第191話 巨大ムカデを追い払う

「転校生くん、もうカドハチ便は届かないの?」


 リビングで寛ぐ俺にそう訊ねて来たのは瞳美ちゃんメガネ女子だった。


「そういえば最近カドハチ便がやって来ていないな」


 気付かなかったが、そういえばここ3日ほどカドハチの荷馬車を見かけていない。

あの襲撃事件が起きた後でもカドハチ便は毎日やって来ていたのに、いったいどうしたのだろうか?


 あれから、如何なる者であっても敷地内に入ることは遠慮してもらうことにしていた。

今までカドハチ商会の荷馬車は、敷地内に停車し、降ろした商品を広げて商売をしていたので、女子たちが衝動買いをして結構売り上げが良いようだった。

それが今は、襲撃の教訓で荷馬車を敷地内に入れることがなくなった。

敷地外ということは、常に魔物の脅威に晒されることになる。

魔物に遭遇した時に即撤退するためには、商品を並べてなどいられないのは道理だろう。

やはりそれが商売のしにくさを感じさせたのだろうか?


「頼んである本があったのに持って来てない!」


 どの世界でも荷物の遅配は客を苛立たせるようだ。

それも代金預け払いなので、持って来てもらえないと損をした気分になるのだろう。


「あまり儲からなくなったから、来る回数を減らしたのかもな」


 日本でも売り上げが悪くなれば、送料無料が有料に変更されてしまうなんてことがあった。

尤もうちの売り上げであれば、当然送料無料のボーダーラインは軽く超えているはずなのだが、経費の関係で3日後配送が5日後配送に伸びてしまっても不思議ではない。


「すぐ来るって言ってたから違う!」


 瞳美ちゃんがこんなに主張するなんて、いったいどんな本を頼んだのだろうか?

まあ、個人の小遣いの枠内ならば、何に使おうが詮索はしないが……。


「ならば事故か? あ」


 そこで、俺はある重大な事を思い出した。

現在、森へと魔物を放っていて、日々刻々と森は危険地帯となっていたことを。


『GK、道の安全確保は?』


 俺の問いにGKから『やってる』という概念が届いた。

となると道以外でイレギュラーな事態が発生しているのか。

GKの配下には単純な命令しか伝えられない。

道を守れという命令は出来ても、どう守るかは配下しだいとなる。

それが想定外の方法だったとしても、こちらからは干渉できないのだ。


 確か、森の街道入り口付近をホーホーが偵察中だったな。

ホーホーに確認させるか。


『ホーホー、カドハチ便を捜索してくれ』


 俺が命じると、ホーホーが森を飛びながら【探知】スキルを使って探してくれた。


『いた』『森』『入口』『3台』


 ホーホーの報告によると、どうやら森の入口で止まっているようだ。

3台ということは3日分の荷馬車が入口までは来ていたということか。


「視覚共有、ホーホー」


 俺はホーホーにその場へと飛んでもらって視覚共有をした。

これでカドハチ便の様子がわかるだろう。


『困ったな。まだ居るぞ』


『丁度、入口から入ってすぐの道の脇に陣取っているな』


 その会話を盗聴すると、何かが道の脇に居て通れないようだ。


『ホーホー、何がいる?』


『大きい』『ムカデ』


「あいつか!

瞳美ちゃん、どうやら巨大ムカデが出たようだ。

それで荷が止まっている」


 巨大ムカデが森の入り口に居座っていた。

こんなことなら密かに眷属化しておけば良かった。

なるほど、GKの配下はあの巨大ムカデによって道が安全だと判断しているのだな。

それって誰にとってだ?

どうやらGKの配下は、あの事件により人こそが危険であると判断しているようだ。

そのため、巨大ムカデがあそこに居れば、人が入って来ないから道は安全だと判断したということだろう。

巨大ムカデがいるのは偶然だろうが、それを追い払わないことこそが最良と判断したのだろう。


 GKの配下にそれを説明するのは大変だな。

たしかに人は危険なのだ。危険でない人と安全な人、それの判断材料である識別の魔道具が悪用され、無効になったばかりだ。

このまま侯爵軍を素通りさせるよりも、危険と判断してくれた方がマシかもしれない。

ここは、後で違う識別方法を考えるしかないな。

今回は誰かに迎えに行ってもらって、安全だと示そうか。


「誰か、巨大ムカデを追い払いに、ちょっと森の街道口まで行って来てくれないか?

地竜の獣車を使って良いぞ」


 女子たちには全員に護衛の眷属を譲渡あるいは貸してある。

その眷属にGKの配下も加われば、巨大ムカデぐらいならば追い払うことが出来るだろう。

そして、今回使ってもらうのは地竜の獣車だ。

地竜の存在が強力な魔物避けになるはずだ。

そして、これが罠だったとしても、その火の粉を振り払えるほどの戦闘力があるはずだ。

地竜が引く貴族馬車には魔道具により魔法防御や物理防御を加えてある。

御者台に座っていても、障壁が展開して身を守ってくれる手はずだ。

そしてその速度ならば半日で現場まで行けるだろう。


「行く! 本を持ってきたか訊きたい」


「いや、瞳美ちゃんは獣車を扱えないでしょ」


 でもまあ、魔法戦力として行ってもらうか。

眷属のシルバーウルフも戦えるしな。

それにしても、そこまでして必死になる本って何なのだろう。


「私が御者として同行しよう。

迷惑をかけた罪滅ぼしだ」


 御者役にバレー部女子オスカルが名乗り出た。

マドンナの治療と、守護する眷属――山猫ワイルドキャット――を得て、精神的なトラウマも克服できたようだ。


「わかった、2人に頼むよ」


 俺は2人の積極性に賭けた。

地竜、シルバーウルフ、ヤマネコ、これだけでも巨大ムカデを追い払えることだろう。


 ◇


 どうやらオスカルが現場に到着したようだ。

そこには領兵隊のモーリス隊長も隊の獣車で来ていた。

巨大ムカデは地竜の気配を察したようで、接近するだけで簡単に追い払うことが出来た。



『なら、付いて参れ』


 オスカルが先導し、荷馬車が森へと突入する。

どうやらカドハチ便は荷を纏めて1台で来るようだ。

地竜の獣車ならば今日中に帰って来れるだろうが、カドハチ便が一緒となると中継地で野営して明日の昼に到着だろう。


「それまでに、一つ歓迎の工夫をしておくか」


 俺は視覚共有を切ると、南門の外に広場を作り、そこを壁で覆った。

丁度そこに荷馬車を入れて露天を開けるようにしたのだ。

つまり荷馬車が入れる二重門とすることにしたわけだ。

その一角には、以前からある応接室が含まれている。

買い物に向かう者は、そこから出入りすることになる。

今はこれが安全上精いっぱいの歓迎だった。

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