第218話 再交渉

Side:侯爵家メルヴィン


「姉上は、なんてことをしてくれたのだ」


 第3軍を主に構成していたのが、ジャスパーが当主だった分家で陪臣である男爵家だったとはいえ、それは立派な侯爵軍の一員であり、勝手なことをしてもらっては困るのだ。

それもこれも未だ爵位の相続を認められていない、仮の当主である自分の求心力の無さ故なのだろう。

ジャスパーの男爵位は国から得た爵位ではなく、侯爵家が自らの陪臣に与えることのできる爵位であり、王国男爵とは意味が違う。

侯爵家あっての男爵家であり、頭を越えて勝手を出来る立場ではない。

そもそも第3軍はジャスパーの私兵ではないのだ。


「この要求が我が侯爵家の総意であり、停戦する気などないと言ったも同じであろう」


 せっかく無駄な戦いを終えたと思ったのに、また火種を撒かれて巻き込まれることになるとは自分自身も思っていなかった。


「姉上の行動力をなめていた」


 ブリアナがジャスパーを討たれたと聞いて、直ぐに行動を起こしていたなど、自分は気付いていなかった。

侯爵領で執務しながら、魔の森の現場を把握することは、情報伝達の遅延も有り、自分には不可能だった。

情報が伝わって来た時には、既に事が進んだ後だったのだ。


「捕虜は全員処刑、戦争は継続ということだな?

下手すると、謎の貴族の本国を巻き込む事態か……」


 私は頭を抱えるしかなかった。


「バーリスモンド男爵家は断絶、姉上には蟄居してもらう」


 そう決めたは良いが、それが現場に届くまでには、また事態が進展してしまいかねなかった。


「ロイドでは姉上を抑え込めなかったか……」


 ロイド将軍にとって姉上ブリアナはジャスパーの母というよりも、侯爵ゴドウィンの娘という認識だろう。

それがロイドであっても委縮させる結果となっている。

そして、身代金を払うのが、最終的には男爵家となることが災いした。

払う立場の人間が、交渉の場に行ってゴネる。

そこに侯爵家として支払うという言質がなかったために、姉上の言は優先されることになった。

そんな事態になっていると侯爵家こちらに報告が上がるまでに、事は進んでしまったのだ。


「ロイドならば、攻撃を受けても反撃しないという思慮はあるか……。

せっかく終わった戦争だ。このまま停戦に持ち込みたい。

賠償金の倍増を打診しろ。姉上の蟄居も強制的に完了させるのだ」


 ◇


Side:転校生


 間にカドハチ商会とオールドリッチ伯爵家を入れたおかげか、侯爵家とのやりとりに時間がかかったことが幸いした。

こちらが動く前に、事は終わっていた。

あの横やりを入れて来たジャスパーの母ブリアナは、侯爵家により責任を取らされて蟄居することになった。

そのブリアナ子飼いの勢力だった男爵家も取り潰され、これ以上の狼藉は不可能になったようだ。


 新しい侯爵は、賠償金を倍増すると言っていたらしい。

捕虜は殺害したと伝えたからには身代金はゼロだ。

ゼロの倍はゼロ。どうする気なのかと思ったら、捕虜殺害はこちらのブラフだと見抜いていたらしい。

むしろ、捕虜殺害を招いたという失態によりブリアナを蟄居させる口実となったことを感謝されたという。

実際は殺してないと解っているからこそのものだが、もし本当に殺していたらどうするつもりだったのだろうか。


 だが、結果的には、こちらは捕虜も返せるし、賠償金も倍増で得られる。

侯爵家も目の上のたんこぶのブリアナを処分でき、捕虜も戻って来る。

まあ、余計な横やりが無ければもっと簡単に終わっていたのだが、終わり良ければ全て良しというところだろうか。

何より、こちらには人的被害が一切無かった。

今後の安全と使える執事、あとお金を手に入れたと思えば、こちらの得にしかなっていないかもしれない。


『森』『入口』『赤い』『勇者』『来た』


 ホーホーから念話が届く。

俺はすぐさまホーホーと視覚共有をした。

すると、当の「赤い」「勇者」の声が聞こえて来た。


『エルモンドが討たれたというのはここか!』


 それは赤い鎧に赤いマントを翻し、大剣を装備した全身真っ赤な騎士だった。


『赤の勇者様、お待ちください!

まず王家に行動許可をとっていただきたい!』


『ええい、我が友が討たれたというのに、何を悠長な!』


『ですから、侯爵家との諍いがやっと収まったところなのです。

侯爵家による青の勇者様の戦線投入も問題視されております。

赤の勇者様までとなると、これ以上は王家の許可が必要となります!』


 何やら従者の騎士が必死に引き留めているようだ。

それにしても赤の勇者か……こいつヤンキー2こと赤Tに間違いないな。

あの、俺に何度も絡んで来た面倒くさい奴じゃないか。

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