第175話 偵察

Side:カドハチ商会手代ケール


 会頭の命令でお貴族様の従者様たちに接待を行った。

このディンチェスターの街にある最高級宿を借り、宿で出せる最上の贅を尽くした食事を提供した。

買い物も、我がカドハチ商会で扱っていない物であっても、欲しいと言うならば取り寄せて売った。

そこには一切儲けを乗せるなと会頭より命じられていて、我が商会は逆に人件費で赤字となっているぐらいだ。


 そうまでして接待したのには理由がある。

この従者様たちのお1人が齎した布地、それが国宝級のシャインシルクだったのだ。

その御方はメイド姿であったが、魔導書や錬金術関連の書籍をご購入された。

そして貴族婦女子の間で流行っていたという、勇者様が残した絵巻物にご興味を示された。

金板1枚というあの絵巻物を即決で購入される、その知識や行動から、ただのメイドでは無いことは明らかだった。

おそらく、貴族家から行儀見習いで派遣された貴族子女であろう。

しかもシャインシルクを持ち、欲しいものを買うために簡単に手放せるだけの財力を持つ家の出だということだ。

お貴族様の国が判明していないので、その国でのシャインシルクの価値が判らないが、メイドの御方は伯爵、いや侯爵家以上の家の出なのかもしれない。

つまり、あの森のお貴族様はそれを上回る上位貴族か、下手すると王族ということになる。

お貴族様の保養地まで赴き、探りを入れられれば良いのだが。


 それに至り、会頭はお貴族様に取り入ることを決断した。

決して逃してはならない大口の取引先であると。

それがお貴族様当人ではなく従者様たちに対してであれ、最上の接待をするという結論に至ったのだ。


 シャインシルクの布に関わった者たちには緘口令がかれ、手に入れた布の販売先を、秘密厳守出来る貴族限定とすることになった。

仕入れ先を教えろなどと言うような傲慢な貴族はだいたい判っている。

そんな連中には元から声をかけないようにすれば良いのだ。

手に入れた貴族が自慢するだろうが、圧力がかかったとしても入手先を口にするような者には売るつもりは無い。

万が一の時は我がカドハチ商会で止める、それが会頭の意志だった。


 ◇


「ベッドを手に入れたい」


 御用聞きに行くと、騎士様が思い出したようにベッドの購入を口にした。

保養地には、まだ備品が整っていないのだろうか?


「ベッドですか?」


「そうだ、4つほど頼む。それとチェストも欲しい。チェストは9つだ」


 騎士様が追加で、そう要望された。


「ああ、先の魔物の氾濫でいくつか被害が出てな」


「そうでございましたか。使用するのは騎士様や使用人でよろしいので?」


「ああ、それで頼む」


 使うのが騎士様でも、出が貴族家の子女ならば豪華にしなければならない。

それが4つとなると、分解して持ち込むしかないか。


「ベッドは大きくなります。

アイテムボックスはお持ちで?」


「ないな」


「畏れながら、分解して運んでも獣車1台では収まりきりませぬ。

私どもで荷馬車をお出しして配送いたしましょう」


「組み立てるのは?」


「私が、スキルを持っております」


「なら、頼もう」


 なんということだ。

こうも簡単に同行が許可されるとは。

これで、お貴族様の保養地の位置を確認できる。

あわよくば内部に潜入してお国に繋がる情報を得られれば良いのだが。


 ◇


 お貴族様の従者様たちがディンチェスターの街を出立された。

食料や雑貨などの、本国から運ぶには面倒なものをご購入されて獣車に積み込まれていた。

やはり荷が大きすぎたため、我が商会の荷馬車もその後に続いて出立することとなった。


 危険地帯との噂だった森の中を進む。

どうやら保養地まで獣車でならば1日で到着できる距離だったらしい。

我々が荷馬車で付いていったがために、途中で野営することになってしまった。


 危険地帯にも拘らず、なぜか魔物の襲撃を受けなかった。

領兵隊が入ったらしいので、討伐されていたのだろうか。


 そして翌日の昼、ついにお貴族様の保養地に到着した。


「帰ったぞ」


「わかった、今開ける」


 騎士様が声をかけると壁の直ぐ向こうから返答があった。

我々の到着を把握していたのだろうか?


