第192話 二重門

 カドハチ便1台と領兵隊の獣車2台がやって来た。

カドハチ便の御者は手代のケール、そして護衛の冒険者が3人付き添っていた。

相変わらず護衛が少ないが、これが荷を積載した荷馬車に乗れる最大人数であり、これ以上護衛を増やすならば別の馬車を帯同させなければならなかった。

冒険者を歩かせるという方法もあるが、それだとカドハチ便の速度が失われ、安定的な配送が不可能になる。

カドハチ便は俺たちが道の安全を確保しているからこそ、この森を少人数の護衛で通って来ることが出来た。


 だが、俺が更なる攻撃から皆の身を守るために、森に魔物を放ってしまった。

それにより今回のような事故が発生してしまったのだ。

特に道の使用は制限しておらず、事故さえ無ければ、温泉拠点を廻る壁の外までは来られたはずだった。


 かといって、カドハチ便ならば無条件で信用するというわけではない。

俺たちは冒険者が盗賊に豹変するという事例は既に経験済みなのだ。

侯爵家の騎士もカドハチ便に偽装して侵入して来ていた。

そのため、カドハチ商会の者で二重にした壁の中に入れるのは、顔を知っているケールだけということにした。


 領兵隊の獣車2台にはモーリス隊長と領兵が20名ほど乗っていた。

領軍としては小人数ではあるが、壁の中まで侵入されれば、俺たちに充分危害を加えられる数だといえよう。

何をしに来たのかは不明だが、モーリス隊長のみを中に入れることにした。

ただし、外にある応接室までだ。


「門を開けますが、我々の指示が無いうちは中に入らないでください」


 アンドレバスケ部女子サキサッカー部女子が門の中から武器を構えて指示を出した。

俺たちの弱点は人数が少ないことだ。

こんな攻撃されかねない矢面に立つ危険な仕事につけるのが、ベルばらコンビと紗希の3人だけなのだ。

さちぽよも居るには居るが、領兵には召喚勇者と知られている可能性があり、変装の魔道具が使えるようになるまでは表に出すことが出来なかった。


 今回はオスカルバレー部女子が外に出ていたため、必然的にアンドレと紗希が担当ということになった。

今回は紗希がテイマーであることは知られていたので、眷属のシルバーウルフとキラービーも同行している。


 そろそろ下働きや護衛を雇うべきかもしれない。

秘密厳守だから、選択肢は奴隷しかないだろう。

カドハチ商会からも奴隷を買わないかと言われている。

奴隷契約をすればカドハチ便で連れて来られた奴隷でも問題はないだろう。

だが、あの襲撃事件によって、大人数を連れて来られるのは恐怖だった。

それらが豹変して攻撃して来る危険は常に付き纏うことになるからだ。

となると奴隷購入は正体を隠して奴隷商に行くのが良いだろう。

そういや、ヤンキーチームのさゆゆとハルルンが奴隷に売られたらしいから、彼女たちの情報を得るためにも奴隷商には一度行くべきだな。

そのためには変装して自由に動けないと困るので、変装の魔道具の完成を急がなければならない。


 カドハチ便と領兵隊の獣車に睨みを利かせつつ、サキが第一の門を開けた。

そして、まず地竜の獣車を中に入れ第一の門を閉ざした。

壁の中には地竜の獣車しかいない。


「オスカル、中を検める!」


 いくらオスカルが御者をしているとはいえ、貴族馬車の中に敵が潜んでいる可能性がある。

瞳美ちゃんを人質にすれば、そのようなことも容易なのだ。

俺たちは、そこまで慎重にならざるを得ない苦い経験をしたということだ。


「ヒトミ、開けろ!」


 サキが瞳美ちゃんに扉を開けるように要求した。

けして自分で開けるようなことはしない。

それこそが隙となり、開けたとたんに危害を加えられるなんてことも有り得るからだ。

そして、中にいるはずの瞳ちゃんを動かせば、人質だとすれば救出の可能性も上がるのだ。


「開けるよ」


 瞳美ちゃんが貴族馬車の中から扉を開ける。


「よし、降りろ」


 そしてアンドレが瞳美ちゃんを素早く自分の後ろに隠す。

キラービーが飛んで来て貴族馬車の中に入ると中を検める。

キラービーからの念話を受け、アンドレが頷く。


「クリア!」


 これで地竜の獣車の安全は確認された。

