第182話 襲撃4

 屋敷の壁を突き破った昆虫人間(カブト)を見て、賊どころか結衣までもが驚愕の顔をする。

さすがにこの異様な姿では結衣も俺だとは思わなかったのだろう。

贔屓目で見て仮面〇イダーというのは80%ぐらい贔屓してもらわないとならないからだ。

その姿は魔物の昆虫人間インセクター(バッタ)のようにグロテスク系なのだ。

たしか変身シーンの途中にグロテスク系を挟む〇イダーがいたと思うが、まさにその途中経過のような姿だった。


 しかし、俺が賊に結衣たちの仲間だと思われていないのは好都合だった。

なぜならば、人質と無関係の魔物という第三勢力の登場であり、人質の意味がないと賊に思われているからだ。

これが結衣たちの援軍が到着したと思われたのならば、2人いる人質のうち1人の命を奪ってまで脅しをかけて来た可能性があった。

俺は、これを好機とし、屋敷に突っ込んだ勢いのまま騎士鎧姿の賊の集団、およそ十数人の中心に躍り込んだ。

ベルばらコンビは床に倒れており、突っ立っている賊どもを蹴散らすのには都合が良かった。


 そしてその中心で俺は援軍を召喚した。


「眷属召喚! GK、ハッチ、クモクモ、ワナワナ、ゴラム、ゴレーヌ、ゴレッタ、ゴロロ、ゴレキ!」


 名前を呼ぶ度に、空中から眷属が姿を現す。

そこには今戦える眷属の全てが集結していた。


「クモクモ、ワナワナ、糸で行動疎外、それと毒攻撃!

GK、賊を蹴散らせ! ハッチ、毒針攻撃!

ゴラム、ゴレーヌ、ゴレッタはベルばらコンビを壁で隔離して守れ!

ゴロロ、ゴレキは結衣の前に壁を造って隔離、裏口と俺が作った穴も塞げ!

それから、ラキ、もう大丈夫だ。結衣に気兼ねなく暴れろ!」


 俺が魔物を呼び、指示を出しても、賊どもは何が起こったのか理解出来ていないようだ。

そしてGKの存在に恐怖し身体を硬直させる。

GKお得意の恐怖攻撃だ。賊どものSAN値が削られていき、発狂する者も出始める。

そこをクモクモが糸で捕縛し、牙をたてて毒を注入する。

ハッチも高速で飛び回り、離れた賊を毒針で麻痺させていく。


 その間にゴラム、ゴレーヌ、ゴレッタがベルばらコンビの周りを壁で囲んで隔離した。

これで少なくとも人質の価値は失われた。だが、早く治療しなければ危険だ。

ゴロロ、ゴレキが結衣の元に辿り着き、リビングとの間を壁で隔離した。

その壁が完成する刹那、ラキが壁を飛び越えて来援し、塊になった賊にブレスを吐く。

これらの行動が一瞬のうちに成された。

俺が蹴散らした賊を含めて、既に立っている者はそこにはいなかった。


 俺は生きている者にも容赦なくとどめを刺してまわった。

こいつらの誰かがシャインシルクの情報を持ち帰れば、また襲ってくるだろうからだ。


「クモクモ、ワナワナ、屋敷内にいる賊を糸で捕縛し毒攻撃だ。

GKとハッチは外にいる賊を排除。絶対に外に逃がすな!

GK、配下は?」


 GKからの念話で塀の外に配下が続々と集結中であることがわかった。


「近くまで来た配下に命令、絶対に敷地内から賊を外に出すな!

その他の配下への集結命令は解除、森の中に残っている賊を捜索し、必ず殺せ!」


 俺は残敵掃討を眷属たちに命じ、ベルばらコンビの元へと急いだ。

体力だけはあるはずなので、回復薬を使えば……。


「ゴラム、壁解除!」


 ゴラムに壁を解除してもらうと、そこには瀕死のベルばらコンビがいた。

死ぬ寸前まで痛めつけられたのだろう目もあてられない状態だった。

人質だが、死んでも構わないという嬲り方だろう。

だから生きの良い人質結衣を無傷で確保したかったというところか。


『ヌイヌイ、マドンナを連れて直ぐにリビングへ!