 保養地は壁に囲まれており、我々が辿り着いた南の塀には鉄の門が取り付けてあった。

それが横に動いていく。

どうやら、鉄扉の下に車輪があって動いているようだ。

こんな門は見たことがなかった。

これは外国の技術なのだろう。しかし、どこの国かの推測もつかない。


 門が開くと獣車がそのまま進みだした。

我々も続けて中に侵入する。

荷馬車が完全に敷地の中に入り、貴族屋敷の玄関に人物が見えた。

なにやら険しい表情をされている。

拙い、お貴族様の気分を害されたか?

この荷馬車の侵入を許可していなかったのかもしれない。


 どうやら、危惧は当たっていたようで、前の獣車から騎士様が降りて来ると、こちらの荷馬車の前に出て止めた。


「こちらはカドハチ商会の方だぞ。

私たちの購入品を運んでくれたのだ」


 騎士様が我々が危険な者ではないと伝えてくれている。

何やらベッドの購入で行き違いがあったようだが、こうしてはいられない。

早く謝罪しないと。


「お初にお目通り願いましたのは、カドハチ商会の手代、ケールと申します」


「そうか」


 お貴族様が頷く。助かった。

どうやらお許し願えたようだ。

やはり上位貴族か。若いのに貫禄がある。


「此度、お屋敷の敷地まで入れて頂いたのは、家具の搬入と組み立てのためでございます。

どうぞお屋敷への出入りを許可していただきたく、お願い申し上げます」


「かまわん。

おい、ベッドを設置する部屋は決まっているのか?

そこに案内してやれ」


「畏まりました」


 搬入の許可も貰うことが出来た。

どうやら私は、ついているようだ。

これでお貴族様のご様子が判る。

建物というのはお国柄が出る。これで出身国が判るかもしれない。

 

「おい、始めるぞ!」


 早速、荷馬車から作業員を呼ぶ。

彼らは護衛も兼ねた屈強な男たちだが、さすがにこの場では武器は携行していない。

ベッドを搬入するのは2階の部屋だという。そちらに向かう。


 両開きの玄関扉を抜ける。

この扉の様式は知らない。また国が特定できなかった。

玄関ホールの先に階段がある。

保養所とのことだが、まだ内装が完成していないようだ。

貴族屋敷としては絨毯もなく簡素な作りとなっている。


 建物の様式に違和感があるのは異国の建物だからだろうか?

ああ、天井の石組みがアーチになっていない!

いったいどうやって天井を支えているのだろうか?

どうやら、お貴族様の国は我々の知らない技術をお持ちのようだ。

だから、シャインシルクを簡単に手放せるほどお持ちなのか!

ますますお国が判らなかった。


 メイドの方に2階の部屋まで案内してもらった。

この方も貴族子女かもしれないので丁寧に接する。


「この部屋にお願いします」


「わかりました」


 どうやら、ここに4つベッドを詰め込むようだ。

使用人か何かが増える予定なのだろうか。

騎士様を想定していたので、ベッドが豪華すぎるかもしれない。

そのままベッドを組み立て、次はチェストを搬入する。


「それは、倉庫に入れてください」


「畏まりました。おい、ここだ」


 チェストを運び込む、どうやらこの部屋以外は見せたくないようだ。

ここは、他も見れるように荷下ろしを手伝うか。


「ついでに小麦粉も運び入れましょう」


 そう言って1階への侵入にも成功する。

玄関ホールからリビングを通って、ダイニングキッチンに入り、パントリーに小麦粉を搬入する。

裏口に回らされなかったのは幸運だった。

リビングには見たことも無い立派なグレーウルフの毛皮が敷かれていた。

ダイニングは貴族には似つかわしくない手作りっぽいテーブルと椅子が並んでいた。

ここにもお国柄が現れていない。


 そのチクハグさに違和感を覚えるが、家具などを本国から運び入れられていないのだろう。

キッチンも魔道具が揃っていない。

これは我が商会でご購入いただけることになるかもしれない。

営業をかけるべきだろう。


 さて、私は会頭から頼まれた重大任務を熟さなければならない。

この任務を達成しなければ、会頭に怒られてしまう。


「これをカドハチ商会会頭から預かっております」


「直ぐに回答が必要か?」


「いいえ、私は渡すだけが仕事ですので」


 やったぞ。任務達成だ。

あまり内部に興味を示して、お貴族様が怒らないうちに帰るとしよう。

何が地雷になるか判らないからな。


「これからも、御贔屓にお願いします」


 次に来るときは調度品や魔道具の納入になり、シャインシルクを手に入れられれることを祈ろう。

あわよくばお貴族様からお国情報を手に入れたいところだ。

そのためには、もっと懇意にしてもらわなければならない。

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