ちなみに、オスカルと瞳美ちゃんが本物であることは、外に帰って来ている眷属の山猫とシルバーウルフで確認が取れている。

変装の魔道具が存在するからには、本人確認も重要になって来るのだ。


 ここまでして、やっと第二の門を開き、地竜の獣車は屋敷の敷地内へと入れることが出来るのだ。

瞳美ちゃんを乗せ、地竜の獣車が第二の門を潜る。

そして第二の門を閉め終わると、次にサキはモーリス隊長に声をかけた。


「モーリス隊長、門を開けますが、武装せずにお一人でお越しください」


「了解した」


 厳しい措置だが、彼は戦士だ。単独での戦闘能力も脅威と成り得る。

モーリス隊長は、有難いことにこちらの指示に異を唱えることなく下がってくれた。


 人ひとり入れる隙間が開くと、アンドレとサキが武器を構えて警戒する中、モーリス隊長が身一つで第一の門を潜った。

そして素早く第一の門が閉められる。


「襲撃事件の後ですので、悪く思わないでくださいね」


 紗希がモーリス隊長の身体検査ボディーチェックをする。

きちんと股間まで探っていた。

男性も女性も何か隠すならば、探られにくい場所を選ぶものだ。

これも男性向けに男性奴隷を付けるべきか。

いや、恥ずかしくないならば、紗希にやってもらえば良いか。

ここに来て、性差を意識しない紗希の存在は有難かった。


 幸いにもモーリス隊長は、隠し武器の類は持ち合わせていないようだ。


「こちらへ」


 モーリス隊長は壁外応接室に通され、鍵が閉められた。

手が空くまでは軟禁状態である。


「カドハチ商会の荷馬車、ケールのみで入れ」


 冒険者を降ろし下げさせると、慎重に第一の門を開く。

そしてカドハチ商会の荷馬車が入ると直ぐに第一の門が閉められる。


「荷馬車の中を検める!」


 アンドレがそう言うと、キラービーが飛んで来て、荷馬車の幌の中へと入っていった。

そして、キラービーからの念話を受け、アンドレが頷く。


「クリア!」


「ウルウル、魔力阻害!」


 紗希がシルバーウルフのウルウルに命じると、ウルウルはケールに向けて「ワン」と一声鳴いた。

あの声には魔力を阻害する効果があり、変装の魔道具を使っていれば、一瞬にして剥がすことが出来るのだ。

その声を受けても、ケールの顔は変わらなかった。

俺たちは、そこまで警戒する必要性を、あの襲撃事件の経験で得ていたのだ。


「クリア」


「ケール殿、すみませんでした。

これで、この場での露天あきないを認めます」


「いいえ、さすがにあの襲撃の後では致し方ないかと。

むしろ、これで商品を安全に広げることが出来、感謝しかありません」


「そう言っていただけると助かります」


「主君、問題ありません!」


 サキが安全宣言を貴族家当主役の俺に寄越す。

ならば俺は貴族家当主として演じよう。


「よし、皆に買い物を認める。

アンドレとサキは外部応接室へ。

私もそこへ向かおう」


 俺の合図で第二の門が人ひとり通れるほど開いた。

そこから裁縫女子やマドンナ、腐ーちゃん、結衣も買い物に向かう。

全員が門を潜ると、第二の門は閉められた。

こうして、カドハチ商会の商売が始まった。


 ◇


「主君、入室可能です」


 アンドレとサキが外部応接室に入り安全を確保すると、俺に声がかかる。

客がいきなり俺に危害を加えないようにとの配慮だ。

内部のドアを開き、俺が中に入る。

このドアは門と同じ厚さの鋼鉄製だった。

それを魔道具の巻き上げ機で持ち上げている。

ただのドアだと、ここから侵入することが容易になってしまい、本末転倒となってしまうのだ。


「ご無沙汰しております」


 モーリス隊長が膝を付き俺に貴族に対する礼をとる。

俺は瞳美ちゃんから教わった貴族の仕草を思い出しながら、手を横に振り、姿勢を楽にするように促した。

モーリス隊長は直立し、俺が椅子に座って着座を促してから、斜めの位置の椅子に座った。

そして俺は首を傾げて、モーリス隊長の発言を促した。


「この度は、先の襲撃事件に関するご報告をお持ちいたしました」


 そのモーリス隊長の畏まった様子から、悪い知らせだろうと俺は直感した。

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