第189話 一方伯爵家では
Side:オールドリッチ伯爵
「主君、バーリスモンド侯爵家が例の貴族を襲いました」
「なんだと!」
そのモーリスの報告に私は頭を抱えた。
バーリスモンド侯爵家は、あのユルゲンの実家にあたる。
ユルゲンの死を報告するにあたり、それは魔物の襲撃によるものであり、
どうしてそのようなことになるのだ。
「しかも、騎士団がユルゲンの亡くなった地を調べたいと言うので、ディンチェスターの街から領兵の案内人を付けていました。
その案内人と中継地で偶然居合わせた商人を騎士隊は殺害しておりました」
なんと大胆な。
おそらく全てが終わった後、その罪まで例の貴族に擦り付けて処理するつもりだったのだろう。
ということは……。
「その騎士隊は、例の貴族に返り討ちに合ったか」
「はい。しかし、商人を騙った襲撃者により護衛騎士が重傷、奥方様も寝込んでいるとか」
なんてことをしてくれたのだ。
例の貴族の素性がもしあの国の貴族、いや皇族だったならば、大変なことになる。
「あの貴族馬車は受け取ってもらえたのか?」
「はい、今までは商人の荷馬車も敷地内に入れてもらえていたそうですが、今回の襲撃が商人を装っての侵入だったため、中には入れてもらえませんでした。
仕方なく貴族馬車は壁の外に置いて来ました」
「あの紋章は間違いではなかったのだな?」
「はい、指定された通りのアゲハ蝶という紋章は甚く気に入ってもらえたようです」
貴族馬車にはその貴族を示す紋章を金装飾で入れるのが慣習だ。
その紋章を例の貴族に問い合わせたところ、そのアゲハ蝶の紋章を精巧な絵で指定されたのだ。
これが例の貴族の正体を知る手掛かりとなると気付き、私は方々で調べていたのだ。
最初はその紋章の正体がわからなかった。
しかし、例の貴族が口にしたとされる「これは女紋だけどこれしかないか」という台詞が突破口となった。
家を表す家紋に加え、その家の女性だけが付けている女紋というものが存在していた。
女紋とは身分のある家柄だけが持つことを許された特殊な紋章となる。
なるほど、それならばあの紋章が見慣れないのもわかるというものだ。
紋章は紋章官という特殊職がほとんど全てを記憶管理している。
外国の紋章も国の上位貴族であればある程度は知られている。
しかし、女紋となるとそれを知る紋章官の数は少ない。
なぜならそれは高貴な家が隠すかのように使っているものであり、下っ端では把握しきれていないからだ。
伝手で高位の紋章官に確認したところ、北のアトランディア皇国の皇家が使う女紋に似ているとのことだった。
同じでは無いが似ているということは分家か何かの可能性がある。
さすがに皇家が使う紋章に似た紋章など、皇家の許可が無ければ使えるわけがないのだ。
しかも、男で女紋を使うということは、皇家ではなく女性家の類縁だと明確に区別しているということ。
つまり謎の貴族は、皇家を継げない立場だが、皇帝の落とし子という可能性が浮上したのだ。
いや、正体を隠すためにあえて家紋を使わず女紋にしたということもある。
その場合、例の貴族がアトランディア皇国の皇子である可能性すらあるのだ。
「あの紋章が確かならば、謎の貴族はアトランディア皇国の皇族の可能性がある」
「なんと! あの国は軍事大国ではありませんか!」
そうなのだ。アトランディア皇国は武を貴ぶお国柄であり、戦闘民族だと言われている。
過去に召喚された勇者の末裔とも言われ、その特殊な文化も相まって、我が国の周囲では仮想敵国として一番警戒されている国だった。
なるほど、例の貴族が強いわけだ。
そしてシャインシルクの出所としても納得がいく。
「その通りだ。バーリスモンド侯爵家め、よくも手を出してくれたものだ」
「となると、国に報告して早急に侯爵家を断罪し、更なる攻撃を思い留まらせないとなりませんな」
いや、これを国王に進言した場合、もっとやっかいな事になりかねない。
国が勇者召喚をしたのは、アトランディア皇国との有事を想定したものなのだ。
まだ勇者たちが育ち切っていないと言われているが、この件を切っ掛けに開戦が早まりかねない。
しかも、シャインシルクの出所がアトランディア皇国だとなれば、その技術を奪いとろうという方向に動くかもしれない。
その存在が国王の目を眩ませてしまったならば、厄介なことになりそうだ。
それで戦争に突入など勘弁して欲しい。
報告するなら、例の貴族襲撃、そして我が領兵と商人殺害に関与したとする告発のみに留めるか。
「例の貴族の正体は確定したわけではない。
しかし、侯爵家の騎士隊が、他国の貴族家を襲撃し、我が領兵と商人を殺害したことは事実。
それだけは告発し、国に罰してもらおう」
「それでは、例の貴族が更なる襲撃を受けかねません!」
「さすがに、例の貴族も魔の森の魔物を間引くなど便宜をはかろうとしなくなるだろう。
通行許可証もなしにあの森を踏破するのは、至難の業だぞ。
我が領も襲撃事件を理由に侯爵家の軍への食料などの補給を拒む。
それで勘弁してもらおう」
モーリスが何やら約束をしてしまったようだが、この世の中、正義だけで動くものではないのだ。
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