第183話 これからどうする1

 カドハチが冒険者の護衛を連れて、大人数で温泉拠点までやって来たのは襲撃があった日から2日後のことだった。

おそらく、戻って来るはずのカドハチ便が戻らず、異変に気付いたというところだろう。

そこには、モーリス隊長と領兵隊も同行していた。

その様子は、まるで両者が俺たちを攻めに来たかのように見えた。


 そんなカドハチたちに、俺たちは硬く門を閉ざして対峙することになった。

先日の襲撃が侯爵家の騎士隊によるものであり、その手引きに領兵隊が利用されていたことで、俺たちは疑心暗鬼になり誰も信じられなくなっていたのだ。


 あれからGKの配下には、魔物だけでなく、接近する人間の警戒も行ってもらうようになっていた。

そこにカドハチが雇った冒険者を含む武装集団と、領兵隊という軍隊がやって来た。

警戒するなという方がおかしいだろう。

今回の南門は重りでガッチリ閉まるように改修されており、魔物の大軍でも突破出来ない仕様になっている。


「今の状況が全く飲み込めないのだが?

何かあったということか?」


 俺たちの警戒具合に、モーリス隊長とカドハチの2人が赤旗を掲げて交渉しに来た。

どうやら戦う気は無いようだ。

赤旗とはそれだけの決意を持って掲げるものなのだ。

だが、そんな赤旗の矜持でさえ、俺たちは疑いの目で見るようになってしまっていた。

ここは、モーリス隊長やカドハチが、どこまで何を把握しているのか、確認を取る必要がある。

あの騎士隊のバックに何が存在するのかもわからないからだ。


「なぜ兵や冒険者を連れて来た?」


 貴族としては例外になるが、貴族家当主役である俺が屋上に立ち、モーリス隊長とカドハチの2人と対話することになった。

騎士役は4人いたのだが、紗希以外の3人全員が対応に出ることが出来なかった。

ベルばらコンビは、身体的なダメージのショックとトラウマで寝込んでいた。

自分たちのミスで腕や脚が無くなるという経験は、そりゃトラウマを抱えることだろう。

さちぽよは茶髪小麦肌と目立ち、召喚勇者としてディンチェスターの街で一時勇者捜索隊と行動を共にしていたことがある。

その時に接触して正体を知る者がいる可能性があり、表には出せなかった。

紗希は一応護衛として隣にいるが、交渉が出来るほどの弁舌には疑問があって黙っていてもらうことになった。


 今まともに戦えるのは、俺と紗希、隠し戦力のさちぽよを加えて3人だった。

腐ーちゃんは自分がベルばらコンビを助けに行かなかったことで、2人が危機的状態となったと思い、責任を感じてふさぎ込んでいる。

マドンナは精神的な癒しも祈りで与えられるかもと、ベルばらコンビに付き添っている。

瞳美ちゃん、裁縫女子の2人は多くの死体を見過ぎて気分を悪くして体調を崩してしまった。


 結衣は……。ベッドで倒れている。

人が命の危機に遭遇した時、本能的に行おうとするのは子孫を残そうとすることらしい。

ヘタレの俺だが、その本能が力と勢いを与えてくれた。

結衣を失いそうになって、俺は結衣に対する愛情が爆発してしまった。

結衣も結衣で、危機的状況に俺が助けに来たことで白馬の王子様的な目で俺を見ていた。

そんな2人が同じベッドで同衾したら、結果は火を見るより明らかだろう。

若い2人が覚えてしまったら猿だ。俺たちは毎夜体力の限界までやってしまっていた。

まあ、俺はスキルのおかげで回復が早いから、ここに立っているんだけどね。


 そんな事情で、俺たちは今襲われたら眷属総出でなんとかしないとならない状況に陥っていた。

そこにモーリス隊長とカドハチの混成軍だ。警戒するに決まっている。


「それは我が商会の荷馬車が2台帰還しなかったから調べに来たのだが……」


「我が隊は、たまたま御渡しする貴族馬車が完成して搬送しに来ただけだ。

そこでカドハチ商会の荷馬車が行方不明だと聞いて同行したのだが……」


 カドハチもモーリス隊長も、俺たちの強行姿勢に困惑しているようだ。


「つまり、我々を攻めに来たというわけではないのだな?」


「攻める? なぜ?

