第384話 偽さゆゆ

「ああ、その子を買ってしまったのですね?」


 その奴隷を見てカドハチが、「騙されましたね」とでも言うような声をあげた。

俺たちが頭に「?」を出していると、カドハチはそのまま言を続ける。


「その子、探して欲しいと言われていた女性の、そうですね悪意のない偽者です。

いや少し悪意ありかな?」


 そう言われて良く見ると、俺の朧げな記憶でもさゆゆに似ている気がする。


「まさか! さゆゆの偽者か!?」


 ヤンキーチームとはあまり接触がないうちに別れてしまったので、俺はさゆゆの顔をそこまで覚えていない。

転校初日に召喚されたので、それまで面識がないのだから仕方のないことだろう。


「いや、本気で騙そうという偽者ではないのですよ。

ですが、あるルートからも探されていたようで、奴隷商の間で探しまくった結果、本物かと思われて連れて来られたようです」


「つまり、カドハチが探していたから、この子はここに居るってことか?」


「ええ。しかし調べれば違うと判りますから、私は手を出さなかったのです」


 だが、さゆゆ探しに焦っているリュウヤは、しっかり確認もせずに飛びついたということか。

赤Tのことばかり心配していたが、闇落ちという部分に関しては、リュウヤの方が遥かに危険な要素を抱えていたか。


「1つお伺いしても?」


「なんだ?」


「他にもその子偽者に騙されかけた勢力が2つあります。

1つはバルゲ男爵家。そしてもう1つはアーケランド王家です。

そこから推測するに、貴方様たちは召喚勇者様ということで?」


 どうやらカドハチには俺たちの正体がバレていたようだ。

俺たちがさゆゆを探す手がかりとしてカドハチに提供したのは、さゆゆの外観的特徴と、ハルルンと一緒に売られたという情報だった。

さゆゆたちの素性は、ハルルンの販売ルートを辿ることで、最初に王家が売りに出したことはさすがにカドハチも気付くだろう。


 そして、バルゲ男爵家が探しているという情報。

バルゲ男爵家は、その息子がハルルンを買い、あのような目に遭わせた変態貴族だ。

そこが血眼になって探しているとなれば、2人には何らかの付加価値があると推測できる。

加えて王家が今になって買い戻そうとしている異常性。

さらに謎の貴族と言われる怪しげな俺たちまでもがさゆゆを探している。

それら点を線に繋げて考慮すると、王家から不要とされ一度は手放された召喚勇者だという推測が成り立ったということだろう。

さすがカドハチということだろう。


「そうだ。俺たちはアーケランドに召喚された勇者だ。

召喚を失敗されたおかげで魔の森に放り出され、今に至るという感じだ。

それを知ったいま、カドハチはどうする気だ?」


 もう誤魔化すことは出来ないだろうと、俺はカドハチに俺たちの正体をバラした。

俺は謎の貴族を装ってカドハチと接していたが、カドハチは早いうちにそれが嘘だと理解していたわけだ。

そんな俺たちをカドハチはどうするつもりなのだ?


「ふふふ。所属替えしてまで敵対するわけがないでしょう。

私は貴方様個人を気に入っているのですよ?

それにアーケランドもあの保養地を国として扱っています。

出自がどうこうではなく、もう独立国なのです。

それ以上何が必要ですか?」


 そうだな。それを知ったうえでカドハチは所属替えをしてくれるのだ。

カドハチの忠誠は信用しても良いだろう。


「そうだったな」


 俺はカドハチという商人と知り合えて良かったと胸に熱い物が込み上げて来ていた。

それにしても変態貴族と王家の動き、それは何を意味するのか?


「変態貴族は、ハルルンに味を占めたということか?」


「そのようです。

異世界の女性という特別な存在に対する嗜虐行為が忘れられないということでしょう。

そして、奴隷商が持ち込んだ偽者には見向きもしなかったそうです。

まるでもう本物が手に入った・・・・・・・・かのように」


 嫌ーな感じだ。

さゆゆが変態貴族の手に渡っていなければ良いのだが。


「王家が取り戻そうとしているというのは……。

しまった! 召喚の儀の適合者だ!

