第158話 モーリスの報告

Side:モーリス隊長


 とんでもないものを手に入れてしまった。

これはなんとしてでも主君の手に直接渡さなければならない。

ヘタな人物を間に入れてしまうと横領される危険がある。

まあ、そんなことをすれば、その人物は永久に地位を失い、親族にまで及んで犯罪者として追われる身となるだろう。

だが、それでも一世一代の賭けに出ようと魔が差すぐらいには、とんでもない代物なのだ。


 キャタピーとは、イモムシ形態の魔物の総称だ。

複数の昆虫型魔物の幼虫であるが、育ってみないとその見分けがつかないことで有名だった。

鑑定魔法を使用しても、その魔物のレベルが低いうちは全てキャタピーと表示される。

そのキャタピーの中でも絹糸を生産する魔物をシルクワームという。

そのシルクワームの中でもレア中のレアなのが、シャインシルクワームと呼ばれる魔物だった。

その個体に出会うことは稀で、ましてやその糸を手に入れて布とすることは至難と言われている。

人の手で捕獲し、糸を生産させようとすると、ほとんど糸を吐かずに衰弱して死んでしまうのだ。

もしシャインシルクワームの布が存在していれば、国宝となるほどのものなのだ。


 俺の目の前にある反物は、シルクワームの布よりも上物。

つまりシャインシルクワームの反物の可能性が高い。

あのオスカルと名乗った女性騎士が着ていた服もこの布製だったようだ。

冗談じゃない。この反物は俺がオーガの討伐報酬として渡した金板200枚より価値が上だぞ。

当家は何を返礼として渡せば良いのだ?

いや、俺が考えるようなことではない。主君がどう対応するのか、見守るしかない。

主君は名君だと信じている。ユルゲンのような暴走はないだろう。


 くれぐれもこの反物の存在をユルゲンの実家には知られないようにしないとな。

ユルゲンが死んだことを報告しないとならない。

その際に余計なことが伝わらないように気をつけないと。


 ◇


「火急の用とは何事だ」


 俺の目の前には我が主君であるオールドリッチ伯爵その人がいた。

俺は間をすっ飛ばして、我が主君に直接の目通りを望んだのだ。

俺は主君の執務室に呼ばれ、人払いまでしてもらっていた。


「は、内密に伝えたき報告がございます」


「そちには分岐したオーガの群を倒したという貴族との交易交渉の護衛を任せたはずだな。

ああ、またユルゲンがやらかしたか」


 我が主君が苦虫を噛み潰したような顔をする。

主君もユルゲンには心底困っているのだ。いや、むしろ嫌っていると言っても良い。

ユルゲンは伯爵家と繋がりのある侯爵家の出だった。

隠居した前侯爵の二男か三男かは定かではないが、下級貴族家に婿養子に入ることもなく、平民落ちしたうえ、我が伯爵家に家令として送り込まれていた。

そのため、ユルゲンが不祥事を起こし続けてもクビにすることが出来なかったのだ。


「確かに、ユルゲンがやらかしました。

交渉を台無しにし、嘘の報告をでっち上げてその貴族を攻め、財を奪おうと画策していました」


「まことか!」


 そう言うと主君は頭を抱えてしまった。

オーガの群を討伐出来る他国の貴族相手だ。

後ろにいる国の存在もわからないのに、一領主が戦争をしかけるなど、あってはならないことだ。

この国としても勝手に戦争を起こすのは問題だ。

更に、戦えばこちらの被害が甚大となるのは明白だった。


「ですが、悪いことは出来ないもので、帰りの道中でユルゲンは魔物の手にかかって亡くなりました」


 俺がそう言うと主君は顔を上げ、俺を見つめて来た。


「おぬしがやったのか?」


 やったというのは、俺がユルゲンを殺したのかという意味だろう。


「いいえ、魔物です。ジャイアントコックローチでした」


 そう言うと、俺は持参したアイテムバックからジャイアントコックローチの外殻を出した。


「あの森にはそんな危険な魔物もいるのか!」


 外殻だけでもSAN値を削られる代物に主君も震える。


「インセクターとキラーマンティスも目撃されております」


「なんということだ。それが街道に出て来たら……」


 そこで更なる討伐をと言われても、我が領兵隊ではジャイアントコックローチにインセクターなど対処できない。


「その件は後程。ですが、街道には出て来ないであろうと判断いたしました」


「そうか。それよりもユルゲンが死んだ方をどうにかせねばならんか」


 主君も、どれだけ被害が出るかわからない討伐を行わなくても良いならば、そう願いたいだろう。

だが、その理由は必ず説明せよと厳命された。

まずはユルゲンの死に関わる対策が必要なため、後回しにしただけだった。


「はい、御者が全てを目撃しておりましたので、魔道具で調べても完璧な証言が得られます。

彼に証言させれば、不幸な事故だったと侯爵家にも納得していただけるかと」


「おう、それならば侯爵家にも堂々と事故だと言えるな。

ジャイアントコックローチならば、隠密のスキルを持っているな。

護衛が気付かないうちに襲われても何ら不思議ではない」


 主君もこの結末には大そうお喜びのようだ。

厄介者が魔物に殺され、しかも完璧な証言に、かたきを討った証拠まである。

充分な言い訳が出来る案件なのだ。


「これが内密に報告したかったことなのだな?」


「いいえ、こちらの方が本題でして……」


 俺は例の反物とオーガの魔石を取り出して見せた。


「ユルゲン亡き後、私の一存で例の貴族と再交渉いたしました。

金板200枚を支払い、オーガの魔石を討伐部位として手に入れました。

そして、先方よりこの反物を友好の品として主君に渡すようにと預かりました」


「まさか……」


 主君が反物を見て驚く。反物に伸ばした手も震えている。


「鑑定の魔道具を使わせていただきました。

本物のシャインシルクワームの布でございます」


「いや、あり得ぬ。

私でさえハンカチ程度の大きさのものしか見たことがない。

それも国王陛下が自慢して見せびらかしたものぞ」


 反物というと10m(この世界の基準。ちなみに日本の一反は約12.5m)はある。

とんでもないお宝だった。


「間違いなく本物です。

金板200枚よりも高価と思われます。

返礼品は何にするべきでしょうか?」


「とりあえず、それを仕舞え。

確かに見れば見るほど本物だとわかるわ。

いいか、誰にもそれを見せるのではないぞ」


 主君は俺にこんな危険物の保管を命じた。

そして、危険物の処遇が決まるまで、ユルゲンの代わりに家令として仕えろと命じられてしまった。

まあ、お宝に目が眩んで、例の貴族を攻めろなどと言い出す暗君でなくて良かった。


「それと、先ほど後回しにした安心である理由ですが、例の貴族が危険な魔物を間引いているようなのです」


「なんと! それほどの力を持つか!」


「あの貴族とは友好関係を結び、交易するのが得策かと思います」


 あの貴族を攻めても何にもならないはずだ。

それは、あの布を製造しているのはあの貴族の母国だろうからだ。

あの保養地には布を生産する設備など存在しえない。

そこを襲っても、貴族が持っている在庫分しか手に入らないのだ。

そこが理解できないのがユルゲンのバカさ加減だ。

あの貴族とは懇意にして交易で反物を手に入れるのが得策だろう。

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