第366話 使い魔

 書店の店主に教えてもらった方法は、所謂通信手段だった。


「これを火にくべると使いが来るという事で良いんだね?」


 街の広場の一角に移動した俺たちは、小さな焚火を作って、そこに書店の店主から分けてもらった粉をくべた。


なーお


 すると、その匂いに誘われたのか、猫が現れた。


「可愛い猫ちゃんだー。こっちおいで」


 思わずしゃがんで猫を撫でようとする結衣。


「待て、この猫おかしいぞ!」


 俺の目には、その猫が纏う魔力がオーラのように見えていた。

この世界では猫が愛玩動物ではなく魔物である可能性がある。

地球でも野生種の猫がいるし、野良猫でも安易に手を出すと危ないしね。


「なんだお前さん、見えるのか」


 突然、猫が言葉を発した。

やはりただの猫ではない。


「あなたは?」


「私は本の作者だ。知っていて呼んだのであろう?」


「薔薇咲メグ先生、まさか猫になっているなんて!」


 いや、瞳美ちゃん、それは違うと思うぞ。

たぶん、使い魔だ。


「ほう、私の地球でのペンネームを知っているとは、召喚者か」


「やはり先生なのですね」


「いや、この猫は私の使い魔だ。

本来ならば、本屋との取引に使うものだ。

召喚者のよしみで聞いてやるが、このような使い方をされては困るのだ」


「先生、先代勇者のアレックスはご存知ですか?」


 俺がそう訊ねると、一瞬先生は言葉に詰まったようだ。

しばらく間が空いて話しはじめる。


「また古い・・知り合いの名が出て来たものだ。

先代勇者? あいつは100年前に討たれた魔王だろうに」


 100年前?

ということは薔薇咲メグ先生も100年前から生きている?

そういや、以前手に入れた薄い本が古書の雰囲気を醸し出していたな。

あれは数十年物だって話だったが、まさに100年生きていて出版し続けていたならば、薄い本がそうなっていても不思議ではない。


 え? だとすると、王女が知っていた絵が上手い人って誰?

たまたま条件に合致した別人がいたのか?

ここは先代勇者の絵が上手い人と先生が同じ人なのかを確認しなければ。


「まさか、先生は100年も生きておられるのですか?」


 俺がそう質問すると、使い魔の猫が俺をじっと見つめて来た。


「お主、闇落ちの危険は知っているのだな?」


 唐突な闇落ちの話だったが、どうやら先生は俺を見て何かを感じたようだ。


「はい、一応知っています。

いまは癒しを得て踏みとどまっております」


「そうか、ならば良い。

闇落ちすると魔族化することは知っているな?

私は半魔と化したために長く生きておる」


 そして、猫は腐ーちゃんを見た。


「そちらの彼女も……大丈夫そうか」


「先生のおかげです」


「そうか、それは良かった」


 猫はうんうんと満足げに頷いていた。

俺には意味が解らなかったが、腐ーちゃんと先生の間には何か通じるものがあったようだ。


「アレックスは同期の勇者だったが、闇落ちして魔王と化した。

そして次代の勇者に討たれたのだ」


 100年前に魔王として討たれたのに俺たちの先代勇者とはどういうことだ?


「ちょっと待ってください。

アレックスは、いま先代勇者としてアーケランドにいます。

そして勇者召喚の儀を行なおうとしているのです」


「そうであったか。先代勇者などとおかしなことを言うと思っておったわ。

やつめ、転生の魔法を使いおったな」


 転生だって?

まさか、先代勇者の召還に転生して紛れ込んだということか?


「先生、あなたの身が狙われています」


 腐ーちゃんが、先生の身を案じて危機を訴える。


「4人目の適合者としてか」


「はい。なので私たちの元へと来ていただこうかと」


 腐ーちゃんが、俺たちの温泉拠点に先生を誘う。


「不要だ。私は転移が使える。

隠れ家を移動すれば済むことだ」


 どうやら薔薇咲メグ先生は隠れ家を複数持っているらしい。

そこを転移で移動すればアレックスの魔の手を避けられるということのようだ。

俺たちの温泉拠点に誘ったのは、先生にとっては親切のごり押しだったらしい。

むしろ王女を手元に置いている俺たちの傍よりも、先生の隠れ家の方が安全なのかもしれない。


「余計なお節介を焼いてしまい申し訳ありません」


「なに、私を心配してのことであろう。

久しぶりに同郷人と話せて楽しかったぞ」


「薔薇咲メグ先生、新作楽しみにしています」


「私の寿命は長いぞ。いつまで新作が続くか追って来れるかな?」


 最後は先生の寿命ジョークで閉められた。

これならば、先生の身も安心できるだろう。


 まさか、先代勇者アレックスが、はるか過去の召還勇者が魔王となり、倒された時に転生したものだったなんて。

薔薇咲メグ先生も半魔になりながら、寿命が伸びたことを良いことに執筆活動を続けていたなんてな。

さすがに半魔となってしまっては、地球に戻ることなど考えなかったのだろうな。


 そして、闇落ちから踏みとどまっている俺も将来は半魔か魔族なのだろう。

あの先生の口ぶりからすると腐ーちゃんもそうか。

もう俺たちは地球には帰れない身体なのかもしれないな。


 ◇


 そして、俺たちは温泉拠点に帰って来た。

薔薇咲メグ先生は、俺たちが関わらなくても逃げる事が出来る実力の持ち主だった。

俺たちごときが心配することではない。


「ほう、ここがヒロキ殿の拠点であるか」


 なぜかサダヒサが付いて来ていた。

おかげで陸路で移動することになったぞ。

アーケランドの国境砦がエール王国の支配下にあったため、街道が使えたのだ。


 いろいろ見せられないところがあるのに面倒なことになった。


「なんだこれは!」


 その時、温泉の方で声が上がった。

まさかこの声は……。

俺たちが慌てて温泉に向かうと、まさかのその人がいた。


「もしや、薔薇咲メグ先生?」


 そこには30代に見える半魔の女性が立ちすくんでいた。

アシスタントと思われる女性2人を引き連れて。

そういや、ここって元々朽ちた温泉施設が存在していたっけ。


「お主たち、ここに住んでいたのか!」


「はい。いろいろと手を加えさせていただいてます」


「これではもう、私の隠れ家とはいえぬぞ」


 どうやら温泉拠点の場所は薔薇咲メグ先生の隠れ家の1つだったようだ。

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