第150話 ロールプレイ裏
Side:領兵隊隊長モーリス
「橋を落とすことも出来ずに20名以上の冒険者が全滅だと?」
「おそらく数百単位の魔物が橋を越えたと思われます」
数百にも及ぶ大量の魔物が、国境橋のバリケードを越えたという報告が、冒険者ギルドより齎された。
本来ならば、そのような量の魔物が橋を越える前に、橋を落とし防衛するのが冒険者たちの役目だった。
そのための魔物足止め用バリケードであり、魔道具の作動一つで橋が落とせるようになっていた。
今までは多少一般避難民に被害は出たが、その最終手段を使うまでもなくなんとかなっていたのだ。
この橋の先は隣国エール王国との国境があり、そこまで魔物の群が到達するということは、我がアーケランド王国の失態であり、看過できない事態だった。
俺は我が主君であるオールドリッチ伯爵に報告を上げ、この事態に対する大規模討伐の裁可を待っていた。
コルチの街に迫る魔物の群を討伐したばかりだが、連戦もやむを得ない状況であった。
「御領主より大規模討伐の命令が発せられました。
冒険者ギルドと協力し魔物の群を討伐せよとのことです」
この事態は魔物の氾濫の後処理であり、当然裁可されるものと思っていた。
さすがに国軍の派遣はなかったが、距離的時間的に致し方のないことだろう。
しかし、そこに冒険者ギルドも参加せよという話になっているのは、この事態を招いたのが冒険者の失態によるものと見做されたからだろう。
元々、国境橋を担当していた冒険者たちの評判は芳しくなく、一般避難民の被害も彼らによるものだという悪い噂まである始末だった。
それが魔道具の作動により橋を落とすという簡単な任務さえ熟せないなど、失態としか言いようがなかった。
我が方からの再三の注意にもかかわらず、そのような者たちを使い続けたことは、冒険者ギルドそのものの差配に責任があると我が主君は考えたようだ。
国境橋まで進軍すると、冒険者たちが街道上で待っていた。
彼らは失態を犯した冒険者たちが未帰還のために調査に訪れた者たちであり、その調査報告をするために待機していたのだ。
「つまり、オーガ率いる魔物の群が街道をそのまま進まずに森に入ったということだな?」
「はい。痕跡から群のリーダーはオーガで間違いないと思われます。
国境まで街道を調べましたが、魔物が森へと侵入した形跡しか残っていませんでした」
俺はその行動から魔物を率いるリーダーはオーガ奇行種だと判断した。
本来ならば、人が集まる場所を襲うのが魔物の習性だ。
この街道付近ならば、国境の街が狙われるのが当然だった。
いや、そもそも魔物の群がコルチの街に向かわずに、この街道に逸れたこと自体が異常事態なのだ。
「準備の出来た冒険者パーティーから、10m間隔で森に入って欲しい」
冒険者たちには国境橋から国境の街までの街道の国境橋寄りの部分を担当してもらうことにした。
中心から国境の街までを我が領兵隊が受け持つこととしたのは、冒険者の仕事を信用していないからでもあった。
コルチの街でも防衛の任務についていた冒険者の逃亡は散見されていた。
冒険者は自由独立であり、その行為を我らが咎めることも出来ない。
後で冒険者ギルドから処分があるのだろうが、基本自分の命大事で行動する。
なので重要な部分は我らが担当せざるを得なかった。
「領兵隊、出撃! 小隊を組め!
我らは国境に近い中心地を担当する」
小隊に分けて広く浅く広範囲を虱潰しに捜索する。
魔物を発見したならば集合し叩く予定だ。
◇
森の中の様子がおかしいと気付いたのは俺だけではなかった。
「数百の魔物が入ったという割には、魔物が少なくないか?」
「ほとんど魔物がいないぞ」
「ならば、街道への脅威はないということで、そろそろ切り上げて帰りましょうよ」
お調子者で有名な部下が冗談を言うが、本人も本気で切り上げようと思っているわけではない。
この一言により俺が皆に注意しやすいように、あえてその役割を担ってくれているのだ。
「いや、魔物がいないということは、つまり、餌が無いということだ。
そうなると上位個体だけが生き残り、力を付けている可能性がある。
オーガが飢えているとなると、むしろ街道の脅威度は上がっている。
進むぞ!」
◇
暫く進むが、明らかに魔物の数が少なすぎた。
こうなるとオーガだけが生き残り異常進化しているかもしれない。
それが国境を襲ったならば大失態だ。
我がアーケランド王国は恥を晒すこととなるだろう。
「隊長! 壁です!」
部下が報告するまでもなく、俺たちの目の前にはオーガも越えられないだろう高さの壁が連なっていた。
「なんで、こんなところに壁が?」
「我が領の関係施設ではありません!」
そんなことはわかっている。
「調べるぞ。各小隊を集合させろ!」
もし、魔物の異常行動が、この施設と関係があるのならば調べないわけにはいかなかった。
「入口、封鎖されています」
入口と思しき痕跡はあるが、そこは土魔法による壁で封鎖されていた。
中には洋館が建っていて、その屋上が壁の向こうに見えていた。
ますます怪しい施設だった。
「魔法スキル所持者を集めろ。壁を壊せ!」
そう命じた時、洋館の屋上に人が現れ声を発した。
「何用か! 我が主君の保養地と知っての狼藉か!」
その声の主は女性かと見紛う美丈夫だった。
彼は腰に剣を帯び、鎧装を解いた騎士のように見えた。
おそらく、俺たちの様子に鎧も着ずに慌てて出て来たというところだろう。
