第216話 戦後交渉

 侯爵軍が撤退した。

呆れたことに、騎士たちが逃げる際に兵たちを蹴散らして無用な被害者を出していた。

しかも、負傷者を救助せずに置き去りにする始末だった。

せっかく被害が少なくなるように侯爵だけを討つ作戦にしたのに、思った以上に死傷者が出てしまった。

攻めて来るならばまだしも、逃げる者たちに死んでもらおうとは俺たちは思っていなかった。


「木は避ける癖に、なぜ人を避けないんだ?

負傷者が多い。このままじゃ、野良の魔物に喰われるぞ」


 俺は彼らに死んで欲しくなかったので、GKの配下を使って数カ所に集めて見守らせることにした。

さすがに個々にバラケていたのでは見守るにも隙が出来る。

GKの配下がその纏う恐怖で負傷者を気絶させ、数カ所に集めることで見守らせることが出来た。

負傷者にはハッチを使って回復薬をかけてまわった。

どうせその回復薬は第3軍の輜重隊から奪った補給物資の中にあったものだ。

全回復までは行かないが、死なないだけで良かったので、それを使う分には惜しくはなかった。


 残念ながら時すでに遅く亡くなっている者もいた。

それらも野良の魔物に荒らされないように纏めておいた。


 ◇


 ホーホーの偵察により、侯爵軍の総司令官が復職したことがわかった。

あのオールドリッチ伯爵と呼応して進軍をわざと遅らせてくれた人物だ。

それもあって、なるべく侯爵軍の兵を殺さないようにと努力したのだ。


 彼は侯爵が軍の指揮を取りに現れて罷免されていたものの、そのまま密かに同行してディンチェスターの街まで来ていたのだ。

そのため速やかに原隊に復帰することができ、直ぐに行動を起こしていた。


 彼により救助隊が編成され森の中に入って来た。

魔の森に入るということは、それだけで損害が出かねないのに、傷ついた仲間を見捨てない、仲間の命を大切にする良い上官のようだ。

俺は野良の魔物に彼らの仕事を邪魔されないようにとGKに指示することになった。

このまま侯爵家とは相互不干渉となってくれるのが理想だが、捕虜のこともあり、交渉しないわけにはいかないだろう。

その交渉相手には、この総司令官がなってくれたら有難い。


 ◇


 魔の森が障壁となってくれているため、簡単な監視のみという警戒態勢で10日ほどが経った。

その間、カドハチ便は正常運行に戻り、それにより2日遅れぐらいで情報が入って来るようになった。


「侯爵家より、捕虜引き取りの交渉に入りたいとの伝言を承りました」


 カドハチ商会手代のケールが侯爵家のメッセージを伝えて来た。

さて、どうしたものか。


「お互いに相手の勢力圏には行きたくないよな」


 まあ、負けた方が来るのが道理だろうが、俺もそこまで鬼ではない。

魔の森で多大な被害を出した侯爵家に、その魔の森を越えて何度も交渉に来いとは言い難い。

もしかすると、侯爵家側は負けたのは魔の森の魔物にであって、俺たちに負けたわけではないと思っているかもしれない。

そう思えるように誘導していたわけで、そこは仕方ないが……。


「顔を合わせるならば、勝手を知っているモーリスあたりがこちらに来るのが良いか」


 さすがに、総司令官を呼ぶわけにはいかないよな。


「予備交渉は、私共とオールドリッチ伯爵家が間に入って行いましょう」


 予備交渉といっても、それで大方の決着はついているものだ。

侯爵家は捕虜を返してもらいたい。

俺たちは厄介者の捕虜を手放したい。

幾ばくかのお金をやりとりすることで、それを実現する口実とするわけだ。

その金額交渉が予備交渉だと言ってもよい。


「任せる」


 交渉といっても、この世界の仕来りも捕虜引き取りの身代金的な賠償額の相場も俺たちは知らないからな。

瞳美ちゃんの知識も本からだけなので、その本の発行年代が古いと、どうしても情報が古くなってしまう。

特に相場が変動する金額に関しては、全く参考にならないのだ。

偽貴族でそんな知識に疎い俺たちだから、カドハチ商会と伯爵家が間に入ってくれるなら助かる。


「捕虜の名簿をいただき、それを元に賠償額身代金を算出いたしましょう」


「それはモーリスが準備させているはずだ」


 俺はメイドを呼んで、収容所から名簿を取って来てもらった。


「これで頼む」


「承知しました」


 これで手打ちとなり、平和が訪れれば良いが。

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