第394話 伯爵と交渉1

「……というわけで、なるべく民や上に従わされてるだけの者たちは救いたいのだ」


 俺はサダヒサに説明した内容をそのままマナ姫にも伝えた。

すると、マナ姫も険しい顔で考え込んでしまった。

よほどアーケランド王家は嫌われているようだ。


「それで定久サダヒサが戻って来たのですか」


「はっ。それがしの代わりをエール王国に派遣していただきたく」


「それは構わぬ。

ヒロキ殿には父上にも会っていただかねばならぬからな」


 どうやら、マナ姫も、そこまでの権限がないため、サダヒサが御屋形様と呼んだ島津家当主であるマナ姫の父君に話を上げるしかないようだ。


定久サダヒサには、その繋ぎをしてもらわねばならぬ」


 マナ姫は、ここから動けないため、サダヒサに案内させ父親の元へと俺を連れて行こうというのだろう。


「わかった。サダヒサ、直ぐに出よう」


「ヒロキ殿、何を仰っているのだ?

ヒロキ殿が動かれるのではない。

父上は定久サダヒサに連れて来させるのだ」


 そっちかい!

どうやら、この椅子のせいで、俺は重要人物だと認識されているようだ。

ここの総大将である島津家当主をサダヒサに連て来させるとマナ姫は言っていたのだった。


「それにしても、その道理は理解出来ても、心情的には納得しかねる。

どうしてアーケランドの姫などを……」


 やはり島津にとって、アーケランド王家の血筋は受け容れ難いものがあるようだ。

俺が椅子を光らせていなかったら、受け容れてもらえたか怪しいレベルだろう。


宗定ムネサダを呼べ。彼の者を使者としてエール王国に派遣せよ。

定久サダヒサは、この書状を父上に届けて連れて来るのだ」


「はっ! この宗定ムネサダ、エール王国にてお役目を全ういたしましょうぞ」


 ムネサダはサダヒサの従弟にあたるそうだ。

エール王国への使者としての格は同じということだろう。


「それがしも承知したのである」


 マナ姫は、エール王国への使者を選び派遣すると、サダヒサに書状を持たせてバーリスモンド侯爵軍と対峙している父親を呼びに行かせた。

島津家当主を呼び出して、大丈夫だろうか?

俺は座して待つしかなかった。


「オールドリッチ伯爵軍を戦わずして下す作戦は、父上の承認など無くてもわらわの権限でそのまま実施いたしましょうぞ。

されど、アーケランド王家の処遇は、皇帝陛下に委ねねばなりませぬ」


 それを問い合わせる権限が総大将にしかないというわけだった。


 ◇


 島津家当主――名はタカヒサ鷹久というそうだ――が来るまでの間、俺たちはオールドリッチ伯爵に使者を送った。

その使者とは俺たちと伯爵の共通の知人であるカドハチだ。

カドハチのホームグラウンドであるディンチェスターの街が皇国軍に占領されているため、人選として都合が良かったのだ。


 その結果、オールドリッチ伯爵軍と皇国軍との間の緩衝地帯での会談がすんなり設定されることになった。


 お互いが赤旗を掲げて緩衝地帯に集う。

赤旗は本来降伏の印だが、お互いに掲げることで、停戦の意味を持つのだ。

この赤旗を掲げている交渉者を攻撃することは、この世界では末代までの恥となる。

なのでお互いの最高指揮官が交渉の場に出るということが、ある意味安全が担保されたかたちで行なわれる。


 中間地点に8人の使者が集まる。

オールドリッチ伯爵関係4名、皇国関係2名、俺関係2名だ。

向こうは伯爵に文官1人、そして護衛が2人だろう。

こちらはマナ姫と護衛、俺とローブを被ったもう1人だ。

緩衝地帯には椅子もテーブルも無いので、全員立ったままだ。

まあ、テーブルのような遮蔽物があると、何が起こっているかわからないので、配置しないものなのだ。


「これは驚きました。

やはり貴方様は皇国の関係者でしたか」


 オールドリッチ伯爵が、俺が皇国側に居ることを知って驚きの声を上げた。

おそらく皇国とは無関係という報告を受けた俺が、皇国と親しそうなので驚いたのだろう。


「いや、俺は第三勢力としてここにいる。

皇国とは同盟関係と思ってくれ」


「ほう」


 オールドリッチ伯爵は、俺の言い様に考え込んでしまった。


「まあ、先にこちらの手の内を晒さないと話にならないか。

セシリア、フードを外して良いぞ」


 俺の横に居るセシリアがフードを外す。

その顔を認識してさらに伯爵が驚く。


「なんと! セシリア王女殿下ではありませんか!」


 オールドリッチ伯爵が、セシリア王女だと気付いて戸惑っているようだ。

セシリアからは伯爵と面識があると聞いていたので、セシリアをこの場に連れて来ていたのだ。


「久しぶりですね。伯爵」


「ははっ! いや、どうしてこのような場に?」


 セシリア王女が俺の隣にいることがオールドリッチ伯爵には理解出来ないようだ。


「わたくし、ヒロキ様の妻になりましたの♡」


 そう言うとセシリアは俺の腕に抱き着いた。


「はぁ?」


 オールドリッチ伯爵は混乱した。

王女が結婚したなどという話は初耳だろうし、その王女が皇国と同盟関係の第三勢力の使者と一緒に現れたのだ。

当然と言えば当然だろう。

俺は、その混乱に乗じて畳みかける。


「今のアーケランド王国は、魔王アレックスに乗っ取られ、王家もその支配下にある。

幸いセシリア王女がその支配下から逃れて来ることが出来た。

つまり、セシリア王女がいる我が国が今は正当なアーケランド王国となるのだ」


「!!!」


 オールドリッチ伯爵はその事実に絶句し、二の句が継げなくなってしまった。

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