そのような騎士が4名、主君と思われる青に白の刺繍が入った貴族服の男の前に、守るように立っていた。
貴族と思われる男は成人したばかり――この世界では15歳で成人――のような若さだった。
その両隣には見たことも無い白い立派なドレスを着た美しい少女が寄り添い、その後ろにはメイドが3人傅いていた。
どうやら俺は貴族の保養地に攻撃するところだったようだ。
「これは申し訳ございません。
ここが貴族様の保養地だとは存じ上げませんで……。
おい、攻撃中止だ!」
攻撃中止という俺の声を聴き、声を上げた騎士が眉を顰めて声を荒らげる。
「この森の深部から北は未だにどの国も領有していない地だったはずだ。
街道脇の地ならばいざ知らず、魔物が蔓延っていたこの奥地を我が主君が平定し保養地とした。
何か問題でもあるか?」
どうやら、この保養地の領有を疑われたと思われてしまったらしい。
確かに、この地はどの国も領有していなかった。
魔物が多く生息するため、その維持管理が及ばないために放棄したと言っても過言ではない。
これは我が国の王でも否定の出来ない事実だった。
ましてや俺如きが否定できるものではない。
「ございません」
「ならば去れ! 大軍で囲むなど無礼であるぞ!」
だが、俺も魔物の群の行方を調べないことには帰れないのだ。
この保養地も魔物と接触しているかもしれない。
ここは恥を忍んで訊ねてみるべきだろう。
「も、申し訳ございません。
ただ、一つだけ質問させていただけないでしょうか?」
騎士が俺の言葉に主君に対して許可を取る様子を見せた。
ダメ元で言ってみたが、これで答えてもらえたならば幸運だろう。
貴族が頷いた。世間知らずなのか貴族にしては横柄でなくて助かった。
ここは話を進めてしまうに限る。
「それでは質問させていただきます。
この地を大量の魔物が襲ったかと思うのですが、いかがなされた?」
「オーガが率いる魔物の群ならば、我らが倒したぞ」
そうさらっと言ってのける騎士に俺は愕然とし、つい驚きの声をあげてしまった。
「なんと、あの数の群をですか!
いや、疑っているわけではありませんぞ。
その少人数でと思うと驚いてしまいました」
慌てて言いつくろうが、貴族は気にした様子も見せない。
「奴らは東側から来てな。
我が保養地の景観を損なうこととなってしまった」
それどころか、自ら口を開いて説明までしてくれた。
どこの国も貴族だろうか? ずいぶんと温和なものだ。
我が国も貴族だったら嵩に懸かって怒鳴りつけられるところだ。
そして、示された東側の地形には確かに大規模な戦闘の痕跡があった。
「そういえば、確かに大規模な戦いの跡のようですな」
どうやら、本当に数百の群をこの人数で倒したようだ。
となると、彼らは相当な手練れ揃いということだ。
「お時間をとらせてしまい、申し訳ございませんでした。
我らの任務を貴族様が達成してくださっていたようです」
「構わん。我が保養地を守るためにやったことだ」
その戦力が我らに向かわなくて本当に良かった。
「ご無礼、重ねて謝罪申し上げます」
「そなたたちの役目、理解している」
貴族様が温厚で助かった。
貴族様は、妻であろう少女2人とメイド3人を引き連れて屋敷の中に戻られた。
残された騎士たちは、我々が去るのを見届けるつもりのようだ。
俺は危機を脱したことにホッとして、つい雑談をしかけてしまった。
「我々は撤退するが、少々訊いてもよろしいか?」
「なんだ?」
「魔物の死体が見当たらないが、どうなされた?」
魔物が倒されたならば、我々は手ぶらで帰らねばならなかった。
魔物を討伐し、その素材を手に入れることも任務の一つだった。
そして、本当に魔物が居ないという証拠を上に提出しなければならない。
そのためにはオーガの討伐部位は手に入れておきたかった。
「ゴブリンは魔石を取って焼いた。
オークとオーガは素材としてアイテムボックスに入れて保管している」
先ほどとは違う騎士が答えてくれた。
声が高く、彼も成人したてぐらいの年齢なのだろうか?
彼は身長的に大人に見えるが、よくよく見れば他の2名は背が低い。
全員若すぎるような気がする。
「ほう、それはなにより。
これだけの大規模討伐、素材回収もあてにされておりましてな。
それらの素材は我が領と交易してくださらんか?」
経費はかかるが、面倒事が減るだけでも有難い。
ダメ元で交渉してみよう。
その若さに付け入ることが出来るかもしれない。
「主君に訊ねておくが、交易は可能だろう」
断られても当然なのに、好意的な振る舞いが帰って来た。
若さゆえの経験不足なのだろうか、それとも、そういった国民性の国か?
いったいどこの国の貴族家なのだろう。
そういえば、国も貴族家の名前も訊いていなかったな。
「それは重畳ですな。
これからも懇意にしていただきたい。
私はモーリスと申す。
貴殿のお名前を伺っても?」
「私は……オスカルだ」
ん? なんだ今の間は?
「では、オスカル殿、交易の件でまたお会いすることもあるでしょう。
今後ともよしなに」
俺の勘が違和感を訴える。
もう少し調べる必要があるかもしれないな。
ここは貴族家の名を訊ねて警戒されても困る。
繋ぎも付けたし、またの訪問も可能だ。今日のところは引くとしよう。
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