第213話 戦果確認
温泉拠点まで戻って来て、やっと一息つくことが出来た。
退避中は周囲からの不意の攻撃に気を配る必要があり、侯爵を仕留められたかどうかを確認する暇がなかった。
さすがに敵のド真ん中に投入したT-REXと視覚共有して、侯爵の安否を確認するなど状況が許すものでは無かったのだ。
想像して欲しい。周囲は全て敵、それも侯爵を救出しようと四方八方から迫って来る。
それに対処しなければならないT-REXが潰れた箱馬車の中を探し確認する暇があっただろうか?
追加被害を与えるために、箱馬車を踏みつぶし続けるしかなかったはずだ。
T-REXには俺たちが退避するまでの時間稼ぎをしてもらった。
そのため、眷属召喚で温泉拠点に戻した時には、T-REXはそれなりの負傷をしていた。
それでも硬い皮膚は防御力を発揮し、重大な傷は負っていなかった。
「T-REXありがとうな」
俺はいざという時のためにカドハチ商会から手に入れていた上級回復薬をT-REXに使うことにした。
魔物に回復薬を使うと逆効果ということもあるそうだが、それは魔の要素の強い魔物であり、T-REXのような元々強力な生物が魔物のカテゴリーに入れられたような場合ではその限りではなかった。
上級回復薬を使うとT-REXは青い光に包まれ、みるみる傷が治って行った。
良かった。酷い怪我が無くて。
「転校生、やったか?」
このパターン、アニメやラノベでは侯爵が生きてましたってなるんだよな。
この場合だと奇跡的に箱馬車の部材の隙間に嵌っていてたとか、魔法のような奇跡で緊急シャッターが下りて助かったとか、実は最初から影武者で本人は安全な場所にいたとか、可能性は否定出来ない。
「今からホーホーと視覚共有して調べてみるよ」
俺が眷属と視覚共有できることは既に女子たちにも伝えていた。
だが、温泉でいろいろ見えていたことは絶対に知られてはならなかった。
そのため、視覚共有出来るようになったのは、最近になってからだと言ってある。
それから女子は温泉に眷属を連れて行くことが無くなった。
不意うちがなくなったので、ある意味助かっている。
けっして見たかったわけではないのだ。
だって、今はいつでも……なんでもない。
ホーホーと視覚共有すると、侯爵軍の騎士や兵士はT-REXが突然消えたことに困惑しながらも、潰れた箱馬車の部材を必死に剥がそうとしていた。
その慌てぶりは、その下に侯爵が埋まっていることを想像させた。
その傍らでは、T-REXに果敢に挑み倒れて行った者たちの遺体が森の中へと運ばれていく。
『閣下を発見しましたーーーっ!』
侯爵を捜索していた兵士が叫ぶ。
ホーホーが【隠密】スキルで気配を消しながら、その様子が見える場所へと移動する。
そこには、戦場には似つかわない豪華な貴族服を着た人物の潰れた遺体があった。
これでは侯爵かどうかもわからなかった。
いや、顔が確認出来たとしても、俺は侯爵の顔を知らなかったんだった。
遺体が発見されても本人確認が出来ない。
『閣っ下ーーーーーーーーーーっ!!!』
一際豪華な鎧を身に着けた騎士が駆け寄ると膝から頽れて慟哭の叫びをあげた。
これが演技ということはないだろう。
これで侯爵が生きてたらアカデミー賞ものの演技だ。
いや、こんな誰も見ていない――ホーホーを介して見てるなんて気付かれてない――はずの現場で演技をする必要がそもそも無い。
ついにこの戦いの元凶である侯爵を討ったのだ。
あとは侯爵軍の撤退を促すだけか。
「GKと配下は四方から恐怖を巻き散らして兵を追い立てろ。
モドキン、こちら側から道を進み、侯爵軍を森から追い出せ!」
GKたちが放つ恐怖は兵たちのSAN値をガリガリと削り、我先にと逃亡させた。
1人が逃亡すると、堰を切ったかのように雪崩を打って逃亡が始まった。
そして、進軍しようとしていた先からは巨大なドラゴンが迫ってくるのが遠目で見えていることだろう。
モドキンは見た目だけは恐ろしいドラゴンだからな。
『撤退! 撤退だ!』
現場レベルで撤退命令が出る。
侯爵が討たれたことを知らない者たちも、その撤退命令を復唱しては撤退して行く。
侯爵という最高指揮官を失った侯爵軍2千は、ここに敗走した。
厭戦気分が蔓延し、誰も侯爵の仇討ちをしようなんて思わなかった。
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