クモクモ、ワナワナ、階段の確保とマドンナの安全を最優先だ!』


 ありったけの上級回復薬を飲ませ、傷にかけたが、それだけでは追い付かなかった。

命は助かるだろうけど、重大な後遺症が残ってしまうだろう。

マドンナに渡した上級回復薬や、マドンナの祈りが必要だった。


『オリオリ、腐ーちゃんと裁縫女子を1部屋に纏めて守ってくれ』


 そう命じた瞬間、俺は急な脱力感を覚えた。


【眷属纏、活動限界です。眷属纏を解除します】


 珍しくシステムメッセージが聞こえて来た。

俺を覆っていたカブトンの甲殻が消える。

俺は倒れそうになりながら、むしろ安堵していた。

元に戻れない覚悟をしていたが、何のことは無い、眷属纏は解除出来たのだ。

おそらく、活動限界になる前に自ら解除するべきなのだろう。

解除するには「眷属纏解除」か? いや、ここは「キャストオフ」だろうか。

キーワードがわからないが、ここはイメージが強く作用する世界だ。次の時に試してみよう。


「転校生くん、こんな危ない時に何?

ヌイヌイが強引に私を……っ!」


 マドンナがリビングまで連れて来られて、そこに横たわる血だらけのベルばらコンビを発見して倒れそうになる。

ここでマドンナに倒れられたら困る。せめて祈りだけはしてから倒れて欲しい。

俺はマドンナを支えると、厳しめの声を上げた。


「2人が助かるように祈って! 直ぐに!」


 マドンナが倒れる前に強引に仕事を割り振ったことで、マドンナの意識が逸れたらしい。

マドンナが慌てて祈りを捧げると、ベルばらコンビの2人は意識を取り戻した。

さすがマドンナの祈り。通常の回復魔法だと血液の補充が行われないのだが、何をどうやったのか、たぶん回復魔法のイメージが固定していないからなのだろうが、マドンナの祈りは血液まで回復したようだ。

まあ、それよりも悍ましい結果も綺麗に治ったのだが……。

さすが女神の名を冠するチートスキルだ。


「うーん、私、助かったのか……」


「ごめん、迂闊なことして、みんなごめん」


 ベルばらコンビは助かったという安堵感と自分たちが招いた事態の恐ろしさに涙するのだった。


ドガン!


 その時、キッチンの方で大きな音がした。


「なんだ!? ゴラム、壁を解除だ!」


 リビングとキッチン&ダイニングを隔てていた壁が消える。


「ちくしょう! なんで魔物が!」


 そこにはウォーハンマーを振り回す大男がいた。

どうやらそれで裏口を破壊して侵入して来たらしい。


「拙い、結衣!」


 ゴロロ、ゴレキは俺が空けた穴を修復中で対処が後手に回っている。

どうやら賊は馬鹿力で裏口の閉鎖を突破したようだ。

俺は眷属纏の影響で上手く動くことが出来ない。

カブトンもそのようで、召喚することが出来なかった。

ラキもこちらで賊の殲滅をして結衣の守りが薄くなってしまっていた。


「畜生、ユルゲンを殺したのはそういう手口か!

お前を人質にして、生きて帰り、侯爵様に報告してやる!

お前たちは侯爵家を敵に回した。

今後侯爵家の軍、いや魔物を操っていたとなると、この国の全軍と戦うことになるだろう」


 そう言うと大男は結衣の腕を掴み引き寄せると盾にした。


「くっ!」


 このままでは、本当に国を相手にしなければならなくなるだろう。

魔物を使って国民を殺めた、そう報告されては言い逃れようもない。

実際、その通りなのだから分が悪い。

しかも、人質は結衣。見殺しには出来ない。

俺が対処を躊躇していると、大男の背に黄色い影が飛び込んで来た。


ザス!


