第360話 隣国の教会に行く2

 隣国の街へと転移で向かうことは、キバシさんを通じて隣国エール王国へと報告を入れておいた。

腐ーちゃんがエール王国から発行された特別身分証を人数分――リュウヤたちの分はない――を受け取っていたため、それを示せば街へもフリーパスだということだった。

しかし、今回訪問するのは、腐ーちゃんが申請した温泉拠点のメンバーだけではない。

クロエと遠隔召喚の要の不二子さんの身分証が無かった。

だが、使用人の同行などを想定し、特別身分証を所持している者には身分証無しの同行者の存在が認められていた。

まあ、集団の主の身分が保証されていれば、その使用人に関しては特に問題がないのがこの世界だ。

使用人の不始末は主の責任。それさえ守られれば問題がないのだ。


「これは竜車を使うなりして体裁を整えた方が良さそうだな」


 ひっぽくんならば、眷属召喚で呼び寄せられるし、引く馬車もアイテムボックスに入れれば良い。

オールドリッチ伯爵からもらった返礼品の豪華な箱馬車もある。

ちなみに、この車両を馬車と呼ぶが、引くのが走竜ならば竜車、走鳥ならば鳥車、総称として獣車と呼ぶ。

当然馬が引けばそのまま馬車だ。

あれならば特別身分証を見せてもつり合いが取れるだろう。

王家発行の特別身分証を徒歩の冒険者風の者たちが持ってるなんて、それこそ疑われてしまうことだろう。


「それじゃあ、不二子さんの遠隔召喚で行くよ?」


 俺含めて7人が不二子さんに纏わり付く。

眷属の遠隔召喚の便乗は、対象眷属の何処かを触っていれば問題ないことが判明している。

ちなみに不二子さんになったのは、不二子さんも買い物に行きたいとゴネたからだ。

コンコンはその争いの初期に脱落済みだ。


「遠隔召喚、不二子さん、隣国エール王国国境の街の前」


 魔法陣が足元からせり上がって来て、俺たちは隣国エール王国の国境の街へと転移していた。


「御者席に2人、中に6人だからね?」


 ひっぽくんを召喚し、アイテムボックスから箱馬車を出して繋げると、全員で乗車した。

御者は紗希とクロエが担当する。

2人が全鎧姿なので、見栄えがするというのが理由だ。


「ねえ、このままで遠隔召喚出来なかったの?」


 裁縫女子が、何気なく呟いた指摘に、俺は衝撃を受けた。

付属物として箱馬車が認定されれば、ひっぽくんを遠隔召喚するだけで中身ごと転移出来るかもしれないのだ。


「それは検証してみる価値があるな。

ただ、安全のために、最初は動物実験からだな」


 人を乗せてぶっつけ本番はさすがに出来ない。

だが、これが出来れば後々便利になるのは間違いない。


 そんな話をしつつ、ひっぽくんの竜車が隣国エール王国の国境の街まで辿り着いた。

そこは国境の街であるために、周囲を堅牢な城壁で囲まれていた。

その入り口として街道に繋がる大きな門があった。


「街のお約束で入門には質疑応答があるようね」


 まあ当然と言えば当然だろう。

俺たちは門の前に連なる列の最後尾に竜車をつけた。


「そちらの竜車のお方、どうぞこちらへ!」


 俺たちが商人の馬車の後ろに並んでいると、衛兵が慌ててやって来た。


「そうか、これ立派な貴族馬車だったわ」


 ひっぽくんが引いているのは黒塗りに金で描かれた紋章の入った箱馬車だ。

そんな立派な貴族馬車を見て、衛兵が慌てて誘導しに来たようだ。

貴族ならば専用の優先列があるのだ。


「身分証はお持ちでしょうか?」


「これを」


 紗希が特別身分証を出す。


「! どうぞお通りください」


 衛兵が最敬礼で通してくれた。

国王が直々に発行してくれた特別身分証の威力は凄かったようだ。

箱馬車の中を一切見ることもなく街へと入れてもらえてしまった。


 何やら衛兵が詰め所に報告に入ると、そこから騎馬が慌てて出て行った。

どうやら上に報告するらしい。

隣国所属では無いが、もしかすると所属勇者と同じ扱いを受けているのかもしれない。


「使えたね」


「それもとびっきりの効果があったね」


「まあ、揉めるより良いんじゃないかな?」


「そうね」


 俺たちは、あまりのことに呆気にとられてしまった。


「さて、何処か竜車を止められる厩舎のある宿を探さないと……」


 そう周囲を見回していると、見覚えのある看板が目についた。


「カドハチ商会? いや、カドロクって書いてあるのか?」


 まるでバッタモンのカドハチ商会のような店がそこにはあった。

俺たちは思わず竜車を止めて見入ってしまった。


「カドハチを知っているのですか?」


 その声を拾ったのか、店から店主っぽい身形の男が出て来た。


「ああ、カドハチには良くしてもらっている」


「その紋章、まさか保養地のお貴族様?」


 店主が箱馬車の紋章を見て目を見開く。

そういや、実家の家紋を貴族の紋章として箱馬車に描いてもらっていたな。

実家と言ってもクソ親父の方ではなく、母方の実家、しかも女紋の方だ。


「なんだ、カドハチとは知り合いか?

その貴族で合ってる」


 俺の回答に男は心底驚いたような顔をした。


「カドハチからは文をもらって存じ上げておりました。

私はカドハチの兄でカドロクという商会を営んでおります」


 商人はカドハチの兄だった。

こんな偶然があるのか。


「カドハチはお金を預かっておきながら、商売が出来ないと嘆いておりました。

そのお金、私共が立て替えさせていただきます。

どうか、こちらで存分にお買い物ください」


 なんと、資金繰りが厳しかったところを、カドハチの兄カドロクが立て替えてくれると言う。

これは渡りに船だ。

カドロクも後でカドハチからお金を貰えば良いのだ。

まさにWIN-WIN、これは有難い申し出だ。

カドロクの店も竜車の駐車が出来るつくりだし有難い。


「これはぜひ利用させてもらおう」


「歓迎いたします。

おい、ご案内しろ!」


「へーい」


 丁稚が現れて、ひっぽくんを裏の駐車場へと誘導しはじめた。

カドハチとの縁がこんなところで生きた。

俺はこの異世界での確かな絆を感じ、生きている実感を得ていた。

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