第382話 奴隷商で

Side:リュウヤ金属バット


「赤T、ちょっと寄り道しても良いか?」


「なんだ? どこに寄るつもりだよ?」


「そこだ」


 俺たちはカドハチ商会の手代に歓楽街を教えてもらい、その場所へと直行していた。

まあ、そういった風紀が乱れるような店は、なるべく街の隅っこの方に纏まってあるものなので、娼館の場所を訊かなくても歓楽街で通じるのだ。

そして、その道すがら、少し治安が悪そうな道を通っていると、俺はその店をみつけてしまったのだ。


「おい、ここは奴隷商じゃねーか。

なんでここに……。あ、そうか」


 どうやら赤Tも察してくれたようだ。

そう、俺の恋人のさゆゆは、生産職というだけで王国アーケランドが奴隷として売ってしまったのだ。

ブービーが過酷な訓練で亡くなったために、やはり生産職は役に立たないと陰口をたたかれていたのは知っていたのだが、いつのまにかハルルンとさゆゆが居なくなっていたのだ。

俺はその当時、王国アーケランドの洗脳を受けていたようで、その事実に無頓着だった。

そして真の勇者にも操られ、自我が失われていったのだ。


 それをヒロキに助けてもらった。

そこで初めてハルルンとさゆゆの事を知ったのだ。

ハルルンは酷い目にあっていて、処分間近の傷病奴隷の中にいたという。

そこを保護されたのだ。


 さゆゆも同じような目にあっているのかと思うと、胸が張り裂けそうだ。

さゆゆを助けたいが情報が無い。

ヒロキも探してくれたようだが、手がかりはなかったらしい。


「ちょっと見させてくれ」


 俺は娼館への道すがらに奴隷商があるのをみつけてしまって、居ても立ってもいられなくなってしまったのだ。

さゆゆがここにいるのではないか?

そう思ったら、確認せずにはいられなかったのだ。


「これは騎士・・様、どういった奴隷をご所望で?」


 奴隷商の主人が揉み手でやって来た。

俺の事を騎士と呼んだのは、傭兵に対するおべっかだろう。


「茶髪で色白、小柄な若い女は居ないか?」


 俺が言ったのは、さゆゆの特徴だ。

もしここにさゆゆが居るなら、助けてあげたい。

そう思うと焦りのようなものが湧いて来ていた。


「おりますとも。少々お待ちください。

該当する者たちを集めて来ましょう。

おい、お客様を応接室へとご案内しろ」


 そう言うと奴隷商は裏へと消えて行った。

どうやら店の裏に奴隷を集めてあるようだ。

そこから条件に合致した奴隷を見繕って応接室に連れて来るのだろう。


「こちらへどうぞ」


 俺と赤Tは、丁稚に応接室へと案内された。

そこはソファーが置いてあり、その前に小さな舞台が備えてあった。


「面白そうじゃん。そこに奴隷が連れて来られんだろうな。

そうだ。俺も性奴隷を買えばいーんだよ。

そうすればやりたい放題じゃんか」


 赤Tが軽口を吐くが、それに構う余裕は俺には無かった。


「お待たせしました」


 奴隷商が別の入口から5人ほどの奴隷を引き連れてやって来た。

その奴隷たちの顔を見て、俺は落胆した。

当たり前だが、さゆゆが居なかったからだ。

やはりそう簡単にはいかないようだ。


「へえ、可愛いじゃん」


 赤Tは何やら喜んで物色しているようだ。


「1番の子いーじゃん。

お前はどうす……そうか、すまねぇ……」


 赤Tも抱く女を選びに来たのではないことに気付いた。


「ちなみに1番っていくら?

あっちで使っても良い子?」


 いや、やっぱり赤Tだった。


「1番は金貨13枚になります。

当然性交渉ありの奴隷です」


 この世界、女性の奴隷はそんな扱いになってしまう。

主に農村から口減らしで売られてしまうのだ。

女性が余っていることもあり、金貨13枚は器量も含めて高い方だろう。

金貨13枚は日本円でいえば130万円になる。

しかし、この世界は食料や手工芸品の価値と贅沢品の価値に大きな差がある。

食料の物価を考えれば、家にとってこの女性は130万円というよりも200万円相当の食料になったという感覚だろうか。

これで弟や妹がひもじい思いをしなくて済むとなれば、この女性も身を売る覚悟をしたのだろう。


「あー、でも俺はもっと身長が高い方が好みかな」


 何を喜んで奴隷を物色してるんだこいつは。

そもそも好意を持ってもらえなければ、癒しにならないかもしれないんだからな?


「そちらの方はお気に召しませんでしたか?」


 奴隷商が俺の顔色を伺って訊ねて来た。

どうやらさゆゆが居なかったことで渋い顔をしていたらしい。


「ならば次を呼んでもよろしいでしょうか?」


 え? 次があったのか。

俺が期待する顔をしたのを見て奴隷商が頷く。


「1番キープな」


 赤Tが1番をキープした。

買う気満々という態度に奴隷商もほくそ笑む。


「承知しました。では次です。

少々条件が違って来ますが、近い者を集めました」


 そうか、条件少し違うのか。

俺は期待の目を次のグループ5人に向けた。


「……っ! まさか!」


 そこにはさゆゆの面影を持つ少女がいた。

いや、正しくは黒髪のさゆゆだ。

だが、残念ながら、さゆゆは茶髪だし髪の長さも違っている。


 いや、違うぞ。

茶髪は日本で染めたものだし、こちらに来たことで髪は伸びているはず。

黒髪になっている可能性がある。


 この時の俺は冷静でなかったようだ。

あんな簡単なことにも気付かずに、慌てて思わず声を上げてしまっていた。


「9番を買うぞ! 早く綺麗にしてやってくれ!」


 そう、その奴隷はあまり清潔な環境に置かれていなかったようで、薄汚れていたのだ。

そのせいで見誤ってしまったところもあったのかもしれない。

いや、俺の願望が見せた補正による幻だったのかもな。


「まいど! 9番は金貨22枚ぼったくり価格です。

お買い上げありがとうございます」


「じゃあ、俺も1番を買っちゃうぞ」


「重ねてありがとうございます」


「すまん、赤T。 金貨2枚貸してくれ」


「それぐらいかまわねーよ。 俺たちダチだろ?」


 ヒロキが持たせてくれた金貨がもっと少なかったならば、買うなどとは言わなかったかもしれない。

しかし、俺はさゆゆを助けたいという焦りから目が曇っていたのだ。


 支払いも済み、奴隷契約の魔法もかけ終わって、風呂――といっても水浴びだったらしい――で洗われて綺麗になった9番を見たとき、さゆゆではないことに気付いた。

そうなのだ。茶髪が伸びても全黒髪にはならない。

所謂プリンから伸びて毛先に茶が残るわけだ。

それに良く見れば、9番の髪は毛先まで黒に近い青だったのだ。

そして洗われて綺麗になったことで、明らかにさゆゆでないことが判ってしまった。


「良い買い物をしたなー。

娼婦を身請けしたと思えばいーんじゃん」


 能天気な赤Tの言葉に俺は項垂れるしかなかった。

しかし、買った奴隷を無下にも出来ない。

このまま連れ帰るしかないだろう。


「さゆゆ、どこに行ったのだ。無事でいてくれよ」


 俺はそう願わずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る