第184話 これからどうする2

 今直ぐにここを離れるという選択肢もあるだろうが、何の準備もしないで出て行って、軍に囲まれてしまったとしたら、身一つの状態では対抗することも叶わないだろう。


 この世界、情報伝達には時間がかかり、騎士隊が全滅したことは、まだ当の侯爵家も気付いていないはずだ。

そこから増援軍が出立したとしても、此処への到着までには時間がかかる。


 ならば、此処へ残ってGKと配下に無差別攻撃を命じた方が生き残る可能性がまだある。

GKたちが討ち漏らしても、温泉拠点の壁が敵の侵入を阻み、そこからならば腐ーちゃんも心置きなく腐食魔法が使える。

ラキのブレスも範囲攻撃なので防衛に役立つだろう。

それもこれも壁により敵の進撃を止められるからであり、この温泉拠点に残ろうとする理由でもあった。


 侯爵軍相手ならばせいぜい数千人だろう。

魔物を間引くのをやめ、たまご召喚した魔物を森に放ち、森を以前の魔境に戻せれば、またこの森は人に畏怖される森となるだろう。

そこを突破して来る軍があればGKの配下で間引き、討ち漏らしを拠点の壁で阻んで防衛戦に徹すれば勝てなくもない。


 だが、国が動いたとすると、防衛戦も物量で押し切られるだけだろう。

逃げるにしても、この国の中ならば何処へ行っても敵だらけということになる。

逃げる先としてはノブちんたちが行方不明になっている隣国か、魔境の奥、あるいは知識もなくまだ見もせぬ他国しかないのだ。

そこも安全な場所だとは限らない。


 国が相手ならな万の軍勢が襲ってくるはずだ。

それに対抗するのはあまりにも味方の人数と戦力が足りない。

寝ずの防衛戦を強いられたならば、いつかMPが切れ戦う術を失い、敵に対処することができなくなる。

そうなったら、もう逃げるしかない。

いや、むしろ国が相手だと発覚したならば、森の魔物に遅滞戦闘を任せて、その隙に戦わずして逃げるのだ。

そのためにも、たまご召喚で防衛用の魔物を大量召喚するしかない。


 召喚した魔物を眷属放棄で放出するのは俺のポリシーに反し忍びない。

たとえGであろうが、召喚したからには眷属として大切にしたい。

でも、この生命の危機に綺麗ごとを言っている場合ではなかった。

眷属放棄すると、魔物はその本能に従い勝手に森を彷徨い生きていくこととなる。

その攻撃対象は外で活動するGKたちや、拠点の俺たちにも及ぶだろう。


 今のところ味方のオールドリッチ伯爵家の領兵隊やカドハチ商会の馬車でさえ、放たれた魔物は襲うことになるはずだ。

眷属を契約したまま使い潰せば制御も利くが、名前をつけた眷属にそのような扱いをするのは、俺の主義として許せなかった。

名前をつけたペットの鶏を親戚に絞められて喰われた時のトラウマの再現はなんとしてでも避けたい。

それを平気で出来るようになった時、俺は自分にクソ親父を重ねて自己嫌悪することになるだろう。

これって俺たちを要らない家族として捨てたクソ親父に重なる行為だろう?

