第212話 ターゲットは侯爵

 進軍速度が速まったとはいえ、侯爵領から魔の森の街道側入口までの移動にはそれなりに距離があり日数がかかっていた。

侯爵軍第1軍第2軍の2000名は、バーリスモンド侯爵自らの指揮の元、補給重視で輜重隊を置き去りにせずに進軍したからだ。

侯爵は孫のジャスパーがオールドリッチ伯爵領で略奪行為を行ったと国王陛下からお叱りを受けていた。

その賠償金を払うことになったが、それよりもジャスパーが討たれたという事実の方が侯爵にとっては重要だった。

孫の死。何としてでも仇を討たなければならない。

ユルゲンの時よりも、その気持ちは桁違いに強い。

侯爵は逸る気持ちを抑えて軍を進めていた。


 そんな様子を俺はカドハチ便が持ってくる定期報告で逐一把握に努めていた。

まるで見て来たかのような報告書に思わずうなる。


「バーリスモンド侯爵は戦い馴れているのか?

補給の重要性は熟知しているようだが?」


 それに答えられる人物はここには……居た。

セバスチャンこと青Tが侯爵家に客分として派遣されていたのだ。


「侯爵は普段は気の良い老人、しかし一度怒らせると火が付いて手に負えなくなるという、激情型の人物です。

相手を最後まで追い込まないと気が済まない性質で、若い頃は何度も先頭に立って戦っていたそうです」


「うわ、武闘派なんだ。

だから負けたと聞いても、逆に燃え上がってるのかな」


「火に油を注いだ状態でしょう」


 やっかいな人物だった。

その弟のユルゲンをGKと配下たちが、孫であるジャスパーをT-REXがパクっと行ってるので、これはどう説得しても止まらないだろう。


 ◇


 そしてついに、魔の森の街道側入口に侯爵軍が到着した。

カドハチ便は戻れなくなることを見越して、既に隣国への輸出を装って街道の先へと西進していた。

それを執事の青Tことセバスチャンが接触しに行くのだ。

チョコ丸で移動し、物資をアイテムボックスに収納して戻る。

そこで情報も受け取っている。


 侯爵が指揮をしていると判った時点で、作戦を変更しモドキンには眷属召喚で戻ってもらった。

初期の作戦では、モドキンが脅して森の道への侵入を拒み時間を稼いでいれば、王様により侯爵が叱られて折れると思われていた。

バーリスモンド伯爵もそういう見方だった。


 しかし、侯爵自ら攻めて来たとなると、逆に森へと誘い込んで、隊列を長く伸ばさせることで侯爵を叩くという作戦に変更した。

入口で侯爵軍の行く手を阻んでしまったら、後方にいるだろう侯爵は、街道の遥か東で身動き出来なくなってしまうからだ。


「野良の魔物は仕方ないが、GKの配下は手を出すなよ」


 魔物の攻撃が全く無いとなると、誘い込みがバレる。

なので野良の魔物には好きにさせる。

幸い巨大ムカデは、モドキンのおかげで入口付近から巣を変えた。

モドキンの見かけは巨大ムカデまでもがビビるものだったのだ。

モドキンは偽ドラゴン(違う)だから、喧嘩にならなくて良かったよ。


 ホーホーに様子を探らせ、侯爵が森の道へと入って来るのを待つ。


『魔物への対処完了。

第3軍が大被害を受けたのは何かの間違いでは?』


『いや、第3軍が身をもって魔物を減らしてくれたのだろう。

我らが一緒に戦っていれば、全滅することもなかったはずだ』


『おい、それは第3軍の指揮官批判になるぞ!』


『ああ! 聞かなかったことにしてくれ』


 ホーホーと視覚共有して、兵たちの様子を伺う。

どうやら、誘い込まれたとは思っていないようだ。

野良の魔物が良い仕事をしている。


 侯爵軍は道だけでなく、周辺の森にまで兵を広げ進軍して来ていた。

それは侯爵を中心に置き、完璧に安全を確保しようという布陣だった。

中心に配置された侯爵を襲おうとすれば、必ず周囲に配置された兵に見つかる。

まるで空母機動部隊の輪形陣だ。


「そろそろか?」


 俺と紗希は、カブトンとクワタンに抱えられ、侯爵軍の上を移動していた。

この世界、空を飛ぶ魔物に対処することはあっても、戦で空を飛んで来る者がいるとは思ってもいない。

俺たちが世界初の航空攻撃の実施者となる。


 厳重に守られた隊列の中心に一際豪華な箱馬車が居た。

勘違いしてはいけない。

俺たちが飛び込んで侯爵を処分するのではない。

それでも侯爵を討つことは出来るかもしれないが、その後がよくない。

逃げられずに周囲の騎士たちに襲われてしまうからだ。

何も好き好んで死地に向かう必要は無い。

紗希を連れて来たのも、万が一の時の護衛にすぎない。


 俺は箱馬車を見定めて、T-REXを投入した。

T-REX爆弾投下だ。


「眷属召喚、T-REX!」


 T-REXは、箱馬車の上に現れると、その巨体と体重で侯爵の乗った箱馬車を潰した。

箱馬車の周囲を守っていた騎士たちが呆気にとられる。

そして状況を把握し、恐怖と侯爵の現状を認識したことで叫びをあげた。


「侯爵様ーーーーーーーーーーっ!」


 皆の目がT-REXに集中するなか、俺たちは素早く反転し温泉拠点へと戻る。

今頃T-REX爆弾が盛大に爆発大暴れしていることだろう。

今は侯爵を確実に仕留められたかの確認は出来ない。

俺たちは速やかにここを脱出する必要があるからだ。

カブトンとクワタンに抱えられた俺たちが飛んで行く下方には未だに大量の侯爵軍兵士がいるのだ

見つかって矢を射かけられたら面倒だった。


 騎士の叫びにより、周囲の兵の意識は侯爵の箱馬車とT-REXに向いていて、俺たちには気付いていないようだ。

騎士や兵たちは慌てて中心の侯爵を助けに向かっていた。

しかし、既に侯爵はT-REXが殺害した後だろう。

これで停戦となれば良いが、侯爵亡き後、誰が指揮を執るのだろうか。

そろそろT-REXには拠点へと戻ってもらおうか。

充分に仕事は行えたことだろう。

俺は温泉拠点に位置指定して、T-REXを眷属召喚で撤退させた。

この作戦の成果は後でしっかり確認しよう。

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