第215話 後始末

Side:ロイド将軍


 メルヴィン様より、侯爵軍総司令への復職命令が出され、私は原隊に復帰した。

侯爵閣下が亡くなったため、メルヴィン様が侯爵家の実権を掌握したということのようだ。

私が敗走した軍と合流し、そこで目にしたのは悲惨な状況だった。

私が指揮していた時の士官たちは閑職に追いやられ、侯爵閣下に媚び諂うような者たちにすり替わっていた。


「おい、お前、部下の総数は把握しているのか?」


「いや、その……」


「ええい、もう良い。お前らはクビだ!」


 おかしいと思ったのだ。

これだけ混乱している中で、戦死者が侯爵閣下を含めて10人弱・・・・だというのだから。

よくよく考えれば解かるはずだ。

10人弱ならば、正確な人数を言えるだろうということが。


「お前らは10まで数えられないとでも言うのか!?」


 つまり、その報告はまともなものでは無いということだ。

俺は集団の中からかつての腹心の部下を見つけ出した。


「カール! 私が戻った!

お前たちは現職復帰だ。隊を掌握し、被害人数を算出し報告しろ。

輜重隊は救護所を設置し、回復薬を使え!

負傷者名簿を作成しろ!」


 この混乱の中、部隊を集合させる手はないか?


「そうだ、食事を配るときに部隊毎に並ばせろ!

並ばなければ食い物を渡すな!

食べたければ部隊毎に並べ!」


 私の命令に輜重隊が素早く従う。

彼らの指揮命令系統には、間抜けどもが侵食していなかったのだ。

祖父と孫そろって輜重隊の重要さが解っていなかったということだろうな。


「第2軍、第1歩兵連隊、負傷者5人、行方不明者13人」


「第1軍、第1弓兵隊、負傷者2人、行方不明者4人」


 復帰した士官たちが次々に報告を上げて来た。

思った通り、報告に乗っていない行方不明者が多数いた。

それは負傷し魔の森に取り残されたか、死んだか、逃げたかのどれかだ。

農民兵は、逃げたとしても食い物がある隊に戻って来るだろう。

逃げて戻らないという連中は、自分たちが逃げるために兵に手をかけたとか、それなりの理由を抱えている奴らだろう。

そんな奴らが被害者たちの数を報告するわけがないのだ。


「ざっと見て全体の1割、200人強が行方不明ということだな?」


「はい、兵の証言によれば、騎士隊の一部が逃げる兵を蹴散らして逃亡したそうです。

負傷者の一部は森に置き去りにされているもようです」


 戦死者の数を確定させなければならない。

逃げた騎士や負傷者を置き去りにさせた士官は、後できつく処分してやろう。

だいたいの面子は頭に浮かぶわ。


「負傷者の捜索救助隊を編成する。

護送用の馬車と救護魔導士を向かわせろ。

充分な護衛と回復薬も共にな」


 魔の森で怪我をして放置されることは、そのまま死を意味する。

魔物の餌となってしまうからだ。

当然遺体も魔物が処理してしまう。

そうなると、明確な戦死者と逃亡者は区別がつかなくなってしまう。

全員が戦時行方不明となって、一緒に戦死扱いとなるのだ。

助けられる者は助けたいところだ。


 ◇


 夜になり捜索は打ち切られた。

これ以上の捜索は、救助隊の方に被害者が出てしまうからだ。

いや、昼間であっても、この魔境は危険極まりない場所のはずだった。

それが何事もなく捜索出来たことには、何等かの意図を感じざるを得ない。

一定間隔で負傷者と死者が集められていたという報告も受けた。

いったい誰がそのようなことをしたというのだろうか?

負傷者たちが自ら動いたわけではないのだ。


 この魔境には、悪意ある侵入者はとことん拒絶するが、侵さなければ生かして帰すという意志を感じざるを得ない。

実際、商人の荷馬車は数少ない護衛のみで、この魔境を行き来しているという。

負傷者と救助隊も生かされたのではないだろうか?


「死者86、負傷者122、行方不明者40を確認しました」


 行方不明者には、私が原隊復帰してからの行方不明者も含んでいる。

侯爵閣下に媚び諂い、閣下が討たれた後の逃走時に重大な被害を齎した連中が含まれているのだ。

騎士として身分のある身であっても、戦時に行方不明となれば死んだと見做され身分を失う。

まあ、子供でもいれば家督を継ぐことはできる。

しかし、本人は帰る家を失うことになる。

その結末を理解していながら逃げたのだ。それなりの悪事を働いているのだろう。


「全く、この負傷者122人がそのまま魔の森に呑まれて亡くなっているところだったわ」


 それでも126人を失った。

ほぼ戦わずして失うにはあまりにも大きな被害だった。

メルヴィン様も現場を知らぬから、被害の過少申告には気付けなかったのだろう。



 第3軍副官のバージルが生きていたと知ったのは、その後だった。

彼から齎された魔の森の危険度を訴えた警告は、侯爵閣下が握り潰していたようだ。

そして第3軍の騎士と兵196人が捕虜として生きていることが判明した。

第3軍は輜重隊300人も全員が生きていた。

第3軍1000名のうち半数が生きていたことになる。

いや、むしろ半数の500人も死んだとみるべきだろうか。

バカジャスパーのせいで多大な被害が出てしまった。


「それにしても、例の他国貴族の処遇は……。

いや、ドラゴンも触れなけれ触らぬ神にばブレスも吹かぬ祟りなしか」


 こうして侯爵軍の他国貴族討伐は多大な被害を出したうえ、何の成果も無く終結した。

捕虜を引き取るために、賠償金の支払いが必要となるだろう。

メルヴィン様も胃が痛いことだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る