第381話 ディンチェスター潜入

 翌日、新国境砦の跳ね橋も完成し、これで普通に通行することも可能となったため、俺たちは陸路で王国アーケランドの街、ディンチェスターを目指すことになった。

カドハチと接触して商会の所属国を変更してもらうのが第一目的だが、赤Tの魔族化阻止も重要なことなので、変装してディンチェスターの街に向かうことにしたのだ。


「設定は傭兵4人組だ。

街の西門から入るとおかしなことになるので、迂回して南門から入ることになる」


 西門にはエール王国側からの街道が繋がっている。

つまりそこから来るのはエール王国の者だと認識されるわけだ。

南門はアーケランドの王都方面に街道が繋がっているため、そっちから来たと偽装しようというのだ。


 幸い、橋が落ちたことで、エール王国との交通が絶たれたとの判断がなされたようで、跳ね橋の対岸には警備兵の1人もいなかった。

それもどうかと思うが、現実問題として、橋をかけ直すには月単位の時間がかかるという想定があったと思われる。

それを1日でかけてしまったのが異常事態なのだ。


 そもそもディンチェスターの街を治めるオールドリッチ伯爵は穏健派なため、開戦以前はエール王国とも上手く交易をしていた間柄だったのだ。

元々はディンチェスターの街がエール王国領であり、住民もその系譜だったりするので、上手くやっていけていたのだ。

そのため警戒が緩いのかもしれなかった。


 俺たち4人の乗った馬は、街の西側から南側へと迂回し、誰にも気付かれることなく、ディンチェスターの街の南門に到着した。

いかにも南の街道からやって来たと装うことに成功したのは、ある意味幸運だった。

そこには軍隊も商人も移動していなかったからだ。


「これはアーケランドとしては街を見捨てたかたちであろう」


 サダヒサが険しい顔でそう呟く。


「防衛線を引き下げて、守り易くしたということか」


「占領政策でエール王国の足止めも出来るという公算であろう」


 元々この街の住人がエール王国民の系譜だったことは既出だが、それもあってアーケランドに見捨てられた公算が高い。

たかだか1つの街を守るために国軍が矢面に立ち、犠牲になるわけにもいかないということなのだろう。

今回の戦争で、それだけの被害をアーケランドは負ったのだ。


「エール王国がディンチェスターの街を取ると、補給や防衛に手間がかかるということか」


「逆に橋を落とせば、アーケランド軍は、この街に駐留したエール王国軍を優位に攻めることが出来るであろう」


 そうなったらエール王国軍は退くに退けず、援軍も望めず、各個撃破されるということか。

つまりディンチェスターの街はエール王国軍を誘い込む囮ということだろう。

おバカ赤Tが勝手に占領しなくて良かったよ。


「どうする?

こんなところに傭兵が来るなんて不自然ではないか?」


 リュウヤが当初の作戦に懸念を表明する。


「カドハチの護衛として来たと言えば良いだろう。

もし門で止められて確認をとられても、カドハチのことだ、察してくれるはずだ」


 カドハチはそういった機微に聡い。

不審な傭兵が訪ねて来たとなれば、俺からの接触だと気付くはずだ。


「では、それで行こうか」


「赤Tは黙ってろよ。口調が目立ちすぎる」


「わかってんよ」


 こうして俺たちは当初の予定通りに南門へと向かった。


 ◇


「これは珍しい。

我が街に何用だ?」


 傭兵姿の俺たちに驚きを隠さずに、門番が誰何して来た。


「我らはカドハチ商会に雇われた護衛の者だ」


「ああ、カドハチのところか。

通って良いぞ」


 なんとあっさり通してもらえてしまった。

しかも身分証の提示も求めず、保証金も入街税も取られなかった。


「上手く行きすぎではないか?」


「かもな。エール王国からの間者ならば、むしろ歓迎するということかもしれない」


 その歓迎には2つの意味があった。

1つは囮として機能させるために、あえて敵を受け入れて歓迎するということ。

もう1つは見捨てたアーケランドに対する恨みで歓迎するということだった。


「とりあえずは、このままカドハチ商会まで行く。

後は傭兵らしく娼婦を買いに行けばよい」


「やっと目的たっせいか!」


 赤Tだけが、この状況を理解出来ずに能天気だった。

大通りを直進し、角に大店が見えて来た。

そここそがカドハチ商会の本店だ。


「どちら様で?」


 カドハチの店に入ると、手代のケールが訝し気な顔をして寄って来た。

予定にない傭兵風の戦士4人が訪問したのだ。

戸惑って当然だろう。


「商会長はいるか?

