第190話 森の異変

Side:モーリス

 我が当主――オールドリッチ伯爵――が言うには、例の貴族の正体と推測されるあの情報を国に上げてしまうと、国家間戦争に発展する懸念があるという。

いや、それこそあの襲撃に怒った例の貴族が本国に報告すれば、同じ結果となる可能性があるのではないだろうか?

さすがに、このまま例の貴族を怒らせたままでいるのはまずいだろう。

そのためには、バーリスモンド侯爵家に処罰が与えられ、二度と襲撃事件など起こさないでもらわなければならない。


 そんな事情を話すために森への入口までやって来た我々は、入口で困り果てている商隊に出くわした。

それはカドハチ商会の定期便であり、森に入ることが叶わずに、その場に留まっていた。

俺はカドハチ商会手代ケールの姿を見つけると歩み寄った。


「どうされたのだ? 何かあったのか?」


「これはモーリス隊長、ここはもう通れません」


 ケールが困惑顔でそう答えた。

最近この森は、魔境と呼ばれる危険な森とは見做されなくなっていた。

カドハチ商会の荷馬車などは、1日に1回保養地に荷が届くように、1日間隔で荷馬車が運航されていたぐらいに安全だった。

オーガ率いる魔物の群によるものか、例の貴族による魔物の間引き効果なのかは判らないが、その恩恵により護衛の冒険者を減らしての通行が行われていた。

そこを侯爵家の騎士隊に付け込まれたかたちだが、そんなイレギュラーな存在が居なければ、安全に通行出来るルートが完全に確立していた。


「ジャイアントセンチピードが出ました」


「なに!」


 ジャイアントセンチピード、それはジャイアントコックローチなみに畏れられている災害級魔物だった。

主君が仰っていたように、例の貴族が魔物の間引きをやめたということだろうか?

どうやら、この森は元の魔境に戻ってしまったようだ。


「これは私の推測でしかないのですが、我々を守る魔物が存在していると思うと辻褄が合うのです。

お貴族様の配下にテイマーがいらっしゃるのですが、その魔物こそ、そのお方が使役している魔物ではないかと思っております」


「なんと!」


 つまりジャイアントセンチピードは使役魔物として門番をしているということだろうか?

いや、それよりも、それが本当ならば厄介な事実となる……。


「私どもは、識別の魔導具を持たされた理由を垣間見たことがございます。

ある日、私どもの荷を奪おうと追って来た盗賊がおりました。

その盗賊が、私どもが通過した直ぐ後に魔物に襲われ全滅したのでございます。

しかし、その魔物は近くに居た私どもを襲おうとはしなかった。

まるで守られているという印象を持ちました」


 俺は、この話を聞いて、ある確信を得た。

やはり、あのユルゲンを殺したジャイアントコックローチも使役されていたのかと……。

いや、そもそもユルゲンが例の貴族を陥れようとしたのが始まりであり、俺も例の貴族が関与したのではと薄々気付いていたものの、その後のことを思えば飲み込むべきだと思ったのだ。

だが、魔物の使役という事実が公にされれば、侯爵家の復讐は正当なものであると判断されかねなかった。


「その話、他言無用だ。

例の貴族をこれ以上追い詰めれば戦争となる可能性がある」


 俺の戦争という言葉にケールが息をのんだ。


「しょ、承知いたしました」


「それにしても、識別の魔導具を持っていても、最早通しても貰えなくなったか……」


 魔物を使役し制御しているならば、それが例の貴族の意志表明ということだった。

これは、更なる攻撃を想定しているということであり、この魔境を第一の防壁とするならば、例え侯爵軍が千人の単位で攻めて来ても攻略は容易ではないだろう。


ガラガラガラガラ


 そこに馬車の音が近付いて来た。

その馬車には見覚えがあった。

貴族の使う箱馬車、つまり我が伯爵家が贈った貴族馬車だった。

しかし、その馬車を引くのは四つ足の地走竜と呼ばれる騎獣だった。


「皆さまどうされたのだ?」


 その御者台にはオスカルと呼ばれる護衛騎士がついていた。

重傷を負ったと聞いていたのだが、どうやら無傷のようだ。

いや、我々の知らない回復手段を持っているのかもしれない。

そのオスカルが何事もないかのように問いかけて来た。


「強力な魔物が出て、立ち往生しておりました」


 ケールが答える。


「ああ、大ムカデか。

安心されよ。大ムカデならば主君の威光に触れて逃げたぞ」


 大ムカデとはジャイアントセンチピードのことだろう。

それを追い払った? 使役しているから命令したのではないのか?

しかし、そこには【テイマー】スキルを持つという騎士は居なかった。


「我らは、この道を通行してもよろしいのでしょうか?」


「主君は、この道の通行をなんら制限してはいない。

識別の魔導具を持つ者ならば、保養地の前まで来ることを拒みはしないだろう」


 どうやら、まだ俺たちは敵とは認定されていないようだ。

となると、あのジャイアントセンチピードは、野良の魔物なのか?

あれがうろついていて、追い払えるのが彼らだけだとすれば、侯爵家の軍も苦労することだろう。


「私どもはまた商いをしてもよろしいのでしょうか?」


「メイドがそなたらの来訪を首を長くして待っているぞ。

そのため、我らが様子を見に来たということだ」


 どうやら、箱馬車には例の貴族は乗っていないようだ。

しかし、なぜあのジャイアントセンチピードが居なくなったのだ?


「そちは、どうする?」


 オスカルが俺に訊ねて来る。


「私も、ご報告がございまして、同行させていただきます」


 国の対応と侯爵家のことを報告しなければならない。

そのためにここまで来たのだ。


「なら、付いて参れ」


 そう言うとオスカルは獣車の踵を返した。

その動きは地走竜とは思えないほど速かった。

あれ? あの地走竜、まさか地竜の幼体!?

ジャイアントセンチピードが逃げたのはあの騎獣のせいか!

どうやら、例の貴族の戦闘力は想像以上のようだ。

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