第299話 隣国への使者

 魔物の知性にも種類や個体により大きな差がある。

不二子さんやコンコン、キラトのように人語を理解し流暢に話すタイプ、クモクモやGKのように人語を理解するが話せないタイプ、魔法トカゲやカメレオンのように簡単な指示しか理解出来ず話せないタイプだ。


 そんなカメレオンのような知性の低いタイプとは念話で概念のやりとりをすることでコミュニケーションをとっている。

こちらの命令は文章ではなく漠然とした概念で伝わっているのだ。

では、なぜ一方通行のTV電話が使えるのかと言うと、それは【念話】と【視覚共有】をカメレオンに使わせているだけだからだ。

【念話】を相手側――例えばせっちんが要求すると、俺に『ノック』が伝わる。

俺が【念話】と【視覚共有】を一方的に繋げると、カメレオンは『繋がった』という合図をジェスチャーで伝える。

そしてその目と耳の情報を俺に送って来るという仕組みだ。

【念話】と【視覚共有】は眷属との間に成立する魔法的なスキルと言っても過言ではない。

虫やカメレオンの特殊な視覚や聴覚の情報でも、魔法的に補正されて人が見やすい映像や音声に返還して伝わってくる。

虫の複眼、カメレオンの360度に近い視界が伝わって来ても困るだろう。

カメレオンの場合は俺の意志でVRのように見たい方向を見られるという感じだろうか。

尤もカメレオンもいつも360度を見ているわけではなく、一つの方向に視線が集中することもある。

そこらへんで視界に制限がかかることもあるのだ。


 そんなTV電話が一方通行なのは不便なので、カメレオンにこちらの情報を伝えさせようとしたことがある。

簡単なジェスチャーには成功した。

しかし、簡単なものだけであり、複雑な文章を伝えることは出来なかった。

では、文字表などを使って一つ一つ文字を指定するのはどうかと思ったが、カメレオンは文字を理解していなかった。

文字がわからなければ、座標にして指示すれば良いかと思った。

何行目の何段目という感じだ。

だが、カメレオンは数字がわからなかった。

ジェスチャーでイエス/ノーが伝わるだけマシだったのだ。


 それならば通信用にもっと頭の良い魔物をということになったわけだが、どうせなら話せる魔物を派遣すれば、面倒なことを全て端折ることが出来るというわけなのだ。

文字や数字を理解出来る魔物を派遣しても、話せなければこっくりさんやモールス信号などの手間をかけなければならないのだ。


「【たまごショップ】で会話できるタイプの課金が出て来たら買って良いよね?」


「しかたないわね。必要ならば許します」


「いつもありがとうな」


 俺は家庭に給料の全てを入れて奥さんに管理してもらうことに忌避感のないタイプだ。

これはクソ親父が自分で給料を管理していて、俺と母さんの家にはその一部しか入れていなかったことへの反動かもしれない。

2つ家庭を持っていたんだから、そうなるのは必然だったのだろうが、俺はそれに反発してオープンにしたいのかもしれないな。


 シャインシルクによって莫大な富を得たと言っても、それを湯水のごとく使ってしまうことを誰かに止めてもらえるのは有難いと思っている。

別に1日1コインで仕事をさせられて、奥さんだけが3千円のランチを食べているという虐待状態ではないのだ。

結衣も麗も使うべきところにはドーンとお金を出してくれる奥さんなのだ。


 自分へのご褒美でブランドバッグを買われていても問題ない。

いや、この世界、日用品を作る職人さんの商品は安くなる傾向がある。

お洒落な革製のバッグでもそんなに高くないのだ。

宝石や貴金属も魔物からドロップするし、贅沢品は武器防具や本などの知財、そして希少な素材製の商品になるのだろうか。


 話が逸れたが、通信問題は【たまごショップ】のラインナップ待ちで良いな。


 残った直近の課題は、隣国エール王国に親書が届いていない問題だろう。

まさか赤Tがやらかしているとは思っていなかった。

昆虫魔物がただの移動手段なので安全なことと、俺たちが温泉拠点で暮らしていて、隣国とは友好関係を結びたいと思っていることを伝えて欲しかった。

更に今は王国アーケランド王国と険悪な状態のため、共通の敵を持つ隣国と軍事的な協力も相談したい。


「これは誰かを使者として隣国に行かせないとだめかな」


 いま、王国と隣国の国境は一触即発の険悪な状態であり、国境砦を通過しての入国は不可能だろう。

かといって虫移動で行くとまた魔法攻撃されかねない。

いや、今ならばせっちんと貴坊が王都で国境には居ないから迎撃されないのか?


 いや、むしろ王国側の勇者に見つかると面倒か。

ある程度の戦闘能力が無いと王国の勇者に迎撃されかねないぞ。

青Tでさえ危なかったのだ。

俺が行くべきかもしれないが、そうすると王国に攻められた時に不在になりかねないから困る。


「強くて頼りになって隣国への使者になる適任者って誰だろうね」


「さちぽよか腐ーちゃん?」


 確かに2人とも強いな。

だが、さちぽよは王様にため口ききそうで怖いな。

となると、やるときはやる、口調もケースバイケースで改められる腐ーちゃんが適任か。

猫被ってるときは腐女子だとはわからないからな。


 だが、腐ーちゃんでもロンゲクラスの勇者が来ると危ない。

金属バット、パシリ、アマコーの複数相手だと更に危険か。


「腐ーちゃんに使者になってもらおう。

結衣、護衛にラキを貸してやってくれ。

さらに飛竜と翼竜で国境を強行突破させる」


「ラキが付いてれば大丈夫よね?」


「竜種3匹だ。なんとかなると信じよう」


 善は急げだ。腐ーちゃんを説得して使者になってもらおう。


「なるほど、うけたまわろうではないか」


 事情を説明すると腐ーちゃんが二つ返事で受諾してくれた。


「親書はこれね。

こちらの事情とエール王国との友好関係、そして対アーケランド王国での協力関係を結びたいことが記されている。

あくまでも独立国として振舞って欲しい」


「承知した」


「護衛がラキだけですまない。

アーケランド王国がいつどう出て来るかわからないんだ。

王国の勇者が出て来たら中止して逃げてくれて良いからね。

ラキに言って念話を飛ばしてくれれば助けに行くよ」


「そうならずに順調に行くことを期待するでござるよ」


 こうして腐ーちゃんが隣国エール王国への使者として飛び立った。

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