なので食用の鶏を召喚した時のように、最初からそのつもりでいる必要があった。


 今はあまりにも安全になり、カドハチ便が護衛を減らすまでになってしまった森を、以前の危険な恐怖の森に戻すぐらいが良いだろう。

そしてモーリス隊長とカドハチの俺たちを擁護する動きに期待して、戦う相手が侯爵家だけであれば迎撃することにしたい。


 侯爵家は、どこから嗅ぎつかれたのか、ユルゲンの仇という私怨により動いている感じだ。

だが国は、俺たちを滅ぼしてシャインシルクを取り上げるよりも、交易して継続的に手に入れば永続的な利益になると判断してくれると信じたい。

俺たちを滅ぼせば在庫を取り上げて終わりだが、友好的に交易すればシャインシルクが安定供給されるのだ。

俺たちの安全のためならば、多少安く供給しても致し方ない。


 何がきっかけかわからないけど、この国は召喚勇者がもう居ないと思っているらしい。

さちぽよの蘇った記憶によると、もう召喚勇者はいないという話を小耳にはさんだことがあるそうだ。

さゆゆとハルルンが売られた時、それが他の召喚勇者の増員を期待しての放出だったのだそうだ。

なのに何処からかの情報で、もう召喚勇者はいないと判り、慌てて買い戻そうとしたことがあったらしい。

その情報により捜索は打ち切られ、召喚勇者捜索隊は解散したそうだ。

つまり、俺たちは何らかの強い確信により死んだことになっているのだ。

謎の他国の貴族が現れても、それが召喚勇者と結びつかなかったことには、そんな理由があったのだ。


 それより、さゆゆとハルルン、売られてたのか。

平時ならばカドハチに言って買い戻すところだが、既に誰かに買われた後だと厳しい。

それに指名買いすることで、召喚勇者当人だとは思われなくても、召喚勇者との関係を疑がわれることになるだろう。

せっかくもう死んでることになってるのに、そこでわざわざ身元バレするのは拙い。


 この騒動が収まったならば、変装の魔道具を使って奴隷商を回るのも良いかもしれない。

この温泉拠点を捨てることにならなければだが、国がバカでない限り侯爵軍を撃退すれば終わるだろう。


「となると、たまご召喚しまくりますか」


 たまご召喚は、たまごのレベルの二乗分のMPを消費する。

虫卵Lv.4ならばMP16、トカゲ卵Lv.3ならばMP9だ。

眷属化しなければ、眷属契約上限を越えないため、MPの続く限りたまごを召喚することができる。

ここはレベルの高い虫卵とトカゲ卵と、魔物のバリエーションで魔物卵を召喚するべきだろう。


 流石に眷属卵で眷属指名で召喚して、それを放出するのは眷属差別のようで忍びない。

もし使えそうなレア魔物が孵ったら、それは眷属として採用しても良いかな。

ああ、これも優生思想ってやつになるのか?

日本人としての勿体ない精神なんだけど、放出される魔物たちは捨てられて良いのかって話になりそう。

捨て犬捨て猫の引き取り先も血統書付きの方が優遇される、そんなイメージに通じてしまうか……。


 いや、ここは少しでも戦力を増強するべきだ。

それにより救われるのは結衣や同級生の命なんだ。

今でも魔物を殺して富を得ているんだ。

人は自らのために利己的に生きる生き物なんだ。

そうなると、クソ親父はまさに人らしいということか……。

いや、日本は生きるか死ぬかの世界ではない。

やっぱり、あいつはクソ親父だ。


 いま、俺のレベルは侯爵家の騎士隊を倒したおかげで5レベル上がって39になっている。

人の経験値は魔物より美味しい説があるが、どうやら本当のようだ。

眷属から流れて来た経験値も含めて、今の30オーバーの高レベルにしては上がった方だと思う。

いま、MPの最大値は629もある。

つまり、レベル4の虫卵を39個召喚できる。

これを放てば危険な森に早変わり……というわけでもない。


 餌となる魔物も放たなければ、共食いであっと言う間に淘汰されてしまう。

そこまで考えてたまご召喚をしなければならない。

人工的な生態系を考えて、餌となる弱い魔物も増やさなけれなならないのだ。

かなり神経を使う作業だ。

しかも魔物を指定できるのは鶏卵と眷属卵だけなのだ。

何が出るかもわからないたまごを召喚しなければ戦力にはならない。

生態系の底辺は鶏卵しかないのか……。

ちょっとペットの鶏を喰われた過去のトラウマが……。

そんな諸々の面倒な作業があり詳細は端折るが、魔物の放出は大変な作業となったのは言うまでもない。

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