第194話 奴隷

お知らせ

 本日、193話が短いため2話公開です。

前話があります。

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 会談を終えモーリス隊長が応接室から出て行った。

彼には申し訳ないが、女子たちが買い物が終わるまでは防犯上外には出せない。

女子たちと一緒にカドハチの露天でも見てもらっておこう。


 モーリス隊長との会談で、俺が誰かやんごとなき御方と勘違いされていることが判明した。

それにより、俺たちは守られている反面、新たな火種を抱えてしまっていたようだ。

そう判断した根拠を教えて欲しいところだが、その身分こそが俺たちの立場を守っているからには、明確に否定できないのが困ったところだ。


 そして、侯爵軍が攻めてくることが確定した。

俺がGKを使ってユルゲンを暗殺したのが発端なので、これは仕方がない。

しかし、俺たちを陥れて皆殺しにしようとしたユルゲンが悪いのだ。

戦うと言うのならば、容赦はしない。


 しかし、戦争となると、俺たちの方の人手が足りなすぎる。

個々に眷属による護衛を付けられても、大人数による物量攻撃は手に余るというのが本音だ。

森の魔物で削れるとしても、防壁全てを見張ることは物理的に不可能だった。

そのためには、やはり奴隷を手に入れて戦力に……いや人数的なカバーをしてもらうべきだろう。


 俺は、モーリス隊長が出て行った応接室の外扉から第一の門内側広場に出た。

そして、カドハチ商会の手代であるケールに話しかけた。

モーリス隊長が聞き耳を立てているが仕方がない。


「頼みたいことがある」


「これはご当主様、なんなりとお申し付けください」


「下働きと、戦闘用の奴隷が欲しい。

見張りが出来ればかまわないので、欠損があっても良い」


 マドンナの祈りで部位欠損や病気も治るから状態はどうでも良いのだ。


「人数はどの程度で?」


「50人ほどだな」


「傷病奴隷もで良いのですね?」


 ケールが念押しする。

ああ、これは死んでも構わない奴隷かと訊いているのだな。

傷病奴隷など、消耗品と見ていると思われているのかもしれない。

俺は治して使うつもりだが、侯爵軍との戦いで命を落とす奴隷が出るのは覚悟しなければならないだろう。

その点で消耗品と言われても仕方ないのかもしれない。


「ああ、構わん」


 人の命の価値が軽い世界、俺もこの世界に来て、悪人とはいえ人を殺めて、随分とドライに考えられるようになったものだ。

身内や仲間の命のためならば、他の命は軽く考えられるようになるとは、これは世界への適応なのだろうか?

なんだか、心が壊れて行っている気がする。

女子たちの我儘や奇行も、そんな状況に振り回された結果なのかもしれない。


 ◇


 5日後、カドハチ便が大量の幌馬車とともにやって来た。

おそらく馬車が6台はやって来ただろうか。

全て第一の門内側広場に入れて、塀の上から臨検した。

さすがに騎士3人で見て回るのでは、50人はいるであろう奴隷は脅威となる。

接近せずに全員を馬車から降ろし、キラービーにより幌馬車の中を検めた。


「そいつらが奴隷か」


「左様でございます」


 俺は久しぶりに【人物鑑定】スキルを使用した。

奴隷ならば、職業欄が奴隷になっているからだ。

例えば職業が戦士の者が奴隷になると、職業:奴隷(戦士)といった感じになる。

全員が奴隷となっていることを確認した。


「御者も奴隷だったのか。60人いるな」


「申し訳ございません。御者の奴隷は売り物ではございません」


 そうか、馬車には帰りも御者が必要だからな。


「しかし、御者台にも1人乗せておりましたので、全部で55人になります」


 馬車の中に10人御者台に1人で、馬車1台で11人、馬車5台で55人ということか。


「よし、全員買おう。預け払いで足りるか?」


「この千倍納入しても充分足りております」


 まあ、シャインシルクの代金がプールしてあるのだ。

それぐらいは余裕なのだろう。

そして、俺は気付いていたあることをケールに訊ねた。


「その幌馬車に残した武器防具は、こいつらのものなのだろう?

わざわざ脱がしたのか?」


「さすがご当主様、お気付きでしたか。

武器防具を付けたままですと、我らがお貴族様を攻めに来たように見えてしまいます故、脱がせてから降ろしました」


 さすが、カドハチ商会。そこまで気配りをしたか。


「その武器防具も買えってことだろう?」


「お察しのとおりでございます」


 俺たちが奴隷を戦力として使おうとしていると判断し、武器防具も売ろうと用意して来るとは、さすがカドハチ商会だ。

防具など、中古だろうと体形に合わせて手を入れなければならないのだ。

それが全員に合っているということは、間違いなく売れるとの判断だろう。


「わかった。買おう。

奴隷契約を済ませた者から装備させてくれ」


 奴隷契約は、奴隷の首輪に俺の血を吸わせることで主と認識するものだった。

奴隷の首輪は魔道具で、これにより俺に逆らうことは出来ない仕様だという。

55人分……。結構な血の量だったぞ。



「それでは、追加注文はいつでも承りますので。

本日も毎度有難うございました」


 露天の商品も奴隷に必要な備品を用意してあった。

それを一通り売りさばき、カドハチ便は帰っていった。

実は、ここからが本番だった。


「マドンナ、傷病者の治療を頼む」


「わかりましたわ」


 マドンナが全員に向けて祈る。

すると部位欠損どころか死の病まで治ってしまった。

あいかわらずのチート治療魔法だ。

もしかして死人も生き返るのか?


「女神様だ!」


 両足を失い生きる希望も失っていた戦士がマドンナの前に跪き手を合わせる。


「命を救っていただいた。

俺は女神様にこの命捧げるぞ!」


「どうせ肉盾にされると思っていたが、まさか治療していただけるなんて……」


 どうやら、奴隷たちは戦わされて死ぬ運命だと思っていたらしい。

部位欠損治療など、死んでいく奴隷にするものではない。

それだけのことをしてもらったならばと、生きる希望が湧いて来たようだ。


「我が貴族家は、奴隷を消耗品とするつもりはない。

わざわざ治療したものを死なせてなるものか。

生きて存分に働いてもらいたい。

まずは食事を用意した。腹いっぱい食べろ」


 こうして俺たちには55人の配下が出来た。


「ハルルン!」


 さちぽよが突然叫んだ。

奴隷たちの中にハルルンを見つけたらしい。

俺はヤンキーチームとは疎遠だったので、ハルルンの顔を覚えてなくて存在に気付けなかった。

マドンナも全体に祈りを捧げたため、個々の顔までは把握していなかった。

ヤンキーチームで友達だったさちぽよだけが、その存在に気付いたのだ。


 だが、ハルルンはその声に反応することはなかった。

ハルルンの心は王国に壊されていたのだ。

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