俺だ」


 俺はケールの前で一瞬変装の魔導具を解除した。


「これはこれは……。

どうぞ奥へ」


 ケールはカドハチ便で何度も温泉拠点に来ていたので、俺の顔を知っていた。

店に客が居ないのを良いことに、俺は魔導具を解除して顔を見せたのだ。


 ケールに案内されて俺たちは奥の応接室に通された。

乗って来た馬はケールが手配して裏の厩舎に連れていかれた。


「ここならば魔導具を解除して良いぞ」


「いや、俺はこのままで良い」


「じゃあ俺も」


「それがしはカドハチ殿とさしで話したい故、解除させてもらおう」


 俺が魔導具を解除し、皆にも解除を促すと、リュウヤと赤Tは解除を拒み、サダヒサのみが解除した。

それぞれ思う所があるのだろう。


 そして、赤Tが掌を上にして俺の方に指し出して来た。

にっこにこの表情である。


「なんだそれは?」


「ここに用事があるのは転校生とサダヒサだけじゃん。

そんなら俺たちは娼館に行く!」


 どうやら金の無心らしい。

後で一緒に行って払おうと思っていたが、よくよく考えたら、俺は娼館には近付かない方が良い。

払うと言ってあったわけだし、ここで渡してしまおうか。


「しょうがないな」


 俺はアイテムボックスから金貨を20枚ずつ、リュウヤと赤Tに渡した。

安い娼婦ならば身請け出来てしまう金額だが、赤Tのことだ、この金で高級店に行くことだろう。

赤Tの魔族化を回避出来るならば、それもまたよし。

リュウヤも魔族化の危険性があることだし、存分に遊んで来て欲しい。


「俺も後で行くからな!」


 どうやらサダヒサも好きらしい。

リュウヤと赤Tは席を立つとそそくさと娼館に向かった。


 ◇


「これはこれは貴方様でしたか。

ご無沙汰して申し訳ございません」


 そこにカドハチが慌てた素振りでやって来た。

俺の訪問に驚いている様子だ。

その謝罪はカドハチ便が不通になったことに対してだろう。


 そしてカドハチが俺を貴方様と呼んだのにも訳がある。

実はカドハチは俺の名を知らない。

ずっと謎の貴族として接して来たからだ。

だが、いつまでもそうは言っていられない。

ことに、これからカドハチには俺たちに協力してくれと頼むのだ。

ここはきちんと名乗るべきだろう。


「これからはミウラカシマと呼んでくれ」


 俺はカドハチに初めて名を名乗った。

鹿島大樹カシマヒロキそれが俺の本名だ。

そして御浦ミウラが例の女紋の出所の家名だ。

それを合わせてミウラカシマ。そう名乗ることに決めた。

ヒロキ・ミウラカシマだ。


「やはりミウラの出か!」


 どうやらサダヒサには俺の家名に心当たりがあるようだ。


「ヒロキ・ミウラカシマ様ですね」


 カドハチがそう口にして俺は驚きを隠せなかった。

ヒロキとは名乗っていなかったからだ。


「失礼しました。

荷馬車で訪問した際に、ヒロキ様というお名前は耳にしておりました」


 ああ、そういうことか。

女子たちは俺を転校生と呼ぶが、嫁たちは俺をヒロキと呼んでいたからな。

それを聞かれていたか。

温泉拠点のセキュリティ、案外ザルだったな。

まあ、嫁たちもカドハチには気を許していたということだろう。


「カドハチ、この街はどうなっている?」


 俺はカドハチに協力を仰ぐ前に、まずこの街の現状を問い質すことにした。

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