第167話 お貴族様関係者
Side:名も無き衛兵
この街の名前はディンチェスター、迷宮の管理を目的に栄え、そこから溢れる魔物への備えと、隣国との国境へと続く街道を守ることを任務とする城塞都市だ。
先日も大規模な魔物の氾濫が発生し、その討伐に数日を要していた。
俺は街の衛兵として防衛戦に参加したが、この街を領有するオールドリッチ伯爵家の領兵隊が援軍で来なかったならば、この街の駐屯軍だけでは危ない所だった。
強力な魔物に国から派遣されていた特務騎士様も亡くなった。
俺たちは城壁に守られた状態での防衛戦だったこともあり、城壁の外に出て戦った騎士様や冒険者、領兵隊に比べればはるかに犠牲者は少なかった。
そんな俺たちに噂話と通達が伝わって来た。
その噂話は、あの魔物の大群から分岐した200匹を超える魔物の群を、保養地のお貴族様が討伐したというものだった。
その魔物の群は、あの特務騎士様が亡くなる原因を作ったオーガが率いていたのだとか。
戦闘の最中、オーガの一撃を受けて倒れた特務騎士様を、鋼ビートルが抱えて飛び去ったのが目撃されていた。
それを横取りと見たオーガが怒り狂い群れごと追いかけたと見られていた。
おかげで防衛戦に余裕が出来て、皆が特務騎士様の尊い犠牲に感謝したものだ。
その群が国境に至る橋を越え、お貴族様の保養地を襲ったらしい。
そんな場所に保養地があった事すら知られていなかったが、危険地帯のへき地故にどの国の領地とも確定していない場所であり、そこを実効支配しているならば、その地はそのお貴族様の領地だといえた。
橋を落とす任務を請け負っていた冒険者が戻らないことから、冒険者ギルドにより調査団が結成され調査を実施。
状況を見るにオーガの群が彼らを襲い、そのまま街道脇に潜伏している可能性が指摘された。
その討伐に領兵隊がそのまま向かうこととなり、その結果お貴族様が魔物の群を討伐したという事実が確認されたのだそうだ。
証拠であるオーガの魔石が冒険者ギルドに持ち込まれ、討伐確認がとれたとのことだ。
通達は、そのお貴族様の関係者が、このディンチェスターに訪れるから粗相の無いようにというものだった。
魔物の襲撃で馬車が壊れたために、お貴族様自身は当分お目見えすることはないそうだが、生活物資の買い出しなどでメイドや臣下の方がこの街を訪れる可能性があるらしい。
そして、門番という任務も終わろうかという夕方、その通達のとおり、メイド姿の女性2人とその護衛騎士と思われる冒険者風の服を着た1人の3人組が、今俺の目の前にいる。
メイドといっても、行儀見習いで入った貴族家令嬢という可能性もあるので気を遣う。
「これを」
メイドの1人が羊皮紙に書かれた入出街許可証を提示した。
それは戦時特別許可証だった。
戦時に軍を率いる指揮官により、例外的に発行される街への出入り許可証だ。
緊急に必要になった時に、街を管理する代官や領主である伯爵様に代わり、現地指揮官の権限で仮発行される許可証だ。
そこに入っているサインは領兵隊のモーリス隊長のものだった。
モーリス隊長は橋を越えたオーガの群を討伐するために森へと入った領兵隊を率いていた人物だ。
つまり、この許可証を持つ者は、例のお貴族様関係者だということだ。
「どうぞお入りください」
「え? 入街税は?」
「いただけません」
俺が羊皮紙の許可証を指し示すと、メイド姿の女性はニコリとし頷くと引き下がった。
そうだ、この許可証ならば、ここに並ばなくても良かったんだ。
「次からは、あちらの優先口をご利用ください」
「ありがとう。そうさせていただきます」
「いいえ、こちらこそ、お待たせしてしまい失礼しました」
こんな俺にまで礼を尽くしてくれるとは、なんと尊いお方だ。
俺みたいな衛兵のところにまで通達が来るとは、彼女の主君であるお貴族様は、よほどの重要人物と見える。
俺は何も詮索せず、命令通りに粗相のないように通過させることにしたのだ。
その獣車が通過したところを見計らい、俺は各所に伝令を走らせた。
『例のお貴族様関係者来訪!』
これだけで各所が各々対応を開始することだろう。
特に街の警備は厳重になるだろう。
冒険者やならず者が彼女たちに絡まないように祈るしかない。
『お貴族様関係者、カドハチの店に到着』
『お買い物の御様子』
『お貴族様関係者、最高級宿に到着。ご逗留の御様子』
次々と伝令から情報が伝わって来る。
どうやら、彼女たちの今日の活動はここまでのようだ。
今夜は高級宿周辺で警備が厚くなることだろう。
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