いや、まさか荷馬車の行方不明に関わっているのか?」


 モーリス隊長はどうやら何も知らないようだ。

だが、俺たちを疑うのはお門違いだ。

俺たちはシャインシルクの代金をカドハチに預けて、その金で買い物をしている。

そんなバカなことをしたら大損をするのはこっちだぞ?


「そう疑われているのかを問い質したまでだ」


「つまり、ここで何かあったのですな?」


 カドハチは、俺たちがやったとは思っていないのだろうが、何か関係があるのだと察したようだ。

ここで、俺は確信を突く質問を投げかけることにした。


「侯爵家の騎士隊が来たのは知っているか?」


「私どもは存じ上げていません」


 カドハチは首を傾げてそう答えたが、モーリス隊長はその時点で察したのか、顔色を変えた。


「バーリスモンド侯爵家――あのユルゲンの実家の調査団のことか……。

まさか、奴らが!」


「その騎士隊にこの屋敷が襲撃された。

領兵隊に渡した識別の魔道具を悪用し、カドハチの荷馬車で偽装して敷地内に侵入された。

だまし討ちで、我が配下が瀕死の重傷を負った」


 まあ、マドンナが奇跡の力で回復させたけど、それは言う必要はないだろう。

実際、精神的な傷はまだ癒えていないわけだしな。


「なんと! そのようなことが!

それでは我が商会の者も……」


 カドハチは、荷馬車が悪用されたとのことで、従業員が殺されていることを悟ったようだ。

戻りの荷馬車1台と中継地で会ったのだろうが、門前払いをくらったとしか聞いていなかったのだろう。

あんな状態でまた荷馬車を敷地に入れるようなことは俺たちも出来ないからな。


「遺体は中継地で回収し、証拠として保全してある。

領兵隊から派遣された案内人も殺されていたぞ」


 その言葉にモーリス隊長も気色ばむ。


「なんと、我が隊の者にも奴らは手をかけたのか!」


「最初から我が屋敷を襲撃するつもりだったのだろう。

シャインシルクの事も知っていて、それが目的だったようだが、それはどこから漏れたのだ?」


 俺が睨むとカドハチもモーリスも焦りだした。


「我が商会は、シャインシルクの出所を公表していません。

襲われるならば、私どもの荷馬……!」


 そう言いかけてカドハチは何かに気付いたようだ。


「戻りの荷馬車にはシャインシルクが?」


「ああ、渡してあったな」


「従業員を殺した後で、それを見つけられたのでは?」


 確かにそれはあるかもしれないな。

カドハチ便はお宝の山だ。それがあんな少数の護衛で運用出来ていたのは、GKが盗賊や魔物を排除していたからだ。

街道から先は別働隊に護衛させていたようだが、森の中だけは安全だと油断していたふしがある。

だが、その安全な場に侯爵家の騎士隊という遺物が混入し傍若無人に振舞った。

あの騎士とは思えない品性下劣な感じからして、お宝を漁るぐらいのことはしたかもしれない。


 しかし、そんなルートとは他に、モーリス隊長にも思い当たるふしがあるようだ。


「申し訳ないが、貴族のしがらみというものがある。

あのような立派な布を我が主であるオールドリッチ伯爵家だけで所持しているわけにはいかないのだ。

国宝級の代物など、半分以上は王家に献上しないわけにはいかない。

そこで他国の貴族家から出たものという話はせざるを得なかった。

その話が王から誰に伝わっているかは、我々には判断のしようがない」


 あー、あの勇者召喚をやらかした王家に献上したのか……。

国が色気を出したら、先日の二の舞になりかねないな。

これはなんとかしないと拙いな。


「しかし、ここで交易が途絶えるのは双方にとって損失。

どうか、この場に留まっていただきたい。

安全は我が当主と共に国に掛け合うことにしよう。

カドハチも協力してくれるか?」


「もちろんでございます」


「侯爵家の騎士隊のことは?」


 俺は、このままでは侯爵家が次の刺客を送って来かねないと感じて訊ねた。


「それは必ず報告しましょう。

領兵隊から出した案内人とカドハチ商会の従業員殺害、他国の貴族家への襲撃、この国の法で裁いてみせます」


 あまり期待しないが、このままここに住めるのは魅力的だ。

いざとなったら、GKと配下でこの森事態を閉鎖することも可能だろう。

いつでもここを離れられるように準備しつつ、そうならないことを祈るしかないか。

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