 それはハッチだった。

俺が空けた穴がまだ修復途中だったため、そこから大男の背後を突いたのだ。

ハッチの毒針が男の延髄に刺さり、男は毒が脳に廻って即死した。


 今回は油断もあって本当に危なかった。

ベルばらコンビも迂闊だったが、俺も反省すべき点が多々ある。


 1つは南門の仕組みだろう。

開けるのに力が要らないようにと重りを付けて軽く開くようにしていたが、そのせいで緊急時に素早く閉めることが出来なくなっていた。

むしろ開ける方に時間がかかり、閉める方を1動作で出来るようにするべきだった。

例えば、ロックを外すと重りが落ちて門が閉まる仕組みだ。

利便性ばかりを考えてセキュリティをおろそかにしてしまった。


 2つ目は、侵入者への警戒だろう。

この温泉拠点に来る者たちは決まっていた。

そのために鑑札的な識別魔道具を領兵隊とカドハチ便に渡していた。

それを持っていればGKの配下たちも警戒していなかったのだ。

GKの配下たちの任務は識別魔導具を持っていない者たちへの警戒と、拠点と道に接近する魔物の警戒であり、そこを悪意で突破されてしまった形だ。


 今回襲撃して来たのは、大男――装備からおそらく騎士隊長――の言から侯爵家の騎士隊だと判明した。

あのユルゲンの実家らしい。

つまり、侯爵家の騎士隊だと安心して、領兵隊が識別魔道具を持った案内人を付けてしまったのだろう。

今後は例え貴族家だろうが、いや、貴族家だからこそ厳重な許可制にし、無暗に案内しないようにしてもらわなければならない。


 3つ目は屋敷の避難経路の不備。

中央階段しか逃げ道が無いため、そこから賊が上がって来たら、皆が逃げられないということが発覚した。

クモクモたちを使えば窓からの出入りが出来るが、それだけでは駄目だ。

せめてロープで逃げるとか学校の避難訓練で使うような器具、或いは非常階段を設置しなければならない。


 4つ目は各自の護衛が居ないこと。

戦闘系とはいえ、ベルばらコンビには人を殺す覚悟が備わっていなかった。

結衣もそうだ。あんな命の危険にあっていても、殺すとなると躊躇いがある。

そして、人質をとられたら見捨てることが出来ない。

そのためには個々が人質にならないようにするしかない。

今回、ヌイヌイ、オリオリによる護衛が上手く機能した。

そろそろ全員に眷属を譲渡して護衛とするべきかもしれない。


 そう思案していると、俺は重大なことに気付いた。


「あ、チクチクが探しに行った、さちぽよと紗希の生き物係は!?

結衣が裏口から逃がした瞳美ちゃんは!?」


 3人の安否がまだだった。

俺は慌ててチクチクとの視覚共有を覗いた。

そこには温泉の脱衣所で賊を袋叩きにしているさちぽよと紗希の姿があった。

どうやらチクチクの糸で捕縛済みのようだ。


『覗きよ! 覗き! 信じらんなーい!』


ゴスゴス


『僕も転校生くんなら良いけど、知らないオジサンは無理かな?」


ゲシゲシ


 2人は入浴中に賊と遭遇し、バスタオル姿で応戦したようだ。

なにか会話の合間に物を蹴るような音が入る。


『あー、2人とも、ここに居たの? 賊の襲撃だよー!!』


 そこに瞳美ちゃんが合流した。

賊と遭遇しないように隠れながら移動したため、時間がかかってしまったようだ。


『マジ卍! ならばこいつは殺した方がいーね』


 さちぽよがバスタオルの右下をチラリと捲ると、その太腿にはナイフが装備されていた。

峰不〇子か! さちぽよは、入浴中でも武器を手放さないタイプのようだ。


サクッ


『あー、躊躇ないなー』


 紗希も冒険者兼盗賊で経験済みなので、最早罪人の討伐はゴブリンやオークと同じ感覚らしい。

それでもまだ、さちぽよの境地には届かないのだろう。


『うっ……』


 初めての実行犯込みの殺人現場に、瞳美ちゃんだけがえずいていた。

まあ、全員無事とはいえないけど、命に別状が無くて良かった。


『屋敷が襲われてるの。助けに来て!』


 事が終わっていることを知らない瞳美ちゃんが青い顔のまま応援を要請した。


『わかった。だけど服だけは着させてー!』


 あ、やばい。

さちぽよと紗希は躊躇なくバスタオルを放り出して着替え始めた。

たしかに、そこにはもう女子しか居ないからね。

たまたま俺が視覚共有してただけだからね。

このことは黙っておこう。



 そして、暫く後、温泉拠点の敷地から賊を一掃したとの報告が眷属から上がった。

俺の【探知】スキルでも、俺たち以外の存在は探知できていない。

尤も賊が【隠蔽】スキルを持っていたらお手上げなのだが、そこはGKという対隠密のスペシャリストがいるので抜かりはないはずだ。

GKの配下から報告があり、中継地に居残っていた怪しい者たちも始末したということだった。

そいつらはカドハチ便の御者や護衛たちの遺体を始末しようとしていたらしく、装備などから賊の仲間だと断定したようだ。


 こうして温泉拠点への襲撃は幕を下ろしたが、派遣した騎士隊が帰って来ないとなると、ユルゲンの実家である侯爵家がどう出るのかが不安だ。

先手を打って襲撃の事実を抗議するか、騎士隊抹殺を知らぬ存ぜぬで通すか、どちらにしろ火種が残ったままだった。

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