このような勝手なことをし、わざわざ足を引っ張るのだ。


「誰の発案だ? 後で処分してやる!」


 ディンチェスターが落ちたとなると、次に皇国軍が狙うのはオールドリッチ伯爵領とバーリスモンド侯爵領になるだろう。

皇国の武者は、勇者の血筋だ。

生半可な騎士では対抗不能だろう。

ここは勇者を投入せざるを得ないな。


「勇者の育成状況は?」


 俺は内務卿に話を振る。


「はっ、身体能力は高いのですが、まだ皇国武者には対抗出来ないかと」


 やはり基礎能力が高いだけでは駄目だな。

勇者を早急に戦力化するには……。


例の魔物肉は与えていたんだろうな?」


 内務卿が頷く。声に出さないのは、それが禁忌だと知っているからだろう。


「能力の低い者から10人を選抜しろ」


「まさか……」


「国を守るには仕方のないことだ」


「はい……」


 こうして俺は召喚勇者の魔族化を促進することにした。



 ◇


「大変です! セシリア王女が正統アーケランド建国を宣言し、領主貴族の取り込みをはじめました。

オールドリッチ伯爵はセシリア王女派に寝返ったもようです」


「あいつらの仕業か!」


 どうやらセシリア王女を攫って行った離反勇者たちの仕業のようだ。

オトコスキーを従えたあの男のことを、オトコスキーは魔王だと言っていなかったか?

やつも召喚の儀の魔法陣を手に入れたいということだろうか。

時間がない。勇者の魔族化を急ぐべきか。


 俺にはやつらへの対抗手段が必要だった。

もっと時間をかけるつもりだったが、背に腹は代えられない。

勇者たちのトラウマを刺激して、闇落ちさせるのだ。


「5人か」


 そこには魔族化した魔族勇者5人と、失敗した成れの果ての遺体5体があった。

成功率5割。まあ、良い方だろう。


「おまえたち3人は、バーリスモンド侯爵領へ向かい皇国軍を排除せよ。

残り2人はやつらの拠点を探れ。隙あらば攻撃するのだ」


 魔族化した勇者ならば、皇国の武者に対抗できるだろう。

やつがオールドリッチ伯爵領にいるならば、拠点に隙が出来る。

そこを突いて、なるべく離反勇者共を減らす。

まだ勇者たちが育たないうちはこれで行くしかない。


 ◇


「バーリスモンド侯爵討ち死に!

侯爵領は皇国に占領されました」


「こちらの勇者は!」


「2人死亡、1人逃げ帰って来ました」


「そいつを連れて来い!」


 俺は逃げ帰って来た魔族勇者を呼んだ。


「申し訳ありません。敵が強すぎました」


「敵の特徴は?」


「竜人と黒いゴブリンに皇国武者、それと魔人が1人」


 オトコスキーか!

竜人姿はオトコスキーが魔王と呼んだやつだろう。

黒いゴブリンは変異種か。やつは魔物を使役しているのだな。

魔族勇者が負けるような魔物か。

やはりやつは魔王化していると見て良いな。


「魔王は並び立たないか」


 魔王はお互いに潰し合う存在だ。

そして残った者が真の魔王となるのだ。

これは早急に潰す必要がある。

もう10人も魔族化しておくか。

あと5か月もすれば次の勇者も召喚出来るのだ。

失敗しても補充が効く。


 そして、やつが不在ならば、やつの拠点を叩くチャンスだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る