第214話 メルヴィン=バーリスモンド(長男)

Side:バーリスモンド侯爵家


「父上が亡くなっただと!」


 私の元に父ゴドウィン=バーリスモンド侯爵が亡くなったという一報が入った。

我が侯爵家にとって、ここ最近の激動の数々は想定外のものであった。

この件は、既に侯爵家から廃嫡されていたユルゲンが魔境と呼ばれる森で亡くなったという報告があったことが始まりだった。

魔法証明書付きの証言もあり、ただの魔物災害であったと、普通ならばそこで幕引きとなる案件だった。

どうしてこうなった。


 ◇


「おのれ、ユルゲンは謀殺されたに違いない!」


 私にとって叔父にあたるユルゲンは、侯爵家を貶める唾棄すべき存在だったが、父にとっては可愛い弟という認識だったようだ。

父とユルゲンは年が離れていたせいか駄目な子ほど可愛いと言うところか、ユルゲンは父に可愛がられていた。

だが、私にとってユルゲンは、年齢の近いゲスないじめっ子という認識しかなかった。

ユルゲンは、その性格故についに祖父にまで見捨てられ、早々に廃嫡されるような人物であった。

だが、祖父が亡くなり父が家督を継いだことで、ユルゲンは侯爵家に出戻って来た。

ユルゲンは父の推挙でオールドリッチ伯爵家の家令に収まったが、そこでも問題を起こし続けたと聞き及んでいる。

あんな人物を押し付けられたオールドリッチ伯爵家は災難だったことだろう。


「黒狼隊を派遣しろ。この件に関わった者は皆殺しだ!」


 そんなユルゲンのために父は暗殺部隊を派遣することを決定した。

ターゲットは、どこぞの国の貴族だったらしいが、襲撃は失敗し黒狼隊は返り討ちにあった。

その際、オールドリッチ伯爵家の配下と商人殺害の証拠を残すこととなった、


「あの無能どもめ、失敗したあげく我が侯爵家の名に泥を塗りおって!」


 この件が王家の知るところとなり、暗殺部隊の表の顔が侯爵家の騎士隊だったため、大問題となった。

オールドリッチ伯爵家は、我が侯爵家の派閥だったが、とうとう堪忍袋の緒が切れ、敵対的な態度をとるようになってしまった。

オールドリッチ伯爵領は隣の領地であり、経済的な繋がりも少なからずあった。

いや、一部の産品によっては我が領が依存しているぐらいだった。

その関係を壊してくれて、次期当主として内政をほぼ丸投げされていた私がどれだけ苦労したことか。


「我が侯爵家の名において、不埒な他国貴族を成敗する!

これは我が侯爵家を愚弄した制裁である!」


 しかし、父はオールドリッチ伯爵や他国貴族に謝罪するどころか、この件を他国貴族による仕業であり、侯爵家によるものという証言は捏造であると突っぱねた。

捏造であるとしたからには、侯爵家はその矜持を守るたみに立たねばならない。

領民を徴兵し3千人の侯爵軍を編成し、魔境の森だか魔の森だかいう森の先にある貴族の保養地に向け派兵することとなってしまった。

この派兵にどれだけの予算が必要なのか、内政に関わっていない父は知らないのだろう。

その装備や食料、その他経費はタダではないのだ。

ユルゲンのために我が侯爵家がここまでする必要などなかったのにだ。

祖父が生きていたら、こうはならなかっただろう。


 ◇


「ジャスパーが、ジャスパーが!

メルヴィン、あなたいったい何をしていたのです!」


 ジャスパーの母であるブリアナ姉上が怒鳴り込んで来た。

いや、そのジャスパーがやらかしたおかげで我が侯爵家は王家からお叱りを受けていたのだよ。

父はその対応を全て私に丸投げし、自ら陣頭指揮をするために出て行った。

王家がもう少しきつく咎めてくれていれば軍を戻す口実になっただろうに。


「姉上、ジャスパーが何をし、その暴走で我が侯爵家がどれだけの被害を受けたのかご存知か?」


「そんなの知るわけないでしょう!」


「ジャスパーはオールドリッチ伯爵領で略奪と婦女暴行を行った。

王家からもお叱りを受け、賠償金を払うことになったのだぞ」


「でも、ジャスパーが、ジャスパーが死んでしまったのよ!」


 それはジャスパーの自業自得だ。

姉上が奴を増長させてしまったのが原因だ。

うちの子が女ばかり3人だったために、私の後を継ぐのはジャスパーだと奴にずっと吹き込んでいたのは姉上だ。

だが、私の側室が男子を産んだ。奴の継承順位はその下になったのだ。

それでも姉上の甘やかしは治まらず、奴はあんな我儘に育ったのだ。


「知らん! この戦いは父が始めたものだ。

文句は父に言え!

しかも青の勇者を失うなど、王家にどのように報告すれば良いのか……」


 今回、ジャスパーが亡くなったのも、勝手に第3軍だけで早や掛けし、自滅した結果だ。

魔の森を甘く見て、魔物によって大半の兵を減らしたあげく、現状把握も出来ずに撤退せず、他国貴族に討たれたのだ。

しかも王家より派遣され、客人となっていた青の勇者を投入して失うなど頭の痛いことだ。


 副官だったバージルの証言で、いかに奴が無能だったかが浮き彫りとなった。

なお、第3軍は200名あまりが捕虜となっているそうだ。

他国の貴族様は寛容な方のようで、兵を殺さないように動かれて捕虜とし、好待遇を与えてくれているという。

私は、この戦いは無益、むしろ侯爵家を傾ける無謀なものだと思っている。

だが、全ての決定権を持つ当主である父ゴドウィンが止まらない。

私は頭を抱えていた。


 ◇


「御当主、討ち死に! 侯爵閣下が亡くなられました!」


 そこに父ゴドウィン討ち死にの報告が上がって来たのだ。

しかも兵により何重にも守られた中心にいて魔物に襲撃されたのだという。

2千の兵が守る中、父だけを狙う判断力と容易く討つだけの能力が魔境の森の魔物にはあるのだ。

そこには何もいなかったはずだった。

しかし、一瞬のうちに空中から巨大な魔物が降って来て、箱馬車を潰し破壊の限りを尽くし、そして消えたのだそうだ。

信じ難いことだが、事実だという。

その姿に徴兵された農民兵ならいざ知らず、騎士までもが恐怖にかられて我先に逃げ出した。

その結果、侯爵軍2千は父を含む10人弱の被害だけで済んだ。

これを僥倖と言うべきなのだろうか。

私に侯爵家当主の座が転がり込んで来たおかげで、無駄な戦いを終わらせることが出来そうだった。


「ロイド将軍を復権させろ!

派遣軍は撤退。例の他国の貴族ならびに魔の森には二度と手を出すな」


 これだけの被害を受けて引けば、腰抜けの誹りを受けるだろう。

だが、侯爵家にとってそれが正しいことであれば、そんな誹りは私が甘んじて受けよう。

それが我が侯爵領にとっての最善であればそれで構わない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る