さゆゆが居れば召喚の儀が出来る!」


「またアーケランドか!」


 まずい、リュウヤに火をつけてしまった。


「リュウヤ、落ち着け。

これは推測段階だ。まだ確定したわけではない」


「そうだったな。すまん」


 俺はリュウヤを宥め、話を元に戻した。


「その2つの勢力が騙されかけ、違うと判断したのが、この子ということだな?」


「はい。そして私どもが探しているという情報をどこかで聞きつけたのでしょう。

この子がこの街までやって来たということです。

まさか、探しているご本人が騙されてしまうとは……」


 つまり、最初は騙すつもりではなく、本人だと思われて売りに出されたが、2つの勢力から違うと言われ、次にカドハチが探しているというので、この街まで連れられて来たわけか。

違うだろうと思いつつも買ってもらえることを期待して。

そしてリュウヤが食いついたと。


「その後、さゆゆの情報は?」


「ご本人の情報はございません。

ですが、バルゲ男爵家が取り潰されたという情報を得ました」


「そうか、俺たちの手で潰してやろうと思っていたんだがな」


 青Tに知らせたら、どう思うのだろう。

彼にはそんなことで暗黒面に落ちてもらいたくない。


「だが、どうして急に?」


「理由は判りませんが、王家に対する叛意の罪で一族郎党死罪だそうです」


 まさか、バルゲ男爵家が本物を手に入れて、王家が奪ったということか?

その際に罪をでっち上げたか?

いや、売ったとはいえ召喚勇者に対する、あのような変態行為だ。

王国貴族の品位を汚した、それが罪になっただけなのかもしれないぞ。

だが、アーケランド王家がさゆゆを手に入れたならまずいことになる。


「つまり、アーケランドはさゆゆを手に入れて召喚の儀を行なったかもしれないのか」


「まさか! 今度はさゆゆを犠牲にするつもりか!」


 リュウヤ、どうどう。

さゆゆの事になるとリュウヤは情緒不安定になるな。

闇落ちの危険な兆候だ。どうにかしないと。


「リュウヤ待て。召喚の儀の制御役ならば、命はとられない。

むしろ、適合者として、さゆゆの命は保証されたと言ってもよい」


「そうか。そうだな」


 新たな召喚勇者には、一刻も早く俺たちと戦う駒になるという役目がある。

わざわざ制御役にはしないだろう。

となればさゆゆを制御役にし続けるのが得策だ。


「こうなったら、一度温泉拠点に戻って対策を練るぞ」


「この子たちはどうするのであるか?」


「あー、そうだった!」


 サダヒサの言葉に俺は頭を抱えた。

赤Tは「これで魔族化を回避出来そうだから仕方がない」で女子たちを説得しよう。

赤Tは最初から女子たちのイメージ最悪だからまだ良い。

だが、リュウヤが性奴隷を連れて帰るのはちょっとな。

カドハチに引き取ってもらうという手段もあるが、奴隷がさゆゆ似であることが、リュウヤの情緒を安定させているかもしれない。

引き離すのが良策とも限らないぞ。

ここは女子たちの機嫌を伺う手立てが必要だな。


「カドハチ、直ぐに行商に来てくれないか?」


「さすがに所属替え手続きが終わっていませんので……」


 そうだな。その点はカドハチも慎重になって当然か。


「まあ、そうだよな」


 この世界、通信手段が壊滅的に遅い。

といっても現代日本の恵まれた環境で育った俺たちだからそう思うだけで、この世界ではそれが当たり前なのだ。

カドハチによると、皇国にいる姉に所属替え手続きを代行してもらうつもりだそうだ。

走竜の早馬――走竜でも走鳥でも通称で早馬と呼ばれる――による飛脚便で皇国までは5日ぐらいかかるらしい。

今回は皇国の名門家の出であるサダヒサから紹介状をもらったため、手続きは速やかに行われるだろうということだ。

それを勘案しても、1週間はアーケランド所属のままなのだ。


「いや、待て。

もしカドハチが今直ぐに行商に向かったとして、それがアーケランドの知るところとなって問題が発覚するのにも、通信手段による遅延が発生する。

そしてなんらかの手続きがなされて処罰をしようにも、その時にはカドハチの所属替えは終わった後だろう。

つまり、その時点ではもうアーケランドは手を出せないはずだ」


「そうか! それで行きましょう」


 こんなところで通信手段の遅さが役に立つとは。

とりあえず、赤Tとリュウヤの情緒面の問題と、魔族化回避を前面に出して女子たちを説得しよう。

加えてカドハチの協力で矛先を逸らすのだ!

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