第367話 隠れ家

 女子が発見し、俺たちが手を入れて整備した温泉拠点は、薔薇咲メグ先生の隠れ家の1つだった。

農業国の隠れ家にアーケランドの手が迫って来たため、そこから逃げるように転移して来た先生は、その変わり様に驚きの声を隠せなかった。

ちなみにアーケランドと接するここに来たのは、魔の森の中心で人が寄り付かないからだったそうだ。

俺たちが道を作ったために人が来るようになってしまったのは申し訳ない。


「さすがに数十年も放置しておいたものだが、この温泉には愛着もあるでの。

隅っこで良いから仕事部屋を建てさせてくれぬか?」


 薔薇咲メグ先生は、自分の隠れ家であったにも関わらず、俺たちに間借りさせてくれと頼んで来た。

こういった場合の所有権とか、この世界ではどうなのかわからないが、「返せ」と言われても仕方ない状況だと思う。

まあ、現状俺たちが武力制圧しているに等しい感じだからかもしれないが、ここは許可しないという選択肢は皆無だろう。


「ならば、お詫びとして、こちらで仕事部屋をご用意いたしましょう」


 それぐらいしないと、何だか横取りしたみたいで寝覚めが悪くなりそうだ。

元々、先生を保護したいなんて烏滸がましいことを言っていたのだ。

住居を用意するなんて、当初の予定通りだし、何も問題は無い。


「良かったー」


「また1から建て直しだと思ってました」


 アシスタントの女性2人が泣きそうな顔から安堵の表情になる。

どうやら、ここのようなほぼ放棄されて朽ちた隠れ家では、アシスタントの方が家を建てなければならなかったようだ。


「お主ら、助かったな」


 薔薇咲メグ先生も仕事部屋建築を快く受け容れてくれた。

おそらく、俺たちがここを占有したことを気にしないようにしてくれたのだろう。

まあ、温泉が湧いていて露天の湯舟がある程度しか残ってない遺跡だったんだけどね。

そんな廃墟からここまでにする苦労を理解してくれたのだろう。


 仕事部屋兼住居を建てる場所を決めると、ゴラムたちに土魔法で家を建ててもらう。

それは屋敷と違って、初期に住んでいた平屋建ての建物と同じ感じとなった。

石の壁と屋根、そして内側に板張りをしたあの家だ。


「まさか、こんなに早く建つとは思わなかったぞ」


 薔薇咲メグ先生が、特別に作った制作スタジオに机や漫画道具を出しながら喜んでくれた。


「先生、直ぐに次回作の作業に入れますね」


 そう言ったのはアシスタントのシモーヌ喜多川さん。

なんと先代勇者の1人だった。

王女が知っていた、絵が上手いという薔薇咲メグ先生の特徴に偶然一致していたあの女性だ。

それもそのはず、彼女は漫画家の卵として趣味で同人作家をしていたらしい。


「「シモーヌ喜多川先生!!」」


 腐ーちゃんと瞳美ちゃんが食いつくぐらいには有名人らしい。

それでも薔薇咲メグ先生と比べたら、壁と中央ぐらい差があるんだとか。

俺にはその意味がよくわからないが。


 もう1人のアシスタントは、ミレーヌさん。

シモーヌにミレーヌ、2人とも「ーヌ」で紛らわしいけど、まあ区別はできそうだ。

彼女は薔薇咲メグ先生が現地で採用したメイドさんだったが、絵に興味を持って修行し、今では重要な戦力なのだそうだ。

いまでも食事などの家事はミレーヌさんの担当だとか。


「おぬし、それは紙か!」


 先生が、俺たちが使っている連絡用のメモ用紙にくいついた。

この後のための連絡事項をメモで回していたのだ。

これはカドハチ商会に売れる物がないかと日本の知識で作ったものだが、結構売れたため、領民に量産してもらっているうちの産業の1つだ。

和紙というより西洋紙に近い、厚みが均等な紙を製造している。


「はい、うちの領地の産業として製造してます」


「まさか、カドハチ商会が販売しているものか!」


 どうやら先生は、カドハチ商会を知っているようだ。


「そうです。カドハチに卸していました。

今はアーケランドと断交状態なので、売り先が無いんですよ」


「それを売ってくれぬか。あれは良い紙じゃ。

いや、漫画原稿用紙は作れるか?」


「漫画原稿用紙?」


 俺にはそれがどんなものか理解出来ていなかった。

いや、漫画用の原稿用紙だとはわかるよ?

でもそれがどのような特性を持っているかは知らないということ。


「わかりました。ご用意いたします」


 瞳美ちゃんが横から了承する。

どうやら、漫画原稿用紙というものが解るらしい。

それに製法なんかも瞳美ちゃんの現代知識とここの現地知識でどうにかなるのだろう。


「じゃあ、そこは瞳美ちゃんにお任せね。

必要な器具なんかは俺かアンドレバスケ部女子に頼むと良いよ」


 金属製品ならば俺、木工ならばアンドレに任せられる。


「はいはい、引っ越し祝いにお食事を用意しましたよ」


 先生たちを屋敷のリビングに連れて行くと、結衣と麗が食事を運んで来た。

後ろからは綾やベルばらコンビも皿を運んでいる。


「「和食(か)!」」


 そこには薔薇咲メグ先生とシモーヌ喜多川先生が何年も口にしていない和食が並べられる。

定番のから揚げなどの他に目につくのは魚料理だ。

まさか、こんな内陸で海の魚の刺身や寿司が出て来るとは思わなかっただろう。

それはたまご召喚で手に入るマグロや鯛に似た魚で、ここで養殖しているものだ。

あ、それはこの前手に入るようになったノドグロ似の魚ね。


「こんなものが食えるなんて、お主たち、良い生活をしておるな!」


 どうやら薔薇咲メグ先生の滞在は一時的なものではなくなりそうだ。

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