第393話 島津の将
皇国とエール王国が揉めないように、俺はキバシさんを使ってエール王国に一報を入れた。
ディンチェスターの街が皇国に占領されたことは、エール王国の新国境砦でも情報を得ているはずで、その情報は本国まで早馬で届けられることになる。
だからこそ、皇国の使者としてサダヒサがエール王国に向かい、詫びと事情報告、そして戦後の領有に関する交渉をするはずだったのだ。
それを俺たちの都合で中断させることになった。
代わりの使者を立てる時間分、その交渉は遅くなってしまう。
ならば、先にエール王国王家に話を通せば良いということだ。
その手段がキバシさん通信なのだ。
『ディンチェスター』
『コウコクガセンリョウ』
『エールオウコクトアラソウキナイ』
『コウショウノシシャイク』
『マッテホシイ』
『わかった。ディンチェスターは地政学的に統治が難しい街だ。
住民には申し訳ないが、元々取り返そうとは思っていなかったのだ。
別に好きにしてくれて構わなかったのだが……』
エール王のぶっちゃけた台詞は、キバシさんの視覚聴覚共有により得たものだったため、幸い俺にしか聞こえていなかった。
エール王は人が好過ぎる。
政治とは、そこで皇国からどれだけ利益を絞り取れるかだと思うのだが……。
まあ、それよりも平和が大切だという方針なのだ。
俺はそれはそれで好きだ。
これで早馬が使者よりも先に辿り着いて、エール王国と皇国が揉めるということはないだろう。
サダヒサが言うには、共同統治で防衛の義務は皇国もち、街からの税収は折半という話だったから、悪い条件じゃないしな。
これでサダヒサの代わりの使者が到着するまで、時間を稼ぐことが出来た。
◇
サダヒサと共に皇国占領下のディンチェスターの街に到着した。
となると動員できる戦力は限られてくる。
その正面は、やはりオールドリッチ伯爵の領軍だった。
「良かった。まだ戦いは始まっていなかったか」
「いま伯爵の軍を叩いても、占領政策が面倒であるからな。
むしろ東側面のバーリスモンド侯爵軍を警戒中であろう」
ああ、バーリスモンド侯爵軍ね。
俺が叩いて弱体化していることは言わない方がいいのかな?
出方次第では降伏させることも可能のはずだ。
あの侯爵はもう居ないしな。
「あそこは代替わりしているけど、交渉の余地はないのか?」
「我が皇国が主に戦っていたのは、彼の領軍であったからな。
交渉が通じる相手だと侮ってはおられんよ」
歴史的に交渉の余地なしって感じか。
「誰かある! サダヒサがお目通りを願うと御屋形様に伝えよ!」
サダヒサが俺たちを連れて来たのは、丸に十字の島津の家紋のついた幕舎だった。
そこを守る兵たちは、俺たちの揚羽の蝶の家紋のついた馬車に大慌てだ。
これ皇国皇家の家紋に似てるからな。
ちょっと気まずい。偽者と言われたらどうしよう。
「サダヒサ、これはどういうことじゃ!」
幕舎から慌てて出て来たのは、鎧を着込んだ女武者だった。
年のころは20歳前後、兜はつけておらず、長い髪をポニーテールにしていた。
その姿は和式の鎧と西洋鎧のハイブリッドという感じだが、その美しさは和式に近いものがあった。
もちろん、中身も美しい女性だ。
なんだろう? 沖縄美人って感じ?
九州南部の島津の血だ。南の雰囲気を持っている。
「これは
サダヒサが年下に見える女武者に臣下の礼をとる。
どうやらサダヒサの本家筋の姫らしい。
「ここはわらわが任された。
父上は侯爵軍と対峙しておる」
そう言うと
「それより、この馬車はなんだ?
皇家の御方がおわすのか?」
そこでサダヒサは、この周囲の異常事態に気付いた。
そういや
「ああ、話せば長くなるのであるが、皇家の親戚筋の方である、ヒロキ・ミウラカシマ殿をお連れした」
「ミウラカシマだと! ミウラが着くとは分家の御方なのか!?」
めっちゃ遠いけどたぶんそうなります。
「幕舎に席を設けよ! 丁重にお連れするのだ!」
何やら、特別な箱が持ち出され、そこから恭しく家具が取り出され、幕舎に持ち込まれていく。
「サダヒサ、なんでこんな大袈裟なことに?」
「その家紋の威を忘れていたでござる。
遠くとも皇家の分家。蔑ろには出来ないであろう」
「サダヒサは、結構蔑ろにするよな?」
「ハハハ。そうであるか?」
まあ、その方が気が楽だ。
逆に
「支度が整いもうした。
こちらへお出ましくだされ」
やっぱり過剰すぎる。
「すまない」
俺は、偉そうにならないようにと思いながら、幕舎の上座に設えられた豪華な椅子に向かう。
何やら金銀で装飾された、背もたれが頭の上まである椅子で、その上の部分に揚羽の蝶の家紋が入っている。
いや、これ、皇国の皇族用じゃね?
座っていいの?
俺が躊躇いながら豪華な椅子に腰を下ろすと……。
「おお、やはり間違いなかったであるか!」
椅子の背もたれ、頭部の上にある揚羽の蝶の家紋が光り輝いた。
どうやら、試されたようだ。
口で言っても皇家の血筋である証明にはならない。
偽者は自分こそがと言うものだ。
ならば、その血に問うしかない。
そのような血に反応する魔導具が椅子には仕掛けられていたというわけだ。
「光が強い! まさか本流の御方か!」
知らんがな。
だがひい婆ちゃんまで御浦の本流で間違いないな。
今の皇国皇家は4代目ぐらいか?
となると、うちと変わらない?
いや、初代が分家だとうちの方が本流に近い?
この光に島津の方々が水戸黄門の印籠を見たが如く平伏した。
いや、島津と御浦、どっちだって今の日本じゃたいして変わらないからね?
戦国武将なんて、大体が平家か源氏の血を引いてるって自称してたからね?
その中に結構事実が混じってるしね。
そもそも、皇国の皇家って、元々皇国があってその血筋だからだよね?
御浦だから皇家じゃないからね?
だが、このおかげで交渉が楽になりそうなのは事実だった。
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お知らせ
遅くなりました。
これは昨日の分の投稿になります。
本日中にもう1話投稿します。
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